悪いのは誰か、はっきりさせよう
「いやぁ…今日もカヌレ姉のおかげで助かったぜ、ペロリン♪」
「さすがは、“シャーロット家の誇り”」
「私達の自慢の姉さんね」

 次々と浴びせられる称賛の声に反応することなく、私は“お茶大臣”でもある14番目の弟ドスマルシェが淹れてくれた紅茶を飲む。 うん。美味しい。


 ここは、ホールケーキ城の一室。会議室として使っている部屋だ。海賊のくせに会議?って感じだと思うけど、私達は海賊であると同時に一国の大臣でもあるので、事務のような仕事もやらねばならないのだ。…見た目通り脳筋でまともに事務できねェ弟もいるけどな。私とペロスペローの手を最も焼かせた三つ子とか、注射嫌いの三十路男とか。閑話休題。

 
 あの後、再び暴れようとしたママに待ったをかけたのは、厨房から爆走してきたのであろうシュトロイゼンとシェフ達。ママサイズのサントノーレを引っ張ってきたその姿は、まるで救いの神である。それを、弟達が持ち上げてママの口に放り込んだことにより、“食いわずらい”はようやく収まったのである。毎度のごとくその間の記憶のないママは正気に戻ると、めちゃめちゃになった会場を見て一体何事だと首を傾げたが、口の立つペロスペローが上手く丸め込み、お茶会自体も何とか無事に終了した。

 その場がお開きになると、大臣職に就いている子供達は途端に忙しくなった。招待客を港まで送らせたり、倒壊した町の復興支援を手配したり…その他諸々の仕事を手分けして行い、それがやっと終わったために、こうして兄弟姉妹全員揃っているというわけだ。そして今、間接的にママの“食いわずらい”を止めた…正確には、止める為の時間を稼いだ形となった私への称賛が投げ掛けられているのである。

 しかし、私はそれどころではない。あの時は、子供達を助けることに必死で、まさに無我夢中だったが、事が終わって冷静になってみると、何一つ問題が解決していないことに改めて気づかされたからだ。

 ……確かに、今回死ぬつもりはなかった。“食いわずらい”を逆手にとったダイナミック自殺を思い付いたはいいものの、今日実行するのは危険だったからだ。小さい弟妹を巻き込む恐れがあったし、そもそもあの二人の子供を助けるためには、死んではいられなかったから。
 だが逆に言えば、それらの愁いがなければ、私は両手を上げて死んでいた。多分スキップしながらママの前に飛び出していたことだろう。それなのに。

「ママがカヌレ姉に能力を使おうとした時は、さすがにもうダメかと思ったが…」
「一ミリもママを恐れないなんて、すごいわ姉さん!」

 そう。ママは私の寿命を奪えなかった。そしてそれは、私がママを…もっと言えば、“死ぬこと”を恐れていなかったからだ。それも当然だ。何せこちとら、生後1週間程の頃から自殺願望抱いてる異常者なのだから。

(手っ取り早くて、めちゃめちゃいい方法だと思ったんだけどなぁ……)

 人類史上最も前向きに自殺方法を考えているであろう身ではあっても、さすがに死を目の前にすれば多少は動揺なり何なりすると思っていたのだが。まさか、ママに睨まれても恐怖を感じないなんて。私はどこかぶっ壊れているんじゃなかろうか。多分そうだと思う。

「姉さんには驚かされてばっかりだわ」
「運動神経もあんなにいいなんて、知らなかった」
「ママの子だから、当然と言えばそうだけど…」

 全く、どうしたものか。振り出しだ。とんだ誤算である。“死にたい”と願う気持ちが、ママの能力すら跳ね返してしまうなんて。私どんだけ死にたいと思ってんだろ。我が事ながらやべぇな。しかし、おかげでまたしても、夢から遠退いてしまった。ショック過ぎる。辛い。

 夢破れた哀しみに沈んでいる私は、弟妹の声を無視した。私の一挙一動を須くポジティブに捉える呪いにかかっている弟妹達は私が返事をしなくても、「誰がどう見てもカヌレ姉のお手柄なのに、それを誇ることもしないなんて…!」やら、「クールなカヌレ姉さん、素敵……♡」やら、うっとりして気にしたりしないからだ。あぁ、紅茶美味しい。


「だが、カヌレ姉。今日みたいなことは、もう二度としないでくれ」

 紅茶めっちゃ美味しいなぁ、と浸っていると、壁に凭れて立っていたカタクリが口を開いた。“シャーロット家の最高傑作”との呼び声高い男が声を発したことで、それまでざわざわと喧しかった部屋が一気に静かになる。こうなってはさすがに無視する訳にもいかないので、私は弟の方を見た。

「私だってしたくはないけど、子供が死にかけているのを見たら、大人として放ってはおけないでしょう」
「自分で助けようとしなくても、俺達の誰かに言ってくれれば…」
「言おうとしたけど、お前達みんな手を離せなかったじゃない。あの時自由に動けたのは、私だけだった」
「だからって、あんな危険なこと……小せェ弟妹達がカヌレ姉に着いて行ってたかもしれねェ」
「そうならないように、プリムとプラリネに任せてた」
「それは結果論だろ」
「あのねぇ、私はママの長女なの。大臣でもある。客人を見殺しにできる訳ないでしょう」

 長女である私と、次男でありシャーロット家の最高傑作でもあるカタクリの静かな言い合いを、他の兄弟達は固唾を飲んで見守っている。
 しかし、実際本当に言葉を失くしてどうしていいかわからず困惑しているのは、10代前半以下の子達だけで、他の子達は敢えて黙っているに過ぎない。特に上の子達は、カタクリと同意見だからこそ黙っているだけだ。76人も弟妹がいるのに、ここに私の味方は一人としていない。大家族に囲まれていても、強く愛されていても、所詮私は孤独なのだ。まぁ、そもそもその愛がほとんど紛い物に近いから仕方ないか。

「赤の他人の為に、カヌレ姉が命を賭ける必要はねェ!」

 一際大きな声と共に、部屋の中の空気がビリビリと震える。居心地悪そうに身動ぎする弟妹達を横目に、私はふっとカップの中身へ再び目線を落とした。


 弟達が言いたいのは、結局はこれなのだ。私が、自ら命を捨てるような行為に走ったことが許せない。家族の為ならばまだしも、全く見ず知らずの赤の他人の為だなんて…といったところだろう。確かに、家族としてそう主張するのは、間違っていないのだと思う。家族だから、死んで欲しくないと思うのは当たり前だ。でも、“赤の他人と言えど、幼い子供を見殺しにできない私の気持ち”も理解して欲しいと思うのは、わがままなのだろうか。


 私達シャーロット家の子供達の仲はとてもいいと思う。ママがあんなだからか、兄弟姉妹が互いを思い合う気持ちが強いのは確かだ。それは美徳だし、ビッグ・マム海賊団の強みでもあると思う。誰でも、家族とそれ以外が別なのは当たり前だ。
 でも、普通はもっと…家族以外の存在にも、多少なりとも心を向けられるはずなのだ。少なくとも、私はそうだ。「前世」の家族もそうだった。それが私にとっての普通だ。「前世」の家族であれば、子供を救おうとした私の行動を、危険で向こう見ずだと叱りはするだろうが、同時に尊いことだと誉めてくれただろうに。母はご近所さんに、父は会社の人に、弟妹は学校の人達に自慢してくれただろう。私の、“子供を見捨てられない”という気持ちを、理解してくれたはずなのだ。「前世」の家族ならば──…あぁ、でも、そんなこと、今更言ったって何の意味もなかったね。


「……わかった。なら、もう二度としないわ」

 だから、こう言うしかないのだ。反論したところで、ここに味方などいないのだから。それに、なんだかんだ私も、弟妹には強く出られないというのもある。バッサバッサ人を殺しまくっていようが、私を慕う姿は可愛いし、愛情だってもちろんあるから。

「約束する」
「……あぁ」

 張り詰めた空気が霧散する。カタクリが怒りを静めたことで、会議室ではそれまで同様の穏やかな時間が流れ始めた。私は心の奥で、地中に沈み込んでしまうほど深い深いため息をついた。


 あ"ぁー…死にたい。どうしても死ぬなと言うのなら、ここじゃない場所でひっそり一人で生きることを許して欲しい。それさえ許容できないなら、せめて一人の時間が欲しい。ってもうほんと小さい頃からずっと思ってるけど、一度も叶ったことがない。相変わらず、私の安息の地はトイレだけ。めっちゃダサいじゃん。しかもトイレに長時間立て籠った所で、「カヌレ姉具合悪いの!?」って大騒ぎになる未来が見えている。実際そうなったし。
 なんか話がどんどん広まって──最終的に私危篤状態になってた──遠征に出てる奴まで勝手に帰ってきて、ママが激おこするんじゃないかと私が焦ったぐらいなのに、当のママもどこからか高名な名医拉致してきたからね。おかげで、別にどこも悪くなかったのに、家族のぶっ飛んだ行動を次々耳にして十二指腸潰瘍になったんだよ、私。…これって本当に全部私が悪かったんだと思う??

「でも、姉さんにはなんでママの能力が効かなかったんだろう?」
「そりゃあ、カヌレ姉がママを恐れてないからだろ」
「そもそもそれが不思議だけどな」
 
 …それにしたって、ねぇ、この子達ほんとに私の返事聞かないんだけど。話しかけてくる割には、私の返答がなくても勝手に話進めていくんだよ。びっくりだわ。だったらなんで私から離れてくれないんだ、って話な。
 冗談抜きで四六時中誰かと一緒なの、マジで息詰まるんだけど。しかもみんな等しくめちゃめちゃクソデカ感情向けてくるじゃん?76人全員からのクソデカ感情食らって、私よく今まで圧死せずに生きてこれたよな。
 この子達いつになったらお姉ちゃん離れするんだろう?一番上の弟(ペロスペロー)に至っては34だよ??姉ちゃん離れしねェつもりなのか?…嘘でしょ、こいつら50になっても姉ちゃん離れしないの??ヤバくない??

「ねぇ。お姉ちゃんは、どうしてママが怖くないの?」
「いつ死んでもいいと思ってるからかなぁー……」
「「「!!?」」」

 はぁー……しんど。私なんでストレス死しないんだろう。逆に、私どうやって死んだらいいのかな?
 ママに殺してもらうの、絶対めちゃめちゃいい方法だと思ってたのに、今日の感じだと今後何度“食いわずらい”のママの前に立ちはだかっても死ねない感じするよね。えぇー…どうしよう。もう早期発見覚悟で、一か八か服毒自殺やってみる? 
 いや、でも今のカタクリの反応からして、失敗したらもっとずっと悲惨なことになるよな。一周回って、弟に殺されかねない。殺して貰えるならいいんだけど、飼い殺しとかなったら笑えないよなぁ。

 ……て言うか、なんか部屋の中急に静かになった?さっきまで好き勝手にべらべらお喋りしてたのに。


 ふと物思いから覚めて、私は部屋の中を見渡した。何故か誰も彼も、血の気の失った真っ青な顔で、幽霊にでも遭遇したかのように驚愕に満ちた表情で私を見ている。えっ。

「?」

 首を傾ける。えっ、ほんとにどうしたの、みんな。急に黙り込んでこっちガン見とか怖いんですけど。えっ、私のせい?私なんか変なこと言った??
 これまでの自分の発言を振り返る。うーん、別に特に変なこと言った覚えはな……あっ。


『お姉ちゃんは、どうしてママが怖くないの?』
『いつ死んでもいいと思ってるからかなぁー』


 やっべ。疲労溜まりすぎて、絶対バレちゃいけない本音をポロリしちゃった。テヘペロ☆

「ごめん、今の無し」

 しかし、そんなもので止まる我が弟妹ではない。一瞬の間。からの。

「「「カヌレ姉!!!」」」
「ん"っ!」

 一斉に抱きついてくる弟妹を受け止められる訳がなく、私は椅子ごと後ろへ引っくり返る。いってぇ!!

「カヌレ姉さん死んじゃ嫌!!!」
「死なない死なない!死なないから!!」
「……姉さん、私達のこと嫌いになったの?」
「嫌いになってない!嫌いになんかならないよ!なるわけないじゃん!」
「お姉ちゃん!…わっ、私!いい子にするから!…どこにも、い"か"な"い"て"……!」
「わかった!わかったから、ちょっ、離れて…」
「死んじゃ嫌ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「嫌だ!」
「お姉ちゃん!」
「カヌレ姉!」
「姉さん!!!」

 重い重い重い。物理的にも精神的にも重い。死ぬ死ぬ死ぬ。無理無理。受け止めきれない。もうキャパオーバーなんです。随分前から、君らのクソデカ感情受け止めるの限界なの!!体も心もぶっ壊れる!!!

 呼吸を求めてもがき、完全に私の体の上に乗っている19番目の妹ガレットと20番目の妹ポワールを退かそうとするけど、全っっ然離れねェ!!

「ちょっ、と、…みんな、苦し……」

 待て待て息できない。えっ、みんな今ここで私のこと殺す気なの?それはそれでいいんだけどさぁ……て言うかちょっと待て、スムージー!右腕を絞るな!ペロスペロー!飴で私の足を固めるな!カタクリも!反対側の足に纏わりついてる餅を退けろ!そしてオーブン!それを焼くな!!オペラ!お姉ちゃん体生クリームでべとべとなんだが!?アマンド達も刀やら銃を持つな!何する気だ!ダイフクにクラッカー!こんな対して広くもない部屋で、バカでかい魔人とビスケット兵出すな!モンドールとブリュレは本とか鏡とか持ってこっち来んな!異世界に監禁する気か!!お前達がさては一番やべぇな!?

 必死にバタバタ暴れてのたうち回りながら、私は思った。もう35年間、思い続けた魂の叫びである。

 もうやだ!!こんな家族嫌だ!誰でもいいからさっさと殺して!!!と──
 目次 
Top