バカンス≒苦行
*104巻SBSネタより。謎時空設定。


「「……あ」」

 人気のない岩場を歩いていると、同じように当てもなく歩いていた青年と目が合った。側頭部から生えた二本の角、ウェーブがかった紫の髪は顔半分を多い、その顔の下半分もマスクで覆われている。つまり、顔の造詣はほぼ不明。だが、どこかで見たことがあるような。向こうは無言のまま、しかし唯一覗く左目がじっと私を見ている。私は高速で頭を回転させた。


 ここは、新世界のある島。世界でも有数のリゾート地である。とは言え、かの“海賊島”ハチノスの如く海賊達の跋扈したこの島を訪れる、一般のリゾート客はいない。いるのは全て海賊、しかもビッグ・マム海賊団のように力ある海賊だけである。そして現在この島には、ウチと張り合うもう一つの海賊団が上陸している。その彼らは只今、絶賛私の弟妹と睨み合い中のはず。確か、その中に、こんな感じの子がいた…よう、な……?

「君、…百獣海賊団の……?」
「あんた、…ビッグ・マム海賊団の……?」

 お互いの名前は知らない。だが、存在は何となく知っている。その程度の関係の私達が、現在睨み合う仲間達を放り出して、出会ったのである。



 この新世界有数のリゾート地を訪れた理由は、もちろんバカンスである。それ以外にない。きっかけは何だったかもう覚えていないが、ある時から我らビッグ・マム海賊団は、バカンスの名目でこの島を訪れるようになった。無論万国を守るためのお留守番組もいるけれど、年長の兄弟達は各々交代しながら遊びに来る。別にバカンスには興味ない私は、基本的にはお留守番組に入れてもらっているのだが、今回は10つ子の熱烈な要望を断り切れずに同行することとなった。私が参加すると知った途端、「おれ(私)も行く!!」と言い出す弟妹が続出し、バカンス旅行参加メンバーの座をかけた熾烈な争いが繰り広げられたことを、ここに記しておく。

 とにもかくにも、私は弟妹と共にバカンスにやって来た。今回はママがパスしたので、万国の守りを気にする必要はあまりない。島自体が万国からそれほど離れていないし、ビッグ・マムの本拠地に攻め込むアホもそういないし。私達が気にしなければならない唯一のことは、バカンス旅行中にママが“食い煩い”を起こさないかどうかのみ。それも、シュトロイゼンがいるし、食材もたんまりあるし、残っている大臣達もいるから何とかなるとは思う。


 そんな訳で、私達はこの地でバカンスを楽しんでいた。この世界はどこの海も美しいが、リゾート地ともなるとやはり別格である。海の青と砂浜の白のコントラストに魅了されながら、私はパラソルの下から幼い弟妹達が波打ち際で遊ぶのを眺めて過ごした。年長の弟妹達はほとんどが能力者なので、同じようにパラソルの下で甘いお菓子に舌鼓を打ったり、飲み物――今回はスムージーが参加しているので、飲物には事欠かない――を飲んだり、昼寝をしたりと、思い思いに過ごしていた。そんな時、事件が起きた。私達ビッグ・マム海賊団が占拠するビーチに、後から来た客達が押し入ってきたのである。

 もちろん、ビーチはみんなのモノなので、この場合は占拠している私達に非があるのかもしれない。だが、繰り返すがここは海賊達が集う島。無法者が集まれば、そんな当たり前の道徳を気にする者等いない。要は実力勝負。つまり、ビッグ・マム海賊団が上陸した時点で、他の海賊達はビーチを明け渡さざるを得なかったのだ。
 そんな中ビーチに突撃してくるなんて、私達への宣戦布告と言っても過言ではない。そういうわけで、不届き者の知らせを聞いた弟妹達は俄に殺気立った。それまでビーチボールを片手にはしゃいでいたはずの10つ子の手には、いつの間にか各々の武器が握られている。…こわ。

「…カヌレ姉は、妹達とここにいてくれ」

 私が口を開くよりも前に、一番近くに座っていたカタクリが立ち上がり、騒がしくなった方へ歩いて行った。その後を、ダイフクとオーブンが続く。それをアマンドやスムージーを筆頭に実力派の妹達が追いかける。実に凛々しい妹達である。「おにー様達、おねー様達、頑張って〜♡」と愛らしい声援を送るフランペを尻目に、プリンが不安そうにシフォンの方へと身を寄せた。私は安心させるように微笑む。

「カタクリ達がいるんだもの、何も心配することはないわよ、プリン」
「…えぇ。ありがとう、姉さん」

 とは言え、せっかくのバカンスを邪魔されて、嫌な気持ちにならない人間はいないだろう。海中で遊んでいたプリムとプラリネも、波間から不安げな顔を覗かせている。それを見て、胸が痛くなってきた。

 だいたい、ビッグ・マム海賊団が占拠してるところに突っ込んでくるとかどんだけアホなのだろうか。ママ不在とは言え、“無敗の男”を筆頭に“スイート四将星”のうち二人が揃ってる現状で、喧嘩売るヤツいるんだね??

「ウチに喧嘩を売るなんて、一体どこのどいつかしら」

 傍らに残っていたガレットが、ポワールと顔を見合わせている。私は肩をすくめた。

「さぁね。…でも、どこの誰だろうとバカであることに変わりはないわ。ママの姿がないとは言え、私達が目に入らないはずがないもの」

 それが通用する図体じゃねぇからな、私も含めて。

「カヌレお姉様の仰る通り。とんだおバカさんね」
「だけど、貴重なバカンスが台無しだわ」
「カヌレ姉さんが参加するって言うから、張り切って参加権を勝ち取ったのに…」

 それは知らんがなと、私は無言でトロピカルジュースで満たされたグラスを傾ける。

 私がニューイチ達の誘いを断りきれずにバカンスに行くと言ったが為に、仁義なき戦いが起きたことは知っている。
 いつもなら当たり前のように留守番しているはずのカタクリが、今回に限って参加すると言い出したのが事の発端らしい。カタクリが参加するのなら、パワーバランス的に留守番組の顔触れを考える必要がある。そこで後腐れがないようにと、年長の弟妹でバトルが行われたらしい。その勝者がここにいる面々だ。
 因みに30歳未満の子達は無条件――ただしあんまりに幼い子達は危ないから留守番――にほとんどが参加している。ペロスペローとコンポートがいないのは、初めて参加したいと言ったカタクリへの兄(姉)心、クラッカーやオペラ達がいないのは、何がなんでも参加したかったオーブンとダイフクが本気で戦ったから、モンデとエフィレがいないのは、アマンドとアッシュに破れたかららしい。大人げない奴らめ。ちょっとは長男と次女を見習いな。…まぁその分、二人からの構って攻撃が凄かったけど。帰ったら、参加できなかった子達に捕まるんだろうな。多少は我慢できるけど、特にクラッカーに捕まったら一日潰れるんだろうな。ナマケモノよろしく私に引っ付き回るんだろうな。…あの子今年で43歳なんだけどな。

 …というか、そもそも私がバカンス行きを了承した理由は、10つ子の誘い以外にも、シフォンの気分転換という目的もある。
 かつてチョコレート大臣を務めていたローラが、巨人族キとの政略結婚を蹴って家出してからというもの、怒り狂ったママはローラに瓜二つのシフォンに八つ当たりをかますようになった。とことん母親失格である。シフォンを庇いきれない私も姉失格だ。ママの気を逸らしたりはしているのだが、いまいちシフォンの助けにはなれていない。そんな罪悪感もあって、今回のバカンスにシフォンを誘った。ちょうどママは不参加だし、シフォンによく懐いているプリンも参加すると言っていたから、ほんの少しでもこの穏やかな時間に癒されてほしかったのだ。無論、心の傷が簡単に癒えないことは、この私が身をもって証明しているが。

「ごめんね、シフォン。…せっかく、気分転換してもらおうと思ったのに」
「そんなことないわ!大丈夫よ、とても楽しいもの。それに何にでも、多少のトラブルは付き物だわ」

 …ねぇ、私の妹いい子過ぎない??こんなに可愛くていい子で優しい妹を可愛いと思わない兄や姉って存在する??弟妹は皆等しく可愛い——ギクシャクしてても年長の弟妹も(一応)可愛いとは思っている——が、こんなにも優しい子は特別可愛いのでは??

「シフォンは優しい子ねぇ…ホント、大好きよ」
「お姉ちゃんったら、私もう24歳よ?いつまで子供扱いする気なの?」
「お姉ちゃんからすれば、ペロスペローもアナナも同じようなモンよ」

 事実、私への絡み方は48歳の弟も、6歳の妹もほぼ一緒だしね。違いがあるとすれば、抱っこできるサイズか否かってことだけ。

「ふふっ。私も大好きよ、お姉ちゃん」
「あら。嬉しい、ありが」
「カヌレおねー様!私は?私は可愛い!?」
「もちろん。可愛いに決まっているでしょ、フラン」
「姉さん!私は?」
「プリンが可愛いのは当たり前で」
「私は!?」
「ガレット」
「姉さん私は!?」
「私は?」
「姉さん!」
「もう!大丈夫!!みんな可愛いから!!!」

 可愛い妹達よ、そんなに目を血走らせて迫ってこないで。可愛いに決まってるでしょ。決まっているから、プリムとプラリネも遠くから声張り上げて聞いてこないで。向こうに行った子達の背中が揺れてるじゃん。…これ絶対後で「私は!?可愛い!?」って尋問されるヤツ。下手したら弟まで参戦してくるじゃん。……きっっっっつ。

 これが不適切発言ってヤツだな、としみじみ思っていると、カタクリ達の方から部下の一人が走ってきた。事態を把握してきたらしい。

「一体、トラブルの原因は何だったの?」
「カヌレ様!それが、…どうも百獣海賊団が上陸したそうで…」
「!!」

 激震が走る、とはまさにこのことである。静まり返る妹達。どうしよう、という視線が飛んでくるが、あいにく私もどうすればいいかわからない。

 百獣海賊団は、ウチと同じく“四皇”の海賊団。率いているのは、かつてロックス海賊団時代にママと同じ船に乗り、その頃にはまだ海賊見習いだったカイドウ。にも関わらず、今やママよりも高い懸賞金を誇る化け物である。世界最強生物の名は伊達ではない。
 そんなカイドウ率いる百獣海賊団が、どんな運命の悪戯によるものか、我らビッグ・マム海賊団と鉢合わせてしまった。これはヤバい。こっちにはママはいないが、もしも向こうにカイドウがいたら…想像もしたくない。

「カイドウも一緒なの?」

 鋭い声で問うと、部下は「いえ!今のところは確認できておりません!」と答えた。その解答に、ほんの少しだけ空気が和らぐ。よかった。“今のところは”、という枕詞つきだが、現状それでいい。
 先にバカンスを楽しんでいたのは私達だが、もしもここで争えばめんどくさいことになる。こっちにママがいないのは確定だが、向こうにカイドウが本当にいないかどうかはわからないのだ。癪ではあるが、ここは穏便に済ませるのがいいだろう。何よりこの場の責任者は私。私が何とかしないと、トラブルなんて起こせばママに怒られる!

 その旨を、百獣海賊団の面々と対峙している弟達に伝えるように部下に命令しようとした、その時。

「ん〜〜♡あそこにいるのは…カヌレた〜〜〜ん!!」
「うわ」

 馬鹿デカい声が飛んできた。その声の主がわかって、私は顔をしかめた。目線をやれば、こちらに背を向けたカタクリ達よりも高い位置から、風船の如く丸いフォルムの野郎が手を振ってやがる。カイドウの腹心の一人、クイーンである。
 直接の面識はほぼないのだが、ヤツは私の手配書に惚れているらしい。まぁ、アラフィフでも若い頃と変わらず顔だけはいいからな。でも、彼はどう好意的に見ても私の好みではないし、マッドサイエンティストは人として無理。つまり、無理。

「相変わらず可愛いぜ〜〜つれねェ態度も最高だ♡」

 私がどれだけガン無視を決めてもへこたれないのは、一周回って尊敬するポジティブさである。そんなクイーンに、周囲にいた百獣海賊団の面々が私の存在に気づき、ざわざわと歓声を上げ始めた。…私が言うのもなんだけど、やめときなって。私に対するそういう反応、うちの弟妹が一番嫌いなヤツだからさ……
 案の定、ブチ切れたカタクリが覇王色をまき散らすわ、弟妹達は戦闘態勢に入るわ、百獣海賊団もそれを迎え撃とうとするわで、瞬く間に私が危惧した最悪の状況が出来上がった。挙句の果てには、シフォンと共に震えていたはずのプリンまで、前髪フルオープンでクイーンを睨んでるんだけど。すごく小さい声で、「アイツ、記憶という記憶全部抜き取ってやる」とか言っているし。ガレットとポワールもフランぺまで目据わってるけど。それを見た部下も顔引き攣らせてビビってるけど。…こわ。

「……ど、どうしましょう、カヌレ様…?」
「どうするもこうするも、起こり得る最悪の事態が起きちゃったじゃない。どうしようもないわ」
今私が出て行ったところで、火に油でしょうしね。
「ママに、百獣海賊団と鉢合わせてしまった云々を伝えて、ママの指示を仰ぐのがベストでしょうよ」

 多分ママのことだ、カイドウに連絡を入れるなりなんなりして、ここで私達が衝突することは避けようとするはずだ。カイドウもママが相手ならばまだしも、私達を相手にしても仕方がないと思うだろうし。そう言うと、ガレットがママへの連絡係を買って出てくれたので、そっちは妹に丸投げしよう。


 …はぁ。全く、せっかくのシフォンの息抜きが台無しだ。私も逆にストレス溜まったし。全力で顔しかめていると、ふとこっちを見たシフォンがぎょっとした。

「お姉ちゃん、…その、…顔がすごく、嫌そう」
「嫌だもの。シフォンの為にバカンスに来たようなものなのに、台無しよ。本当にごめんなさい」
「ううん、いいの!それに、なかなか会えないお姉ちゃんとこうして一緒にいられて、それだけで嬉しいわ」
そんなことよりも、お姉ちゃんの方が心配だわ。
「せっかく息抜きに来たのに、全然ゆっくりできてないでしょう?」

 その言葉に、全私が泣いた。なんていい子なの。そんな気遣いをしてくれる弟妹は、後にも先にもシフォン(ローラ)だけだ。

「そうだわ、姉さん。気晴らしに、少し向こうへ散歩に行って来たら?百獣海賊団もバカンス目的でここに来たなら、さすがに今すぐ戦争になることはないだろうし、ママに連絡したのなら直に収まるわよ」
「それがいいわ。おねー様、あとはカタクリお兄様達やガレットお姉様に任せて、ゆっくりお散歩に行ってきて♡」
「シフォン、プリン、フランぺ、…なんて可愛い子達なの」
「二人の言う通りよ。正直、姉さんがここにいる方が、あの男がカタクリ兄さん達を刺激し続けて危ないというか…」

 プリンとフランぺの気遣いに心打たれたところ、ポワールがドストレートにそう言ってきた。それは自分でも思っていたことなので、反論の余地はない。シフォン達もそう思って、遠回しに私をここから遠ざけようとしたのだろう。
 確かに、現状カタクリ達を煽っているのは、クイーンの私へのラブコールである。私がここからいなくなればそれはなくなるから、多少この空気はマシになるはず。問題を起こさせないためにも、そしてこのめんどくさ過ぎる事態をどうにかするためにも、私は一度ここから去った方がいい。


「それもそうね。…ちょっとの間、向こうの岩場辺りにいるわ。カタクリ達が戻ってきたら、そう言っておいて」
「えぇ!何もないだろうけど、気をつけてね」
「お前達こそ、巻き込まれないように気をつけるのよ」

 そう妹達に告げてから、私は静かにビーチを離れた。背後で、「このシスコン野郎共」とかうんたらかんたらクイーンが弟妹を挑発している声が聞こえたが、振り向いて相手にすることはしなかった。あの子達がシスコン拗らせてるのは事実だし、今に始まったことじゃないからな。


 そして向かった岩場で出会ったのが、冒頭の青年である。


 手配書とかで見たことある気がする…?

 ここにいる限り海賊であることに間違いはないだろうし、このビーチにはビッグ・マム海賊団と百獣海賊団しかいない。そして多分、ウチの部下ではない。ということは答えは一つだ。

 とにかく相手の正体を知ろうと、口を開く。同じタイミングで彼も口を開いたことで、私達はお互いの正体を知るのだった。
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