ある病室で.b
「もう死ねないじゃない、あなたのせいよ」
女の口が動く。
ゆっくりと花開くように目覚めた女は、困ったように笑う。左の目尻から一筋涙が溢れている。
男はしばらく状況を飲み込めない表情をしていたが、泣きながら笑う女を見て慌て始めた。手頃な場所に拭えるものがないと判断したのか、ベッドへ身を乗り出し右手で女の頬に触れ、震える声で小さくつぶやいた。
「お帰りなさい」
そして男は、女と唇を重ねる。女は何か喋ろうとしていたが、話すことを諦めて目を閉じた。
窓の外では桜が舞っている。
春の柔らかい日差しを受けて伸びる二人の影は、確かに交わっていた。
page
next→
top