『ディー、お前は父さんの前に行くな、俺が代わりに行くから。あっちの部屋で待っておいで』

ディオ「に、にいさんっでも僕っ」

『母さんが帰ってくるまで、俺が父さんを引きとめておくから。
大丈夫、お酒も昨日買って来てあるから、ディーは巻き込まれないようにベッドに隠れてて?』


そう言って私の兄は不機嫌に家のモノを壊しまわっている父のいる部屋へと、安酒を持っていた。
俺は、言われたとおりにベッドのある部屋へと行くことしかできなかったが、兄のおかげでやんでいた音は、しばらくしたら俺の居る部屋まで聞こえてきた。
その音のあと、自身の右腕がまるで切り裂かれたかのような熱い激痛が襲ったが、袖をめくってみても何もなかった。

心配になった私は、父に見つからないよう足音を消して歩き、兄がいるであろう部屋の扉を少しだけ開け、中の様子をうかがった。

そこに憎んでいた父の姿はなかった。

そこには最愛の兄の姿があった。

私のかわりに、それしか買うことが出来なかった安酒を、父の元に持って行った兄が。
私のかわりに、先に生まれたと言うだけで私と変わらない子供であった兄が。
私のかわりに、髪の色も肌の色も母そっくりの、俺よりも賢く、俺だけに優しい兄が。


ディオ「にいさんっ」

『ディー、ダメじゃないか・・・部屋から出てきちゃ・・・』

ディオ「にいさんっうぅっ」

『ディー・・・あいつには会ってないか?殴られてないか?怪我は・・・ないか。
よかった・・・そんな顔するな。俺は大丈夫だから泣くな・・・いつものことだろ?』


私のかわりに、流れ出る涙をぬぐってくれた。
私のかわりに、塞いだ傷はまた開き、殴られた目は青くはれ上がっていた。
私のかわりに、床に落ちている割れた瓶で切り裂かれたのか右腕からの血がそこらに飛んでいた。
私のかわりに、わたしのかわりに、兄は私に降りかかる災難の全てをその身にうけた。

双子なのに、兄はこの頃の私よりしっかり者であったし、母のように聡明であった。
だから、父はそんな兄が自分よりできる面があるたびに殴るし、かといって思い通りに儲けてこなければそれでも殴る。

私は、兄に言われるがま駅で靴磨きをしていた。
兄は・・・それ以上に稼いできたが、体は汚れ、目はうつろで、何度聞いても私にその仕事のことを話さなかったし教えなかった。
同い年なのに私のことを弟だと言って可愛がり、自分よりも優先して食事もくれた。

私は、そんな兄に手を握られながら一緒に寝る事が何よりも楽しみで幸せな時間だった。
こうしていると、夢の中でも私に会えるからと、兄が言っていた事を覚えている。


ある日、兄が原因不明の高熱を出した。思えば傷口だろうが栄養失調だろうが病原菌だろうが考えられる原因はある。
多すぎるがゆえ、何が原因かが分からなかった。

母は薬代を稼ぐためいつも以上に休みなく働いたし、私も靴磨き以外の仕事を覚えた。
しかし、兄はその薬を高熱の体で戻しに行って、その金で私や母の為のパンや、父のご機嫌取りの酒を買ってきた。
彼は最後まで私の代わりにその命を削っていた。
私はそれに気づくのが遅かった。
ずっと、兄は笑っていたから・・・私の薬を飲んでくれていると言ったから・・・。


『ディー・・・前世があったなら、俺はディーの兄だったのかな』

ディオ「にいさん?」

『次も・・・ディーのお兄ちゃんがいいな・・・』

ディオ「うん、僕も・・・お兄ちゃんの弟がいいな」


そして三日後、兄はとうとう帰ってこなかった。
その薬を持って、街の片隅で転がっていた。

街行く人間は、ゴミでも見るかのように汚い目を向けて避けていた。
誰も助けてくれない。いや、私が助けられなかったのだ。彼を。兄を。

この世界で唯一、私を愛し、私が愛す人間を。私が弱かったから死んだ。

思えば、賢く聡明に見えた彼も、あの幼い時の私から見ればと言うだけで平凡だったし、外見も色が母に似ていると言うだけで特に特筆するものではなかった。

でも私は彼の言葉の一つ一つを覚えている。彼の考えを覚えている。
彼の行動を覚えている。彼の髪の色を覚えている。
彼の瞳の色を覚えている。彼の痣の色を覚えている。彼の声を覚えている。
彼の人差し指を覚えている。彼の血の匂いを覚えている。彼の温もりを覚えている。彼の肉の感触を覚えている。

冷えたからだを、固まった腕を、変色した脚を、握られた手を、閉じきっていない瞼を、凍った髪を、破れた服を、開いたままの唇を、止まった心臓を

兄の手を握って目を閉じても、兄は私の元に訪れてはくれなかった。


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