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ロンドンから馬で南へまる一日
一本道しかない馬車街道を行くと、五百年以上も前に掘られたと記録されるトンネルがある。
トンネルを抜けた先には、「風の騎士たち(ウインドナイツ)」とよばれる小さな町がある。

三方を山で囲われ、残る南の一方は断崖絶壁の海。

中世時代王に仕える騎士たちを訓練するために作られた町であるが、現在はその天然の要塞的地形から刑務所が建てられ、町の地下には石炭が産出するので囚人を作って掘った鉄道が無数にある。
その他の住民は漁や農業で生活する普通の人々。
人も寄り付かない町のさらに奥、丘の上の墓地のそばの館に、俺は身を潜めていた。

これから、この街は消失するッ!!

あの時、最後の最後!柱が崩れて女神像を壊さなければどうなっていたか!
俺は死力を尽くし炎から柱の中に逃れた。
しかし、この体に受けたあの炎の傷は一人や二人の生命を吸い取っても回復しなかった。

殆ど再起不能なこの傷を癒し、力を取り戻すにはもっともっと人間の生命エネルギーが必要だ。
そのためにはしばらく身を隠さねばならず、不老不死の回復力を持つ吸血鬼と言えど、瀕死の状態から元に戻るまでにはそれなりの時間と生命エネルギーを必要とするようだ。

女がいい。若い新鮮な女の生気を吸い取らねば・・・。
だから俺には扱いやすく、極めて忠実な下僕が必要だった。
切り裂きジャックのような下僕を作りつつ、若い女の生き血をすすりつつ、ただ回復を待った。
回復し、晃を迎えに行ける日を・・・ジョナサンに復讐できる日を待った。

ここを「療養所」に選んだのは、刑務所があったからだ。
たいていの人間は心に善のタガがあるッ!そのため思い切った行動がとれんッ!
すばらしい悪への恐れがあるのだッ!
だが、ごく稀に善なるタガの無い人間がいる、悪のエリート!
凶悪な人間の方がよいゾンビになりやすい!

それ以外にも色々とやっていた。すなわち人体実験。
「石仮面」の可能性、そして「不死身」の可能性を知るためだ。
とはいえ、石仮面を他の誰かに被せて様子を見るというような人体実験を行う気はない。
石仮面をかぶるのは俺と晃だけだ。
俺たちの特権だ。
何人もいても価値を失うし、頂点は常に一つだからこそ美しい。
その頂点に寄り添うに許される存在もまた・・・一人だけだ。

行った実験は、たとえば人間の頭部と犬の体を合体させてみたり、その逆だったり、ゾンビと生きた人間の体を合わせてみたり、その逆だったり。
特に猫を使った実験を何度も行った。
黒い毛並みの猫を見つけてはバラバラにして他の動物と組み合わせてみた。
だが、どの合成獣も晃のような知能を持つ事も無く、人と組み合わせても悪人だからか、人語は話せても下劣な下等生物にしかならなかった。
悪人以外の町の住人や、聖人である神父、生まれたばかりの子供までも使って試したが、元の人間の性格が表れるのか、他のゾンビと変わらず理性を失い他の人間を襲うだけだった。

連れてくる女は皆若くて美しい女だが、奪うのはその血だけだった。
中に晃と同じ黒髪の女がいれば、多少遊んでやることもある。
なかには、この俺に進んで身を差し出す奴もいた。
だが、所詮は餌に過ぎず、気紛れで晃を重ねて行う行為がすめば、一度で飽きて血を吸い取るか、ゾンビどもにくれてやる。

一度・・・一度だけ、俺に身を差し出した美しい黒髪の女に、同じく黒猫の耳や尾を付けた。
だが、どれほど晃に近づけようと、いや近づけようとすればするほど、晃との違いが明瞭に出てくる。
血を吸うことさえ汚らわしいと感じるほどに。
欠落感から求めたものの、晃の代わりなどやはり存在しないのだと思い知らされる。

その女とは最後まですることなく、俺の腕で殺した。
黒髪も、猫の体か人の体かわからないほどにぐちゃぐちゃの肉塊にして。
切り裂かれる肉が、馬糞のようにとても気持ち悪く見えた。
滴る血が、泥水のように汚らわしく思えた。
香る香水が、
一滴たりともその血を俺の体の中に入れる事はしなかった。

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