墓荒らしと少女

「え……」


人影を追って辿り着いたのは思いもよらぬ場所であった。神父さまから近寄ってはならないと言いつけられていた教会裏の墓地。もっと正確に言うのであれば墓地の正門前。

ただえさえ、ハロウィンの夜に出歩く禁忌を犯してしまっているのに、墓地に足を踏み入れるなんて。そんな罪に罪を重ねるようなことができるはずない。

ランタンの火に集る蛾を見つめながらもんもんと葛藤していると金属が擦れ合うような音がした。暗闇の中でもはっきりと聞こえた。思わず顔を顰めたくなる独特な音に気分が悪くなりながらも、音の主であろう人影たちの方に目を移すと、大きなシャベルを手にしていた。月明かりに照らされ、青白く光っており、なんだか不気味です。

そして人影たちは互いに顔を合わせ、一言二言交わすと先月亡くなったばかりの町一番の大富豪が眠っている墓の根本を掘り始めたのです。

墓荒らし―――。

ようやく人影の正体が判った途端、思わず手にしていたランタンを落としそうになりました。
今すぐにでも声をかけ、追い出してやろうと思いましたが、相手はおそらく大人の男性。しかも、二人。
立ち向かうことなんてできない。勝ち目がないと悟った私はひとまず、町の人たちに知らせに行こうと、足を一歩。後ろにずらしたとき、地面と靴が擦り合う音で彼らが一斉に振り向き、ばちりと目が合った。


「……!」


焦りと不安と恐怖。暗い感情たちによって、噴き出る汗は肌と服の間をじっとりとゆっくりと流れていく。
逃げろ逃げろと本能が語りかけてくるが、恐怖で足がびくとも動かない。まるで地面から伸びた手にがっしりと足首を掴まれているようで、気がついたときには、ガシャーン!とランタンが割れる音と共に男たちに捕まってしまった。


「肝試しをするにはちとタイミングが悪かったようだな、嬢ちゃん」

必死に抵抗するがびくともせず、墓地の中心へと連れて行かれると、一人の男が懐から、刃渡り三十センチはある刃物をちらつかせた。

このままじゃ、殺される!

死の瀬戸際になってようやく、生への執着心が漲った私は口元を塞いでいたもう一人の手に思いっきり噛みついた。すると男は呻き声を上げ、パッと拘束していた手を離した。その隙を狙い、するりと逃げ出し、そのまま町に助けを求めに行こうと思ったが、正門との距離があること。その間に男たちに捕まってしまうと判断し、少し離れたところにある柳の木の影に身を潜めることにした。


「こいつはすげえ。獣か何かに噛まれたみたいだ」
「あの小娘……!ただじゃおかねえ。ぶっ殺してやる」
「あーあ、本来の目的忘れてどうすんだよ。でもまあ、見られたからには殺す以外に選択肢はねぇな」


ジャリ、ジャリ……。靴の音が聞こえてくる。
幸いにも今は月が雲に隠れて、辺りは真っ暗。墓を荒らす為に来た男たちがランタンを持っていることはなく、私を見つけるのに苦戦しているようであった。

だけど。だけど、もし、月が出たら……。
そしてそのタイミングで見つかったら……。

いつ襲ってくるかわからない恐怖に肌身離さず持っているロザリオを握りしめ、ギュッと目を瞑る。


お願いですから、一刻も早く、この恐ろしい瞬間を終わらせてください。
お願いですから、悪魔のような男たちから、どうか私をお守りください。
お願いですから……、お願いだから……。


恐ろしさでロザリオを握る手も脳も髄も震え、使いものにならない。それでも蹲り、なけなしの力で必死に祈っていると、ふと誰かの視線を感じた。間違いない、すぐそこにいる。

ぞわり。またしても薄気味悪い汗が流れ落ちる。
そんな……。こっちに向かってくる気配も足音もしなかったのに。

もう駄目だ。おしまいだ。
抵抗する気も起こらなかった。逃げる気力も起こらなかった。食い込むほどまでロザリオを握りしめる。血が滲み出るほどまでに。

殺されるんだったら、最後の最後まで祈りを捧げてやる。目を瞑っておけば、死ぬのも一瞬に感じられるだろう。ナイフで心臓をひと刺しなら、痛いのも一瞬だ。人はいずれ死んでしまう。それがたまたま私は今日だっただけの話だ。

と必死に自分に言い聞かせ、落ち着こうとするがちっとも効果はない。震えが止まらない。消えゆく理性と沸々と込み上げてくる感情に体が乗っ取られる直前、ふと頭に暖かな感覚がふわりと乗っかったような気がした。

あれ、この感じ……。昔、どこかで……。
背筋が凍る思いで顔を上げた途端、私は言葉を失った。

包帯だらけの奇妙な服装。口元に描かれた穏やかな笑みに凛とした目つきの人物は紛れもなく、幼い頃に墓場で出会った魔法使いの彼そのものであった。


「あなたは……!」
「声を抑えて。彼らに見つかってしまいます」


スッと口元に伸びてきた人差し指で言葉を封じられてしまう。恐怖はいつの間にか姿を消し、今度は代わりに驚きでいっぱい。

そんな言葉も出ない私に彼はここでしばらく大人しくしていられるかと尋ねてきた。
問いかけにこくりと頷けば、彼は柔らかく笑むと、彼らの方へと向かって行く。

私は言われた通りに大人しく、木の影に隠れ、目を瞑り、耳を塞ぐ。


「……な……で、こっ……に……や、」
「あんと……のが……てくれ……だろ?!」


途切れ途切れに聞こえてくる男たちの声。
彼らが何を話しているのか気になった。だけど、聞いたらいけないような気がしてならない。

これだけ離れても耳を強く塞いでも突き破ってくるその声を聞いていると、自然とこちらも恐ろしくなってくる。もうこれ以上、恐怖を取り入れてたまるものかも、強く強く、耳を塞ぐ手に力を込めた。

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