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「名前さん…?」
喧騒の中、その声は嫌にはっきり聞こえた。
全てが面倒で、ひどく怠くて、無視してしまおうと思ったのに。
「…?…あ、柏木くん…?」
腫れてしまって違和感を持つ目が捕らえたのは、ぽかんとした表情の、柏木翼その人だった。
「びっくりしちゃいました。名前さんもこちらに出てきてたんですね。でも、会えて嬉しいです。」
「ありがとう。転職で、少し前にこっちに来たの。柏木くんは確かパイロットだったっけ?」
紅茶に砂糖を溶かしながら、細い記憶を手繰り寄せる。学生時代の後輩と久しぶりの再会を果たし、せっかくだからとカフェに立ち寄った。きらきらした瞳でケーキを選ぶ柏木くんとは反対に、紅茶だけを頼んだ。
カチャン、とフォークの置かれる音に思わず顔を上げる。困ったような笑顔。あれ、間違えたかな。思案していると、柏木くんがゆっくりと口を開いた。
「はい、そうだった…んですけど。今は俺も転職したんです。」
「あ、そうだったんだね。今何してるか、聞いてもいい?」
柏木くんの笑顔が、困ったものからいたずらっぽいものに変わる。え、どういう反応だろうこれは。
「…秘密です。それより名前さん、俺も名前さんに聞いてもいいですか?」
「いいよ。答えられる質問にしてね」
「あはは、そんな変な質問じゃないんです。…名前さん、今日何か予定ってあります?」
「予定?…………いや、今日はないかな。適当に買い物しようと思ってふらふらしてただけ」
思わず目が泳ぎそうになったが、紅茶を見つめることでそれを防いだ。不自然に映っていないだろうか。彼の大きな瞳は、じっとこちらを見つめている。
「そうなんですね!よかったぁ、俺は今からちょっと用事があるんですけど、夕方からは空いてるんです。一緒に食事とか、どうですか?」
「秘密の用事があるのね」
「ふふっそうです、秘密の用事です。だめですか?」
「ううん、いいよ。久しぶりに会えて私も嬉しいし。せっかくだから。」
待ち合わせ場所と時間を決めて、一旦別れる。次は再会が約束れているから、挨拶もそこそこに。正直、ひとりで夜を過ごすのは辛かったから、柏木くんの誘いは嬉しかった。
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