言の葉きらきら
澁澤さんからの電話が鳴る。
七月七日。七夕。
こちらは綺麗に晴れています。天の川が見えるかも、と言うと「催涙雨と言う言葉を知っているかね」と返された。相変わらずこちらの話に返事をしない人だけれど、この人はほんとうに博識だ。言葉の通り、知らないことはないのだろう。
もちろん知りません、と返すと、澁澤さんは続けてまた、自分の世界で言葉を紡ぐ。この人の赤い目には、見えている世界が他と違うのかもしれない。
「催涙雨とは、七夕に降る涙の事だ。逢瀬を果たせぬ織姫と彦星の嘆きに例えられる、一夜限りの雨。しばしば梅雨と被るから、雨の確率は高い。もっとも、織姫と彦星は夫婦になり愛欲に溺れ怠けた為に引き離された。原因が自分らにあるというのに態々天候まで操るとは、あまりに愚かしい」
「澁澤さんは今日の雨は好みませんか?」
「他人の恋路に傘の有無を悩まされたくは無いな」
「今日はその話を聞かせるために電話を?」
「ああ。私は不快なことが嫌いなのだよ」
「ええ、存じています」
「よろしい。まァ、言ってしまえば、こちらは降っているのに君の方は晴れている。これでは、私ばかりが嘆いているようではないか。それが何より気に食わない」
「えっ」
「厚い雲に遮られている織姫は、他の男と浮気をしているかもしれないな。土を濡らし生命を息吹かせるほど泣いたところで織姫の退屈は埋められない。行動力がないのだよ、彦星には。星屑の波に濡れるもまた一興。欲しいものはこの手で手に入れるべきだ」
そこで電話は切られた。
これは知っている。よくあるやつだ。
私はおそるおそる家のドアを開ける。
「短冊に願いでも込めるか?願ったところでどうせ、君の望みは全て私の手の中にあるがな」
「願いは今叶ったので、別な事を書きます」
「強欲な女だ。嫌いじゃない。何を欲するのか聞かせてくれ」
手土産に練り切りを四つ。紫陽花、天の川、竹の葉、そして織姫。
「美味い茶を淹れたまえ。菓子を台無しにするなよ」そう笑う顔は、彦星と呼ぶにはあまりに相応しくない、野心家の余裕に満ち溢れていた。
けれど催涙雨を例えた彼は間違いなく、私の彦星のつもりなのだろう。こんな彦星では、天の神様もたまったものじゃない。