Ending Without Stories.
ーー上條!上條、聞こえるか!!」あの後、やけに必死な檜佐木先輩の声がして。
重たい瞼を開けば、霞む視界の先にどこか苦しそうな檜佐木先輩が居て。
「なんて顔、してるん、ですか」
なんだか笑ってしまったことだけは覚えている。
目を覚ませば、ほんの少し前に見たのと同じ天井が広がっていた。
また四番隊の救護詰所か。
「お、起きたか」
「…檜佐木先輩」
「体調はどうだ?」
身体を起こしたところで、タイミング良く檜佐木先輩が部屋に入ってくる。
前回、ここで目覚めた時とは比べ物にならないくらい身体は軽かった。
「もう大丈夫、です」
「そうか」
「…一体何があったのか。教えて、くれませんか」
檜佐木先輩の口から語られたそれは、壮大な事件だった。
四十六室の殺害、偽装された死、早まる処刑。
そして藍染隊長、東仙隊長、市丸副隊長の裏切り。
その中でオレは、駒にもなれずに独りで暴れていただけだった。
死ななかった。
けれど、殺せもしなかった。
獣は獣らしく、人間様の戦いに手を出すなと言われた気分だった。
「…そんな悔しそうな顔すんな。俺もなんも出来なかったんだ。隊長のすぐ近くに居たはずなんだけどな」
くしゃり、頭を撫でられる。
「早く復帰しろよ。十一番隊、あの旅禍が顔出すようになっていつも以上に騒がしくしてるみたいだぜ」
「…はい」
立ち去る背中に、手を伸ばしそうになる。
毒は身体から抜けきったはずなのに、どこかが苦しかった。
それから救護詰所を出れたのは1週間後。
斬られ刺された傷は全快とは言えなかったが、ただじっと横になっていることが苦痛で仕方がなかったから半ば無理やりに退院とさせてもらった。
小競り合いだろうが戦闘禁止、と卯ノ花隊長直々の命令付きでも寝台の上よりはマシだろう。
「ただ今、戻りました」
「あっ上條四席!!お帰りなさい!」
道場内には以前と変わらず、打ち合う音が鳴り響く。
今、楽しそうに平隊員をボコボコにしているのは斑目三席だ。
「お前!生きてたんだな!!」
「あんた、旅禍の…」
さて、どこに腰を落ち着けようかと周囲を見渡せば、行儀よく並んだ隊員たちの中から橙頭が飛び出した。
続ける言葉が見つからなくて、呼ぶべき名前を知らないことに思い至る。
わざわざ殺す相手の名前を聞くような無駄なことをするタイプじゃないのだ。
あの時は確実に殺そうとしていた相手だし、その後の接触は今の今まで無かったわけで。
「ったく、黒崎一護だ。覚えとけ」
オレが呼びかける名に困っていることを察したのだろう、旅禍の彼は呆れたような表情で名乗りを上げてくれた。
「知ってると思うが、上條貴臣。よろしく」
「おう、よろしくな貴臣!」
にかり、笑いかけてくる。
…明るい男だ。
自分を殺そうとした相手だって、水に流して笑える男。
ふと、誰かに似ているなと思った。
こんな風に明るくて、自然と周囲に人が集まってくるような。
誰だっただろうか。
まるで世界の中心かのように、大切な人だった気がするんだが。
黒崎に重ね合わせた誰かが思い出せなくて首を捻る。
「ようし!!次!!!」
また1人隊員をぶっ飛ばした斑目三席の大声に、意識を引き戻された。
腰の引けている隊員たちの代わりに、隣にいた黒崎が名乗りを上げる。
ああ、黒崎のせいで腰を落ち着けるタイミングを逃したな。
そのまま道場の入口に立ったまま、黒崎と斑目三席が言い争うのを眺めていれば、背後から隊長の気配。
「おーす!」
「「おはようございます隊長!!!」」
「おはよう、ございます。上條、戻りました」
やたら元気な大声で挨拶する隊員たちに続いて、救護詰所から戻ったことを報告する。
隊長はちらりと目線を寄越して、おう、と短く答えただけで、すぐに黒崎へと意識を移した。
労いなんてない、その反応がなんとも隊長らしくて安心する。
+++
「貴臣!闘ろうぜ!」
逃げた黒崎を追いかけて出てった隊長を唖然と見送った後、真っ先に動き出したのはやはり斑目三席だった。
格好の相手を逃して、消化不良らしい。
しかし、
「すみません。戦闘禁止と、卯ノ花隊長に」
「あ゛あん!?」
「卯ノ花隊長の言いつけならしょうがないね。一角、諦めな」
「ったく、しゃあねえな。じゃあ他!誰かいねえか!!」
誘いへの断りに凄んできた斑目三席も、綾瀬川五席の一声で素直に引き下がる。
感謝の意を込めて会釈すれば、手招きされた。
「あーあ、可哀想に」
手当り次第、平隊員が吹き飛ばされていく光景を前に綾瀬川五席が苦笑する。
「おかえり、上條。怪我の具合は?」
「ほぼ問題ないです。許可が出れば、すぐにでも」
殺せます。
そう言外に込めて返せば、頭を撫でられる。
何がお気に召したのか、綾瀬川五席には度々撫でられることがあった。
それが妙に心地好くて気に入っているのはこちらも同じで。
そうされてようやく、日常が戻ってきたんだと実感した。
そんなことがあっての翌日、黒崎たちは現世へと戻ることになった。
なんでも始業式、とやらの前には帰らなければならないらしい。
彼らとしても目的は果たしたし、傷もすっかり癒えたのだから尸魂界に居座る理由もない。
そして今回の騒動の中心に居た朽木ルキアはこちらに残ることにしたそうだ。
特に聞いてもいないことだったが、阿散井が嬉しそうに伝えてきた。
そういえば同郷だと聞いたことがある。
行くつもりの無かった穿界門での見送りは、綾瀬川五席に無理やり引きずられる形で参加させられた。
対峙したあの時と違い、穏やかな顔で黒崎は去っていった。
「檜佐木先輩」
「上條、珍しいな。こういうのに出てくるなんて」
「…綾瀬川五席に」
「連れてこられたか」
そういえば、と思い出して皆がそれぞれに立ち去る中、檜佐木先輩を捕まえる。
見送りに参加した理由を素直に告げれば、苦笑と手のひらが頭に落とされた。
この人も、オレの頭を何かにつけて撫でてくる。
院生の頃から可愛がられているという自覚はあった。
「先輩、オレ、言い忘れたことがあって」
頭上の手はそのままに、切り出す。
「あの時、心配してくれて、ありがとうございました」
「あの時って…。お前、笑いやがったじゃねえか」
「オレが、先輩にそんな顔させてるって。思ったらなんか、嬉しくて」
「……馬鹿野郎」
言いたかったことを伝えれば、乗せられた手に力が込められてグッと下を向かせられる。
視界に入るのは地面ばかりで先輩の表情を伺うことは出来なかった。
「ほら、戻るぞ」
それでも、きっとあの時みたいに苦しそうな顔はしてなかっただろう。
乱された髪を軽く整えてから、数歩先を行く背中を追いかける。
詰所に戻るまでにすれ違った死神たちの穏やかな表情に、すぐにまた元の日常が戻ってくる予感がした。
藍染惣右介による反逆劇は、始まったばかりだというのに。
