「私のステージへようこそ!今宵もすべてのプリンセスへ愛と夢のひとときを!」
鳴り止まない歓声、波打つペンライトの光。
自分だけが立つステージでそれらを受け止める。
軽やかにステップを決めて、とびきりの甘やかな声をメロディに乗せて。
体力が尽きかけても優美な微笑みは崩さないように。
今日のライブも、大成功で幕を閉じる。
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『夢ノ咲に行くことにした』
進学先を決めたのは故郷を離れてからも唯一連絡を取り合う友人のそんな一言だった。
『もしかしてアイドル科?』
『笑うか?』
『まさか』
ライブ中に来ていたメールに帰り支度をしながらやりとりを重ねる。
アイドル稼業に追われて学校なんてほとんど通えていないからすっかり忘れていたけど、中学3年生の夏休み。
そろそろ進路を考えなきゃいけない時期だった。
夢ノ咲学院か。
かつての地元から程近い、アイドル科のある学校だ。
俺みたいにデビュー済みのアイドルから、これからアイドルを目指す奴、そして訳あって休業中のアイドルまで幅広く通っているらしい。
トップアイドルの出身校だったりもして有名だが、業界内において正直あまりいい話は聞かない。
大事な友人がそんな場所に通うと言う。
そうですか、と放っておくのは少しばかり気分が悪い。
どうしたもんかと頭を捻っていれば、コンコンと楽屋のドアがノックされた。
ひょこりと顔を出したのはマネージャーだ。
「愛、支度できた?撤収するよ」
「うん、出来ているよ。そういえば、入学のお誘いって夢ノ咲からも来てたっけ?」
「夢ノ咲?たしかあったと思うけど…」
前述の通り、ちょうど進学先を決めるような時期だ。
アイドル科や芸能科のある学校から、ちらほらと入学を打診するような連絡が来ていたことを思い出す。
その中に目的の学校があったかマネージャーに尋ねれば、まさか、と言いたげな表情を向けられた。
そりゃそうだ、人気の出てきたアイドルである俺が通うにはあまりよろしくない環境だろう。
少しでも知名度があるアイドルを入学させて、評判を取り戻そうという魂胆も丸見えだし。
でも、唯一と言っても過言じゃない友の助けになれるならそんな場所も悪くない。
俺が決めてしまったことを察してため息を吐くマネージャーを尻目に、ぽちぽちと途絶えたやりとりの続きを打ち込む。
『俺も行くわ』
返信は待たずに携帯をポケットに突っ込んだ。
—
人気アイドルとして軌道に乗っていた俺はありがたいことに毎日のように仕事があり、多忙を極めていた。
頑丈な体を作り出してくれたクソみたいな過去の日々に思わず感謝するくらいに。
そんな中、入学式に出席できるよう調整されたスケジュールはきっと大人の意地というやつなんだろう。
シワひとつない真っさらな制服に身を包み、送迎車の後部座席に乗り込む。
窓の外に流れていく風景は数年前まで闊歩していた見慣れた景色で、帰ってきたんだなと漠然と思う。
この場所で過ごした日々の中にはきっと楽しかったこともたくさんあったんだろうが、今となっては最悪の思い出ですべて塗り替えられている。
正直に言ってしまえば、二度と戻ってきたくなかった土地だ。
まあ、どうせ仕事に追われて登校なんて大してできないだろう。
むくりと顔を出そうとするトラウマを、無理やりに押さえつける。
そうこうしている間にたどり着いた校門の先に、見覚えのある背中が見えた。
「はい、着いたよ」
「ありがとう。それじゃ行ってくるね」
「終わり次第連絡して。一応このあともオフにはしているけど、流石に外歩かせるわけにはいかないから」
「分かってるよ。じゃあまた、あとで」
早速その背中を追いかけようと、マネージャーとのやりとりはそこそこに車から飛び出す。
ただしそこは入学式当日の校門前だ。
当然周囲には新入生らしき生徒がたくさん居て、いかにもな送迎車から出てきた俺へと一斉に目が向けられる。
「おい、あれ愛じゃねえ?」
「夢ノ咲に入るって噂マジだったんだ」
「愛と同級生とかやっべぇ!」
既に芸能界で活躍しているような奴は少ないようで、俺という芸能人を中心にしてざわめきが広がる。
好意に悪意、それから純粋な好奇心。
様々な声や視線を浴びせられて、煩わしく感じる。
それでも俺は今をときめく〈王子様〉だ。
他人の目がある以上、そのキャラクターを演じきらなければいけない。
優美な微笑みを口元に乗せて、苛立ちを心の奥に隠す。
一歩足を進めれば、まるでモーセの海割りのように人垣が割れていった。
その先に後方の騒ぎなんて意に介さず、ただ前を向いて歩いていく背中が見える。
「紅郎!」
少し小走りで追いかけて、肩を叩いた。
振り向いた顔は久しぶりに見るが、記憶の中にある姿とあまり変わっておらず安心する。
身長は最後にあった時よりもぐんと伸びているようで、見上げる形になるのがちょっとばかり癪だけど。
「愛也、本当に来たのか」
「うん、僕は有言実行する男だからね」
投げかけられた言葉にそう返せば、紅郎はぱちくりと目を瞬かせる。
今まで紅郎とは素の状態でしかやり取りをしていなかったから、普段と異なる口調で驚かせたみたいだ。
事情を説明してやりたいところだが、ここには他の人間が多すぎる。
「…僕は〈王子様〉だから」
「なるほどな」
含みを持たせてそう小声で呟けば、彼は流石の察しの良さで頷いてくれた。
そこからはお互いの近況とか、他愛ない会話を交わしながら校舎へと向かう。
視界に入る校内は評判通りに荒れていて、なかなか趣深い感じだった。
本当にアイドルを目指す奴らの通う学校なんだろうかと疑ってしまう程度に。
「どう、やっていけそう?」
「そんなんまだ何も分かんねえだろ」
「ふふっそうだよね」
「まあ、お前だけじゃなくて他に顔見知りもいっからな。大丈夫だろ」
その光景を言外に示しながら聞けば、そんな答えが返ってきた。
なかなか登校できないであろう俺の分まで、顔見知りとやらが支えになってくれればいいんだけど。
業界内において在校生や学校自体の評判はよろしくないが、そこに入ってくる新入生たちは当然のように希望に満ち溢れている。
キラキラを振りまくアイドルの姿に憧れて、自分もそんなアイドルになれると信じてここに来たんだろう。
そのまま純粋に憧れを追ってくれればいいんだろうけど、きっと今だけなんだ。
学校全体の雰囲気がそう予感させる。
滞りなく進行された入学式の中、せめて紅郎だけは飲み込まれてくれるなよと願わずにはいられなかった。