4月16日。超大型シャドウ襲来から一週間くらい経った。有里先輩はずっと入院してる。なんでもあのシャドウを一掃したあと気を失って、それきりだそうだ。
ペルソナを発動したばかりの人の具合が悪くなるのはめずらしいことじゃない。けれど、一週間も昏睡だなんてさすがにおかしい。わたしが気絶したあと彼の召喚したペルソナが暴走したと、美鶴ちゃんに聞いた。短い時間だったけど、全く異なったペルソナが最初のペルソナの内側を食い破るように出現、大型シャドウを蹴散らしたと。はじめは半信半疑だったけれど録画された映像を見せられては信じるしかなかった。ペルソナの暴走を見たのは初めてじゃない。しかし、これが異常なものなのか、そうでないのかはわからなかった。なにしろ今回も合わせて二人分のケースしか知らないのだから。
また、入寮前から尋常でない耐性が彼にあることを訝しんだ美鶴ちゃんが彼の過去を調べてみたが十年前までここに住んでいたこと、不幸な事故で両親を亡くし、親戚の間を転々としていたことくらいしか分からなかったと、早朝、二人きりの玄関ホールで告げられた。
「美鶴ちゃん、10年前ってまさか……。」
頭に浮かんだのは岳羽先輩の父親のこと。まさか結城先輩も桐条の実験に関わり、命を落としたのではないか?強張った面持ちでいる私に美鶴ちゃんが静かに首を振った。
「いや、彼の両親は共に桐条とは無関係だった。あの事故で亡くなったことは確かだが。」
「影時間の適正に不可解なペルソナまで備えているっていうのに?いっそ彼が被験者だったと言われた方が信憑性があるよ。」
「滅多なことを言わないでくれ。彼と桐条の接点はこの島にいたということ、あの事故に巻き込まれたこと。この二つだ。有里という苗字は社員名簿のどこにもない。」
ポートアイランドは表向き桐条の開発した人工島。内部のものにしかいわくを知るものはいない。一般人の立ち入りが禁止されていたのは研究所の敷地だけ。周囲に住む人の半分以上はなにも知らない人々だった。資料がない以上先輩は不幸にも桐条の実験で命を落とした普通の人たちの遺児、その一人ということだ。
「実験事故のどさくさにまぎれて有里家の情報だけを隠したとも考え難い。それから、彼が事故に遭ったのはムーンブリッジのようだ。」
「学校の敷地外だね。ギリギリだけど。」
「ああ、理事長にも念の為話を聞いたがそれらしい人は組織にいなかったと言っていた。」
「うーん、理事長の話の信憑性はともかく、研究自体にご家族や本人は全く触れてないのか。」
「現状ではそう判断せざるを得ないな。ペルソナの適合者はなにも桐条に深く関わるものだけではない。お父様だってペルソナ使いではないだろう?」
「もしそうだったらすごく頼りになったのになあ。理事長よりよっぽど。」
ほんの冗談のつもりで言ったのに、美鶴ちゃんは眉間にしわを寄せて俯いてしまった。
「……確かにお父様は大変有能な指導者になっただろう。でも、私は──お父様が適合者でなくてよかった、そう思う。」
「美鶴ちゃん……。」
私は失言を悔やんだ。私は昔からコミュニケーションでの失敗が多かった。空気を読むのが致命的に下手で、意図せずして虎の尾を踏みつけてまうのだ。幼少期よりは回数は確実に減ったが、その悪癖は感知したとは言い難く、こうして大切な人を傷つけてしまうこともしばしばだった。
「もしそうだったらあの方はご自分の命を顧みないに違いない。お祖父様の過ちを贖うためなら、お父様は……。」
唇を噛んだ美鶴ちゃんはそれ以上何も言わなかった。お父様は常々、自分ではなく娘達を先人達の後始末で戦わせなければいけないことを歯痒く思っている。美鶴ちゃんはお父様を守るために戦っているのに、お父様は自分の代理戦争をさせていると悲しんでいるのだ。お祖父様のシャドウ研究が多くの人の命と幸福を奪った罪悪感から、ペルソナでの戦闘以外でできることは身を削ってでも完遂しようとするお父様のことだから、命をかけてでも贖いを果たそうとするに違いない。大事な美鶴ちゃんへ過去の負債を残さないためにも。
険しい顔をしている彼女に無意識に伸ばしかけた手に気づいた。そんな資格私にはない。戒めるように、手のひらに爪を立ててギュッと拳を握って腕を下ろした。気の利いた言葉一つ思いつかず、触れて慰める勇気も無い。私は無力な役立たずだ。
「あ、朝練だから私そろそろ学校行かないと。」
結局選んだのは逃げることだった。いかにも能天気そうな間延びた声でわざとらしく呟いた。
「ああ、そうか。引き留めてすまなかった。」
テスト前期間なんだから朝練なんかあるわけないのに美鶴ちゃんはそのことを指摘しようとはしない。物思いに沈んで気付かないのか、明らかな矛盾を気遣って見逃しているのか、伏せた目元から窺い知ることはできない。
言いようのない気まずさを誤魔化すように小走りで寮を出て、モノレールの駅に着いた時ようやく気づいた。
「いや、この時間学校って開いてるの?」
時刻は5時ちょうど。モノレールの始発には三十分ほど早いのだった。