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『炭治郎の家族が亡くなった』。その事実は瞬く間に村中に広がり、7日も経たない内にあの土のお墓の周りにはたくさんの人達から手向けられた花束でいっぱいになった。生前、竈門一家にはお世話になったから何かしてあげたいという声が集まり、村で協力してちゃんとした所の寺の僧侶にお願いして炭治郎の家族を弔って貰った。山の猟師の人曰く山だったから熊が現れて襲われたのだろうと言っていた。もしかしたら炭治郎や禰豆子も自分達の意思でいなくなったわけではなく、その熊に持っていかれたのではないか、そんな噂が村では持ちきりだった。
でも私は絶対にコレをやったのは熊では無いと思っている。そもそも炭治郎達が熊に連れていかれてそのまま餌になっていたとしたら誰があの墓を作るというのだ。きっと炭治郎は生きている。私にはその確信があった。しかし、それを下手に周りに言って混乱させるのも良くない気がした。だから私はその考えを未だ誰にも話したことはない。両親にも伝えることは無いだろう。


竈門一家の事件から20日が経った。私は今日、人生で最大の親不孝をしようと思う。意図的に朝早く起きた私は『今までありがとうございました。』と書いた紙を両親の枕元に置き、数日前からコツコツと準備してきた最低限の荷物を持って家を出た。そう、私は今日両親には黙ってこの家を出ることに決めたのだ。竈門一家の事件をきっかけに私は人生を変えたいと思った。もしこれを前世でやっていたとしても捜索願いなんか出されて速攻で連れ戻されていたはず。でもこの時代は一度姿を眩ましてしまえばもう一度見つけるのは難しいだろう。だから私は家出…というよりかは、旅?に踏み切ることにしたのだ。
両親が悲しむ、それは分かっている。だけど正直なことを言うと、私は前世の記憶を思い出してからというもの今の両親がどちらかというと『親』ではなく『親戚』という感覚になっている。今の両親には悪いけど、私は自由に生きることにした。二度目の人生だから。
春が近づき気温が上がったお陰で溶け始めた雪に私の進路が妨害されることはなかった。地に降り立った烏が私の方を見ながらガーッガーッと鳴く。もしかしたら私に戻れ、と言いたいのかもしれなかったが、私には、私のことを『頑張れ』と応援してくれているように感じてしまった。






今頃村では私が居なくなったと両親が大騒ぎしているのだろうか。そう考えると少し罪悪感で胸が痛む。でももう戻りはしないと固く自分に誓った私は後ろを振り返ることなく歩き続け、その甲斐あってか一日で隣の隣の村まで来ることができた。私が八歳になってから両親から定期的に『お小遣い』を貰っていた私はお金を使うようなこともないからとずっと貯め続けていた。それがこのような形で役立つとは。一度も使ってこなかったお陰でその総額は中々のものになっている。私の家も元々村では結構裕福な方の家庭だった。だから両親は早い内からお金の使い方を理解してほしいという気持ちで私にお小遣いを与え続けてきたのだが、まさかそのお小遣いがこんな額になっており、自分の娘の宿代になるなんて思いもしなかっただろう。このお金が無ければ私は家を出ることを決断していなかった。だから小さい内からお小遣いをくれ続けていた両親に、そしてそれを一度も使うことなく貯め続けていた自分に心から感謝した。

私が寝泊まりしようとした宿のおばさんは「こんなに小さい子が?」と訝しげな表情で私をジロジロと見つめてきた。でも私がお金を持っているのを知ると渋々だが部屋を貸してくれた。確かにこんな小さい子が一人で宿を借りに来るなんて早々無いよね。明日も早く起きて食料を少しだけ買って、すぐにこの村を出よう。
詳しくどこに行こうと決めていたわけではなかったが、この時の私はまるで手を引かれるかのように『とある所』へ向かって歩いていたのだ。後に振り返ってみると、これは無意識に私の『第六感』が働いて自分をその場所へ連れていこうと・・・・・・・していたのかもしれないと思った。

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