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いきなりだけど話は最終選別最終日まで飛ぶ。この五日間は善逸と一緒に行動していたんだけど、ついさっき二体の鬼に同時に襲われた際に善逸とはぐれてしまった。逃げ足の速い善逸は恐らく私がちゃんと後ろについてきているものだと思って走っていったのかもしれないが、私は途中で足を止めてその二体の鬼を「藤の呼吸 弐ノ型 藤華蘭舞とうげらんぶ」で倒した。倒し終わった後に回りを確認したけど善逸はいなかった。こればかりはしょうがないこと。善逸には一人で頑張ってこの最終日を乗り越えてほしい。善逸は自分のことを「弱い」と称するけど、善逸の気配からはちゃんと『強い人の気配』がする。善逸曰く、「助けてくれた育手のお爺さんの為に鍛練を頑張っていたけど全然上手くいかないんだ」らしいけど……それって善逸が自分の技量を正しく理解できていないだけなんじゃ無いのかなって思ったり。じゃなきゃ、その善逸の育手さんも善逸を最終選別には向かわせないでしょ。やっぱり分からないんだよなぁ……善逸って。
空には雲一つ無いというのに、どこからか雷鳴のような音が聞こえたような気がした。





──と、善逸の心配ばかりしていた私だけど本当に心配するべき人は私でした。


「猪突猛進!猪突猛進!」
「ちょ……っ、追いかけてこないでよ!!!」


私は今、猪の被り物をした男の子に追いかけられている。
遡るはつい先程のこと。付近に鬼の気配を感じた私は、気配のする場所に向かいそこで見つけた鬼を討伐すると、ほんの数秒の差で現れた猪の被り物をした男の子。その男の子は鬼の頸を斬った私を見ると「あ"ー!!!」と悔しそうに雄叫びをあげ、なぜだか二本の刀を持ち直すと「猪突猛進!」と言いながら私に突進してきたのだ。慌ててそれを避けると男の子は再び私に狙いを定めて向かってくる。完全に私を討ち取る気満々の様子に困惑してしまう。どうして鬼でもない私が殺されそうになっているのか。この人は鬼と人間の区別がつかないとでもいうのか。しかし、彼から感じる気配も『強い人特有』の独特なもの。区別はついているはずだ。それなのに人間である私に向かってくるなんて。


「ねえ!私、鬼じゃないよ!?」
「知ってるに決まってんだろ、そんなこと!!!」
「じゃあ何で私を倒そうとするのー!?」
「お前は俺の獲物を倒した!つまりお前はあの獲物より強いわけだ!なら、お前を倒せば俺はお前より強いことになる!!」
「そうなんだけどそうじゃない!!!」


これじゃあ新手の食物連鎖じゃん!!男の子は本気らしく私を確実に仕留めるために刀を振るってくる。男の子の刀は所々が欠けており、ギザギザしていた。その部分によって攻撃力も上がりそうに見える。あんなのに切りつけられたらひとたまりもない。
男の子からの攻撃を避けながら走り続けていると、前方から鬼の気配が。こっち一人でも大変なのにプラス鬼とか鬼畜過ぎる!!!
刀に手をかける。このスピードのまま倒すってことになるのなら、参ノ型の閃光藤月下でいけるかな……?前方で視界が鬼を捉えた瞬間、私が動き出すよりも先に私の横を通りすぎて鬼に向かっていく影が一つ。それは今まで私を追いかけ回していた男の子。あっという間に二本の刀を駆使して鬼を倒してしまった。やっぱり強い……。反応が私よりも速かった。
鬼を倒した男の子は「ハッハッハ!!!」と笑い出す。そして私に刀の剣先を向け、「お前より俺の方がこの鬼を速く倒したぜ!つまり俺の方がお前より強い!すげぇだろ!!」と言い出した。ポカン…と口を開いて固まってしまう私なんて全く気にもとめていないのか男の子はひたすら自慢気に笑っている。でも待てよ納豆……。さっき私が追いかけられていたのは男の子が私より強いことを証明したかったからなんでしょ?だとしたら、今ここで男の子を上機嫌にさせたらここまま穏便に事が済むのではないか。なら私がすることは……この男の子を誉めまくること!!!


「い、いや〜凄いね!速すぎて全く追い付けなかったー。私より君の方が断然強いよ!!!強い人って憧れちゃうなー!」
「……」


チラチラ…と男の子の様子を確認するが、猪の被り物のせいで表情が全く見えない。だから今、彼がどんな表情をしてどんな感情になっているのか検討もつかない。あんなに笑っていたのにいきなり黙りこんでしまう。もしかして誉めちぎるだけじゃだめなのか……。
失敗したかも…と思っていたとき、男の子が「ぅ……」と小さく何かを喋った。聞き取れなかった言葉に私が「え?」と聞き返す。スゥ……と男の子は大きく息を吸い込んだ。


「うるせぇ俺をほわほわさせんじゃねえぇえええ!!!」


その男の子の大声にビリビリ、と空気が揺れた。そして男の子は「猪突猛進!」と叫びながらどこかに行ってしまった。


「な、なんだったんだろう……」

……というか『ほわほわ』ってなんだろう。


──そんな不思議だらけの男の子との出会いを最後に、最終選別最終日は幕を閉じた。
次の日の朝、山を一気に下り、一番最初にいた場所へと向かう。そこには既に可愛い女の子と目付きの悪い男の子、そして一日目よりもボロボロになって震えている善逸の三人がいた。昨日のあの不思議な男の子はいなかった。そして炭治郎もいない。だけど炭治郎もあの男の子も死んでいないと思う。炭治郎に至ってはこっちに下りてくる気配がする。あの男の子は……先に帰ったとか??


「ア"ーーー!!!納豆ぢゃんッ、無事でよがっだぁあああ!!」
「ぜ、善逸……そっちこそ元気そうで良かったよ……」
「元気ィ!?この俺が元気に見えるの!?」
「わりと元気そうに見えるよ?」
「なら残念むしろ絶不調だよ主に心の問題でッ!!!」
「そっかそっか〜」
「納豆ちゃんとはぐれちゃうしッ!鬼に追いかけ回されるしッ!気づいたら鬼の頸斬れてて死んでるしッ!!何なんだよ此処ォ!!!」
「えー……善逸が斬ったんじゃないの?」
「ぜっっったいに違うね。だって俺怖くて気絶してたから」


……どうして善逸から強い人の気配がするのに、善逸は自分のことを弱いと言うのか何となく分かったような気がする。
丁度そのとき、背後でガサガサッと茂みの揺れた。善逸は「何!?鬼!?」と、パニックになって私の腕にしがみついてきた。

そして私は現れたその人に対して微笑み、労りの言葉をかけた。



「──……お疲れ様、炭治郎」


私達と同じように土であちこち汚れた炭治郎がそこに立っていた。

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