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「ね、禰豆子は……」
「……禰豆子ちゃんに何かあったの?」


言い淀んでそこから先を話そうとしない炭治郎に、私は禰豆子ちゃんに何かがあったのではないかと思い、炭治郎に問う。すると炭治郎は口をギュッと噛み締めながらゆっくりと頷いた。だけどそこから先を言おうとはしてくれない。知られたら不味いことでもあるのか。そんなに私は信用ならないのかな。
心の中で落ち込んでいると、すかさず炭治郎が必死な顔で「納豆が信用ならないとか、そういうことじゃないんだ!」と、訴えてきた。鼻が良いから落ち込んでいたことがバレてしまったらしい。


「じゃあ何で話してくれないの……?」
「そ、れは……」


炭治郎の視線が一瞬、あの双子ちゃん(仮)に向けられる。双子ちゃん(仮)はまだあの場所に立っており、私達のことを見ている。もしかして参加者が帰るまであの子達も帰れないのではないか。炭治郎も双子ちゃん(仮)を気にしている様子。私はすぐに炭治郎の手をとり、石の階段を下りていく。私のいきなりの行動に炭治郎は驚いていたが足はちゃんと動かしているから状況は理解しているだろう。
最終選別の会場から少し離れた場所まで行くと、私は炭治郎の手を離した。


「それでどうしたの禰豆子ちゃんは。……私、炭治郎がちゃんと話してくれるまで帰らないからね」
「えっと…次会ったときとかじゃ……」
「炭治郎」
「ゔっ…」


中々話してくれない炭治郎に、少しずつ悲しくなってきてしまう。やっぱり私は信用されていないのでは。今、炭治郎から話を聞かなかったら次会ったときもはぐらかされてしまいそう。だとしたら、何がなんでも今聞かなくちゃならないんだ。


「私、何があっても炭治郎と禰豆子ちゃんの味方だよ。これからもずっと。……私は炭治郎に信用されてないの?炭治郎や禰豆子ちゃんと秘密を共有する仲にはなれない?」
「違う!!そういうことじゃなくて……!」
「じゃあどういうことなの?」
「……この話をしてしまったら、俺達の事情に納豆まで巻き込んでしまう。きっと怖い目にも遭わせてしまうだろうし、怪我だってさせてしまうかもしれない。……納豆にはもっと幸せに暮らしていてほしいんだ」
「…それを最終選別を通って鬼殺隊になったばかりの私の前で言っちゃいます?もう今更だよ。鬼殺隊に入ったら鬼と戦わないといけないし、絶対に怪我もする。どちらにせよそれは避けては通れない道なんだよ」
「納豆が自分で決めた道を進むことと、俺が巻き込んでしまった道を進むことは全くの別物だ……。俺には納豆をこっちの道に巻き込む勇気がない……」
「……でも、私は巻き込んでほしいよ。それがどんなに辛くて怖い道だったとしても、巻き込んでくれたのが炭治郎や禰豆子ちゃんだったら私は前に進む。私は二人の力になりたいの。…二人のことが大好きだから。むしろ巻き込まれない事の方が私は苦しいよ?見てるだけなんてできない!」
「……」


炭治郎は険しい表情で黙りこんでしまう。まるで心の中の何かと葛藤しているような。
……あぁ、また炭治郎は長男だからと自分の本当の気持ちを殺そうとしているのか。


「炭治郎はさ、村を出ていくときに私に一言声を掛けてから行こうか迷ったって言ったでしょ?」
「……あぁ」
「でもそうしたら私に一緒に来て欲しくなってしまうから止めたんだよね?」
「そうだ」
「……じゃあそれが炭治郎の本当の気持ちなんだよ。本当は一緒に来て欲しかったんだよね?それはそうだよ。兄妹二人だけで出ていくなんて不安でしょうがないに決まってる」
「俺は」
「『長男だから大丈夫』って言いたいんだろうけど、それって理由になってないから。確かに炭治郎は凄く良いお兄ちゃんだと思う。炭治郎の兄妹は皆、炭治郎の事が大好きだったから。でも私は炭治郎の兄妹じゃないよ」
「っ……!」
「しかも同い年。年下でもない。私からしたら炭治郎は『長男』じゃない。『大切な友達』だよ。友達が困ってたら力になりたいって炭治郎もそう思うでしょ?私は今そうなってる。炭治郎が本当は頼ることのできる人が欲しいと思っているのに、長男だからってその気持ちを殺して一人で無理しようとしてる所を見逃すことなんてできない」


炭治郎の瞳が躊躇いで揺れる。


「一人で頑張れる人なんて中々いないんだよ、炭治郎」


その瞬間、炭治郎の両目から涙がこぼれ落ちた。


「……本当に、良いのか?」
「うん。そうして欲しいって私は思ってるよ」
「怖いことに巻き込むぞ。納豆は昔から怖いのが苦手だったろ……?」
「約二年間の修行を経て、だーいぶ肝は据わったよ」


私がそう言うと炭治郎は「そっか」と笑い混じりに呟き、ポツポツと禰豆子ちゃんにあったことを話し始めた。
────禰豆子ちゃんが鬼になってしまったこと。それでも人は喰べていないこと。その代わりに今は長い眠りについていること。
全て、話してくれた。

炭治郎がすがりつくように私を抱き締める。「なんで」「どうして」と、涙声で何度もうわ言のように繰り返す。長男といえど、当時十三歳の炭治郎が一人で家族を失った悲しみと、妹が鬼になってしまった悲しみを消化しきれるはずが無い。
炭治郎には何よりも家族が必要だった。最愛の家族と何らかわりない平和な日常、妹や弟が嫁や婿に行くのを見届けるような幸せな生活が。けれど、失ってしまったものはもう戻ることはない。それが理解できていたから、尚更炭治郎を追い詰めることになってしまった。
私は家族から離れた。でもそれは自分の意思で。今の炭治郎からしたらこの行動ほど理解できないものは無いと思う。だから炭治郎と再開した時に炭治郎は私に「家族はどうした」と聞いたんだ。
けれど、私には前世の記憶が残っている。両親を亡くすという忌まわしい人生の記憶が。しかも最期は首吊り自殺。なんて悲惨な人生。だから炭治郎の苦しみもよく分かった。でもこのことを炭治郎に話すわけにはいかない。混乱させてしまうから。それに話したところで何と言えば良いのか分からない。「私も前世で両親亡くしたからその辛い気持ちよく分かるよー」と素直に言えとでも?無理に決まってる。そんなの「だから何?」となるのが落ち。
……いや、炭治郎は優しいから「辛かったな」と慰めてくれるのかもしれない。でもそれってなんだか欲しがりみたいじゃん。慰めてもらいたいが為に自分の辛い過去を暴露していくっていう。そもそも過去といったって前世の話。過去とカウントすらできないかも。

悶々と考えていたそのとき、いきなり炭治郎の私を抱き締める力が強くなった。


「……納豆から、秘密の匂いがする」
「え?」
「今に限ったことじゃない。昔からだ。昔からずっと納豆には秘密の匂いがしていた。鍵を掛けるみたいに心の奥底に閉じ込められてる」
「別に秘密なんて……」
「ごめんな。こんな状況を利用して聞くなんてずるいよな。でも俺だって知りたい。納豆にとってそれは乗り越えるとかそういう大層なものじゃ無かったとしても、納豆のことを俺が知りたいんだ」
「いやいいよ、本当に小さなことだから」
「それでも良い。むしろ小さいことの方が納豆にとって苦しくないだろうから、俺はそっちの方が嬉しい」
「ねえ、もうこの話やめよ?日が暮れちゃうから早く帰らなきゃ…」
「納豆が話してくれるまで帰らない」
「それさっき私が言ったことじゃん……」
「駄目だったか?」
「だ、駄目じゃないけど……」


炭治郎の温もりが心地よく、なんだかもうどうでもいいやという気持ちが芽生えてくる。炭治郎だって話してくれたんだから、私も話さないと不平等だ。……炭治郎や禰豆子ちゃんにだけは話すべきなのかもしれない。苦楽を共にする仲になるのなら秘密は無しにしないとどこかで衝突してしまいそう。
私は覚悟を決めて口を開いた。




「私ね前世の記憶があるの」

こんな話でもきっと炭治郎は暖かく受け止めてくれるんだよね。

全てを話し始めてから終わるまで、炭治郎はずっと私を抱き締めていた。

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