13

「うわぁー……!私、初めて海に来たよ!」
「あぁ、俺も禰豆子も初めて来た……!」
「なんだこのでっけぇ水溜まりはッ」
「馬鹿、水溜まりじゃなくて海だよ!」
「……」


上の会話から分かると思うけど、私達五人は全員任務の無い日に海に遊びに来ています。出掛ける場所で海と街で迷ったんだけど、多分私達ってそういう都会な場所よりも野性的に動ける場所の方が楽しめるような気がしたから行き先は海にした。カナヲはパチパチと目を瞬かせながら足元まで打ち寄せてくる波を見つめている。どうやらカナヲも海は初めてらしい。善逸は来たことあるみたいだけど。
しのぶさんに今度の休日に皆で海に行くと報告したら濡れてもいい服を貸してくれた。その服はカナヲの来ている服と似ていて、まるでお揃いだ。炭治郎達にカナヲと並んで「どうだ!」と言って格好を見せると、真っ先に善逸が「かっっっわいいいいい!!!!!」と目をかっ開かせながら絶叫した。その姿に若干引いていると、次に炭治郎がお兄ちゃんスマイルを全開にしながら「納豆もカナヲも、凄く似合ってるよ!」と褒めちぎる。するとカナヲはもじもじと忙しなく手を弄りながら「あ、ありがとう…」と言った。完全に恋する乙女。そんなカナヲを見て更に炭治郎はニコニコと微笑む。……なんだろう、胸の中がモヤモヤする。なんとなく二人を見たくなくて視線を地面に落とすと、善逸の隣にいた伊之助が「なんか、女みてぇ」と、耳を疑う言葉を発した。私もしかして女カウントされてなかった感じですかね。いやでも、かなり前に伊之助に「雌」呼ばわりされてるんだから性別は区別できてるはず…。自信ない……。
それからまた色々とゴタゴタがあったけど、出発が遅れると遊べる時間が少なくなるからと言えば皆がせっせと動き始めたので予定通りの時間に海についた。
ーーそれにしても海ってこんなに綺麗なんだ。
どこまでも続く水平線。太陽が水面に反射して水がキラキラと輝く。相当水が綺麗なのか海の中が透けている。浅い所には小さな魚。深い所には普段の生活の中であまり見ないような魚がいた。
早速靴を脱いで水の中に足を踏み入れると、ひんやりとした水温が私の足を冷やす。長く歩いてここまで来たからむしろこれが心地良い。私の次に伊之助が「ヒャッホー!!」と叫びながら海の中に入っていく。バシャバシャッと水飛沫があがり、近くにいた善逸が一瞬にして水浸しになった。

「おっっまえ……! まじで許さねぇからな!?」
「やんのか、紋逸!!!」
「やってやるよ! 水を多く被った方の負けだからなッ!!」

羽織りを脱いだ善逸が伊之助に怒鳴りながら海に入っていく。遊びに来た先でもこんなに騒ぐものだから、やっぱり街に行かなくて正解だった。私はまだ海に足を踏み入れないカナヲに向かって手招きをしながら「カナヲ! おいでー!」と呼びかける。するとカナヲは「う、うん」と頷き、ゆっくりと海の中に足を踏み入れた。その瞬間、カナヲの瞳が微かに輝く。

「冷たい……。でも、綺麗……」
「んね! すっごく綺麗!」

あと海に入ってないのは炭治郎だけ。そのとき当の本人である炭治郎は、背負っていた禰豆子入りの木箱を、砂浜の上に敷いた手拭いの上にそっと優しく置いて「禰豆子、ちょっと待っててくれ」と言いながら木箱を撫でていた。カリカリ…と返事をするように木箱の中から禰豆子が箱を引っ掻く音が聞こえてくる。その音を聞いてから、炭治郎は立ち上がり、私達がいる方へと駆け寄ってきた。

「悪い! 待たせた!」
「全然大丈夫だよー!」
「うわっ、水が冷たいな……!」

バシャバシャと走り回っている善逸と伊之助を傍らに、私達は服が水で濡れない程度にしゃがみこんで三人で水面を覗き込む。

「これはなんという魚なんだろうか……」
「うーん、なんだろう……カナヲは分かる?」
「……私も、わからない」

見知らぬ小さな魚を三人で囲いながら首を傾げるという謎の空間。ふと右隣にいる炭治郎を横目でこっそり見つめる。隊服じゃない炭治郎を見るのは久しぶりで、かなり新鮮だった。炭治郎達が着ている服も全てしのぶさんがプレゼントしてくれたものらしく、少し着るのに戸惑ったんだと善逸が嘆いていたっけ。上手く説明できないけど、洋服に近い感じの服。前世で言うワイシャツに似た白い服は、海にはピッタリで、魚を見つめる炭治郎の赤い瞳とその白い服はなんとなく学生らしさを感じさせた。
ぼうっと炭治郎に目を奪われていたとき、善逸と伊之助の「あ゙っ!!」と、絶対お前やらかしただろというような声が耳に届く。なに、と思いながら善逸と伊之助の方を振り向いたのと、炭治郎が「危ない!」と言って私に覆い被さるのはほぼ同時だった。
ーーバシャンッ!!

「あ……ご、ごめん……炭治郎……」
「ご、権八郎……大丈夫か……」
「…………善逸? 伊之助?」
「「ヒッ…!」」

ぽた、ぽた、と水が滴り落ちる音。しかし、私は濡れていない。カナヲが濡れている訳でもない。濡れていたのは、現在進行形で私を抱きしめている炭治郎だった。状況が飲み込めず、唖然としてしまう。

「かかったのが俺だったから良かったが……もし納豆にかかっていたらどうするんだ?」
「ほ、本当にスミマセン……」
「それで風邪でもひいてしまったら大変だろ? 納豆は女の子なんだから」
「わっ悪かった……」

あの伊之助でさえも謝ってしまうほどの圧。私とカナヲは無言で顔を見合わせて目をパチクリとさせる。
どうやらさっきまで水の掛け合いで勝負をしていた伊之助と善逸が周りを見ないまま、水を相手に掛けていたようで、その水が丁度私にかかりそうになったところを炭治郎が庇ってくれたようだ。お陰様で炭治郎は髪の毛も服もびしょ濡れ。怒ったかと思えば自分に掛けられたことではなくて、一歩間違えたら私にかかっていたかもしれないという事実に対して怒っている。
……正直、呆れてしまった。
ここまできてしまうと呆れるしかない。列車の時もそうだった。自分の腹を刺した車掌さんに対して、ちっとも怒らなかった。下手したら炭治郎だって死んでいたかもしれないのに。そのくらいあの怪我は、常中が使えなければ危ないものだった。それなのに。
水から守ってくれたことは、素直に嬉しい。この服はしのぶさんから貸してもらったものだし、濡れてもいいようにといっても服をびしょびしょに濡らして帰るのも何か違う。それでいくと炭治郎の服もしのぶさんからのものだけど。それに、風邪をひくかもしれないのは炭治郎も同じなのにな。いつもそうじゃん。炭治郎は、いつだって……優しすぎるんだ。










「凄く楽しかったな!」
「こっちは伊之助のせいで服びっしょびしょだけどね!?」
「俺は服着てねぇから少しも濡れてねぇぞ!」
「言っとくけど二人には炭治郎をびしょ濡れにした罪があるからね??」
「「ゔっ…」」
「あ、カナヲはその貝殻お土産に持っていくの?」
「うん……師範たちに。綺麗だったから」

濡れていない砂浜に五人で並んで座りながら海を見つめる。遊んでいたら景色はあっという間にオレンジ色になっていた。
ーー……夕焼けだ。水平線にゆっくり、ゆっくり、と沈んでいく夕日を、私達は見ていた。
私達は鬼殺隊だから外を駆け回るのは基本的に夜で、こんなに綺麗な夕焼けをじっくりと見るのはいつぶりだろうか。
鬼を倒すと決めてから日々苦しい鍛錬に耐え、いつの間にか刀を振ること、ご飯を食べること、寝ること、これらが自分達の生活の基準になってしまっていて。
私達が疲労で意識を落としかけている時も空はこんなにも綺麗だったというのに。本当に、いつからだろう。空を見上げなくなったのは。いつの間にか自分が強くなることにしか意識が向かなくなって、世界は今日もこんなに美しく尊いというのに、目を向けなくなってしまった。だけどそんな自分にそのことを気づかせてくれたのは、やっぱり、煉獄さんの死だった。いなくなっても尚、こうして色んなことを学ばせてくれるあの人はやはりすごい人だ。
……煉獄さんの目にも、こんな景色が見えていたのかな。
多分このとき、炭治郎も善逸も伊之助も私と似たようなことを考えていたんだと思う。
誰も何も話さない沈黙がしばらく続いていたとき、沈黙を壊したのは善逸だった。

「……俺達ってあと何回こうして遊べるんだろうな」
「善逸……」

俯く善逸に心配そうな声をあげる炭治郎。

「あんなに“強い人の音”がしていた煉獄さんでさえ、上弦の鬼には敵わなかった……。俺、この先すぐ死んじゃう自信しかないよぉぉぉ……」

善逸はそう嘆きながら膝に自らの顔を埋める。善逸の気持ちは私にもよく分かった。というか、鬼殺隊員なら誰にでも分かるだろう。“あの”柱でさえ敵わないのなら、自分はどれほど容易く蹴散らされるのだろうかと。自分に死が訪れるまであと何日なのだろうかと。
ーーこの綺麗な景色を、世界を、脳裏に刻み込むことが出来るのはあとどれくらい?

「……正直、私も自分が生きていられる自信ない」

そう言うと、隣に座っているカナヲがそっと私の服の袖を摘んできた。
……大丈夫だよ、カナヲ。

「ーーでも、やらなきゃいけない。私達が」
「そうだ。いつまでも柱の人達に甘えていられない。一人一人が強くならなければ鬼舞辻を倒すなんて夢のまた夢だ」

私の言葉に炭治郎が強く賛同する。それでも善逸の目には隠しきれない不安が浮かんでいた。
そうだよね。怖いよね。私だって、死にたくない。できるならこれから先、皆と今日みたいに楽しく笑って、騒ぎながら、遊んでいたい。

「だからさ、約束しよう。

ーー私達は絶対に鬼舞辻を倒して、皆でまたここに来る!」

指切りげんまんをしよう、と小指をたてて四人に差し出すと、伊之助がフンッと鼻で笑いながら自分も小指をたてて私の小指と絡めてきた。

「来てやらねぇこともない!」
「素直じゃねぇな……」

伊之助に対して呆れた表情を浮かべつつも、善逸は、普段と変わらない様子の伊之助にどこか救われていた。そして善逸も私と伊之助の小指に自分の小指も絡めた。

「次に来る時はもっと大勢で来たいね! こんなに綺麗で楽しいんだから、皆にも見せてあげたい! ねっ、カナヲ!」
「……師範も、アオイ達も、来てくれるかな……」
「きっと来てくれるよ。カナヲが誘ったらさ!」
「……うん」

小さく頷き、控えめに小指を絡めてきたカナヲ。
そして私達四人は自然と最後の一人に視線を向けていた。

「……いつか、日の光の下で歩けるようになった禰豆子とも来たいなぁ」
「私も!! 禰豆子ちゃんと一緒に可愛い服を着て、美味しいご飯を食べて、たくさん遊びたい。……昔みたいに」
「ははっ! そのときは俺も交ぜて欲しいな」

そして炭治郎の小指も、私達の小指と触れ合った。
私達は決して一人ではないから。一緒に頑張ってくれる友がいる。だから負けない。負けられない。大切な人と笑い合える日常を必ず取り戻してみせる。
……皆と、一緒に。

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