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あの日、夜遅くに蝶屋敷に帰ると門の前でしのぶさんが仁王立ちで私を待ち構えており、私の姿を確認するなり一瞬で私の後ろに回り込み、両手をグーにして私のコメカミをグリグリと挟んで刺激してきた。「心配したんですよー?」と、声は穏やかだけど頭への攻撃は全く穏やかでは無かったのでさすがの私も『あ、しのぶさんめっちゃ怒ってるわ』と一瞬で理解し、その後は速攻で土下座をかました。やっと解放してもらえて部屋に戻れたと思っても今度は善逸が鋭い剣幕を浮かべながら珍しく「帰ってくるのが遅いッ!!!」と真剣に説教をしてきて、ちょっとというか、かなり反省……。よっぽど心配をかけたんだろう。善逸の後ろでは伊之助が腕立て伏せをしているし、さらにその後ろのベッドには炭治郎がいる。私はきっと炭治郎にも怒られるんだろうなと思ったんだけど、炭治郎は何やら酷く考え込んだ表情をしていた。この様子だと煉獄家で何かあったんだろうな。お父さんの話、真っ先に炭治郎に聞いてもらいたかったけど話すのはもう少し後でもいいかも。今は炭治郎も色々と考えたい時期だろうし。
ちなみに次の日の朝、任務が無いから鍛錬でもしようと部屋の外に出ると、部屋の前にはカナヲちゃんがいつも通りの笑顔で立っていて、「一緒に鍛錬する?」と聞くと「……うん」と頷いてくれたので、竹刀で打ち合いをした。カナヲもまた剣の腕を上げている。でも私だって負けていられない。お互いの竹刀が同時に折れたのを合図に鍛錬を止めて、休憩に入った。アオイちゃんがお茶を持ってきてくれたので有難く頂く。

「いい天気だねぇ」
「うん」
「お茶美味しいねー」
「うん」
「カナヲまた強くなったね」
「……そうかな」
「そうだよ!」

少しずつ、少しずつ自分の言葉で話してくれるようになったカナヲと会話するのが毎日の楽しみ。今日はなんて言ってくれるんだろうとか、カナヲはどう思ってるんだろうとか気になるからさ。
ぽかぽかと胸が暖かくなるのを感じていると、カナヲがおずおずと口を開く。

「……昨日、どこに行ってたの?」
「私に呼吸を教えてくれた師範の所だよ」
「……そ、そっか。……でも、帰ってくるの、遅かった」
「もしかして……心配してくれてたの?」

カナヲの顔を覗き込んでそう聞くと、カナヲは一瞬ビクッと肩を揺らして視線を彷徨わせたあと、ゆっくりと一回頷いた。その姿にキューン!と胸がときめく。こんなの可愛すぎるよ!!!!
ギュッとカナヲに抱きつき、「ありがとうー! 心配かけてごめんね!」と言う。するとカナヲは、最初は躊躇いがちだったが、少しずつ私の背中に手を回し、最後にはぎゅうっと優しく抱き締め返してくれた。
あ、私の命日は今日です。皆さん今までありがとう。

「……帰ってくるの、遅くなっても大丈夫。で、でも絶対に……帰ってきてね。納豆」
「うん、約束ね!」

カナヲと指切りげんまん。
帰ってくるよ。だって私の帰る場所がここにあるから。カナヲがホッとため息をついたのが分かった。



それから任務の入ったカナヲを見送ってから私は炭治郎が寝ている部屋に向かう。部屋の中には炭治郎と善逸と伊之助が揃っていた。
私が部屋の戸を開けると同時に善逸が「納豆ちゅわぁーーん!!」と、飛びつこうとしてくたのを右手で払い除けて、炭治郎のベッドの脇に置かれている椅子に腰掛ける。ついでに、めげずに私の腕に絡みついてくる善逸を横に添えて。

「納豆ちゃんが日に日に俺のあしらい方が上手くなっていくんだけど??」
「善逸、そろそろ気づいてくれ。それくらい毎日納豆にひっつこうとしてるってことだぞ」
「え? 愛じゃん?」
「不審者の間違いだろ」

腕立て伏せをしていた伊之助からの不審者扱いに善逸は「お前は黙ってろッ!!!」と声を荒らげる。煉獄さんが亡くなってから、こんなに賑やかなのは久しぶりのことだった。前のような賑やかさが戻り始めていることに、私は嬉しさを感じていた。

「炭治郎、怪我の具合はどう??」
「もう大分良くなってきてるよ。しのぶさんも明後日にはちゃんと動けるようになるだろうって」
「良かったー……!」
「心配ばかりかけてすまない……。納豆と伊之助はもう任務に戻ってると聞いたが、二人とも怪我はしてないか?」
「俺は元気すぎて屋敷の周り百週はできるぜ! ガッハッハッ!!」
「私も特に無いよ」

私と伊之助が元気なことを伝えると、炭治郎は安心したように微笑む。……やっぱり、私は炭治郎の笑った顔が好きだな。見てるこっちまでつられて笑っちゃう。炭治郎がいるだけで皆が明るくなるもん。禰豆子ちゃんも、善逸も、伊之助も、カナヲも、私も。皆、炭治郎が大好きだから。ここはあったかいなぁ。
炭治郎の赤い目を見つめる。すると急に炭治郎がパッと顔を伏せてしまう。

「その……納豆。あんまり見られると恥ずかしいんだが……」
「えっ、あっ、ご、ごめん……!」

チラッと見えた炭治郎の顔はほんのりと赤く色付いていた。炭治郎がどうして急に照れたのか理由が分からなくて混乱してしまう。でもとりあえず見られるのが嫌そうだから視線は炭治郎から外す。恐らく、頭上に?マークが浮いているであろう私。そのとき、右腕がギュッと強く掴まれる。犯人は一人しか居ない。そう、善逸だ。善逸はぷくーっと頬を膨らませてなにやら拗ねている様子。

「どうしたの善逸?」
「……なんでもない」
「え、何でもなくないよね?」
「なんでもない」
「いや、だから」
「なんでもないから」

じゃあなんでそんなに強く腕掴むんだろう。そうは思っても口にしたら更に拗ねてしまいそうだったから、余計はことは言わないようにした。すると今度は、炭治郎がわざとらしく「ん゙ん゙ッ!」と咳払いをする。
……なんか今日、二人とも変だよ。炭治郎も前世も、なんだか挙動不審だし。変わらないのは伊之助だけじゃん。筋トレを腕立て伏せから上体起こしに変えてやっている伊之助を横目で見る。なんだろう。なんて言うんだっけこういう感じ。ちょっと甘い……というか。前は“過保護”っていう感じが強かったんだけど……今はなんていうか……女子として見られてるって言うのかな……。いやこれ、自意識過剰だったら相当恥ずかしいんだけど。やだやだ、と思いながら頬をペチペチと叩く。
邪念を振り切りかのように、私はとある提案を三人にする。


「あのさ、炭治郎も伊之助も怪我が治って動けるようになったらカナヲも含めた五人で息抜きにどこか遊びに行かない?」


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