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これから私が一年間通うことになる一年A組の教室の前で深呼吸をする。心なしか少し落ち着いたような気がするので、私は覚悟を決めて教室の扉を開けた。教室には既に何人か登校しており、私が扉を開けたことでその人達の視線がこちらに向く。今にも逃げ出したい気持ちに襲われるがそんな弱気な自分を押し込み、私はニッコリと笑顔を作って「おはよう!」と言いながら教室の中に足を踏み入れた。すると、私の挨拶に教室の中にいた人達は皆挨拶を返してくれた。そこらへんはさすがヒーロー科という感じ。自分の座席を確認してその席に着くと、右隣の席に座っていた陽気そうなピンクちゃんが真っ先こちらに身を乗り出し「ねえねえ!」と声をかけてきた。


「私、芦戸三奈!隣の席同士これからよろしくー!」
「うん。こちらこそこれからよろしくね!私の名前は乙藤納豆!」
「じゃあこれから納豆って呼ぶね〜。私のことは三奈って呼んでよ!」
「分かった!」


早速友達をゲットしたことに内心ホッとしつつも私はその気持ちを表情に出すことはなく、これから始まる三奈のマシンガントークも笑顔でやり過ごした。三奈は喋るのが大好きなようで話題も豊富だからか、クラスメイトのほとんどの人が登校してくるまで私達の会話が途切れることは無かった。人の話を聞くのは得意でも自分から話題提供するのがやや苦手な私からすると三奈のようなタイプの人は尊敬できるし、何より一緒にいて上手くいくので話しかけて貰えてとても有難い。三奈と話していると、私達の近くの席の人が投稿してくると真っ先に三奈がその人に挨拶をするので私も便乗して声を掛けさせてもらったりした。前の席の尾白君も三奈のお陰で話すことができた。三奈のコミュニケーション能力恐るべし。更に三奈の後ろの席の蛙吹梅雨さん……(本人から梅雨ちゃんと呼んでと言われたので)梅雨ちゃんとも仲良くなれた。主に私と三奈と尾白君と梅雨ちゃんで話していたら自然と他の人たちも私達の会話に混ざって来るようになっていたのだが、会話が楽しすぎて私は途中まで全く気がついていなかった。
あのね、私のコミュニケーション能力が低いんじゃなくてこの人達のコミュニケーション能力が高すぎるだけなのよ。普段の私なんて仲のいい人としかいないし、とてもじゃないが誰かと一緒じゃなきゃ知らない人に声なんて掛けられない。それがまさか気づいた時には会話の中心となっていた自分。これはもうかつてない衝撃。もう冷や汗ダラダラ。
人に囲まれすぎてしんどくなった私はさり気なくその人の輪の中からサッと抜ける。三奈が明るく盛り上げてくれているお陰で特に気づかれることも無い。三奈に感謝。私、自分の容姿には自信あるけどコミュニケーション能力はいまいち自信に欠けるんだよね。
人口密度の低い所に移動して心を落ち着けていると、とあるモサモサ緑髪の男子と茶髪の可愛い女の子と額に痣のある結構イケメンな男子が三人で話している光景が視界に映る。あー……なんかあの三人見てると癒されるなあ……。
すると、偶然こちらを見た女の子とバチッと目が合ってしまう。一度目が合うと逸らせなくなってしまう私。三秒……五秒……と時間が過ぎて目が合ったままの私達。そんな女の子に気がついた残りの男子二人が、その子の視線の先にいる私の方を向いた。えっなんか会話止めちゃってごめんなさいね!?!?
変な罪悪感に苛まれていると、何を思ったのかその三人組が私に近寄って来た。あのほんとすみません。私のことは放っておいて三人で会話しててください。はい。
まあそんなことを言葉にする訳にもいかず、近寄って来た三人に私は引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。


「麗日お茶子っていいます!よろしくね!」
「ぼ、ぼぼ僕はみみみ、緑谷い、出久デスッ!よよよよろしく!!」
「俺は竈門炭治郎だ。よろしくな!」


いや待てよ。最初と最後はいいよ。でも真ん中どうした?噛みすぎてどこが名前か分かんなかったよ。私以上に挙動不審すぎるでしょ。顔真っ赤だよ。女の子に対する耐性無さすぎるでしょ!?


「えっと麗日さん、緑谷君、竈門君…だよね?私は乙藤納豆。これからよろしくね!」
「なら私納豆ちゃんって呼ぶ!だから私のことも下の名前で呼んで欲しい!」
「じゃあ私もお茶子ちゃんって呼ぶね!」
「やった!ありがとう納豆ちゃん」


お茶子ちゃんはムフフ…と嬉しそうにニヤけている。うん、可愛い。


「さ、さっきまで乙藤さんあの人達の中では、話してなかったっけ??アッ、僕の勘違いだったらごめんなさいッ!!!」
「いやいや勘違いじゃないから落ち着いて、大丈夫だよ緑谷君!さっきまであそこで話してたけど、人が増えすぎて落ち着かなくなったからちょっとこっちに移動してきたんだよ!」
「あっ……そ、そうだったんだ……良かったぁ勘違いじゃなくて……」
「うーん。出久はもう少し堂々としていいんじゃないか?」
「そうは言われても……竈門君みたく僕はカッコイイわけじゃないからな……」
「デク君は自信なさすぎだよ!入試の時凄かったんだからもう少し自信持って!」


竈門君とお茶子ちゃんが緑谷君を励ましているのだが、緑谷君は励まされれば励まされるほど萎れていっている。プレッシャーとかに弱いタイプの人なのかな。確かに見た目はパッとしないけどこの雄英高校に受かってる時点で凄いんだからこんなに自信なさげにすることないのに……。まるで今まで沢山の人に見下されてきた、みたいな様子なんだよなぁ緑谷君。
色々と疑問に思っていると、竈門君が「そういえば!」と突然声を上げた。それに私たち三人は驚いて肩をビクリと揺らす。


「聞き忘れていたんだけど、三人は雄英の入試を受けて・・・・・・此処に入学したのか?」


竈門君のその問いかけに私は彼の言いたいことが何だか察してしまった。
そして彼が────私と同じ・・・・だということに気がついた。


「そ、そうだよ!」
「うん、入試難しかったよね〜」
「そうか…変なことを聞いてすまない。……乙藤さんはどうだ?」


入試を受けて入学したのか?という変な質問は彼が『入試を受けずに入学した』と遠回しに言われているようなもの。そして、それは私にも当てはまる。私は『鬼殺隊枠』でここに来た。だから雄英高校の入試は受けていない。きっと竈門君もそうなんだ。
──……このクラスのもう一人の鬼殺隊枠で入学してきた鬼殺隊員は、竈門君だ。


「……私は竈門君と同じ・・・・・・だよ!」


竈門君にだけは伝わる意味を含めた言葉で答えた。私の言葉を聞いた竈門君は一瞬目を見開くが、すぐに元の表情に戻りニコリと人のいい笑みを浮かべる。


「そっか……なら一緒だな・・・・!」


「……うん、そうだね!」


私達はこの瞬間、お互いの立場を認識し合った。

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