白布君は前世の私が口を閉じて何も喋らなくなってしまったあともひたすらに「ごめんな、ごめん…っ」と私に謝り続けた。そんな白布君の姿を見てとても胸が傷んだ。
私は誰かを愛おしいと思ったことが無いから今の白布君の気持ちはよく分からないけど、好きだった人と離れ離れになるって言うのはそんなに苦しいことなんだ……。こんなにも前世の私を想って今世でも泣いてくれる人が目の前にいるのに、私は前世のことを全く覚えていないから私に出来ることは何一つ無い。それがとてももどかしい。
白布君は何も悪くないんだ。そして、前世の私も悪くない。お互いを想いあった結果がこうなってしまっただけ。それはもう仕方のないこと。後悔はあるだろうけど、それを今世まで引きずってくるのは白布君の将来を考えると、このままではあまり良くない。白布君はもう十分悩んだじゃん。
「……白布君は謝らなくて良いと思うよ」
倦怠感で体が下手に動かせない中、口だけは動いてくれた。白布君は私の口調にもう前世の私は居なくなってしまったのだと改めて認識させられたようで、悲しそうに顔を歪ませる。そして、私の言葉に首を横に振ると「……駄目だ」と、無理やり絞り出すかのように声を発した。
あなたはいつまでそう自分を追い込む気なの?それをされて前世の私が喜ぶとでも思っているの?
そんな疑問がグルグルと頭の中で渦巻く。
「……俺は納豆に、一生謝らなければいけないんだ」
白布君の言う『納豆』は今の私じゃなくて前世の私を指している。だから同じ自分のことなんだけど、どうしてだか「止めて」とは簡単に言えないと思った。
白布君は私に別の私を重ねて見ている。前世の恋人だからしょうがないのかもしれないけど、それをされてもあまり気分は良くない。同じ私ではあるけど、今の私はもう別の私なんだから。そこに別の私を重ねられても凄く困る。それになにより悲しい。
この人が探しているのは、今の私ではなくて前世の私なんだと思うと、今の私は邪魔でしかないんだと思ってしまう。
簡単な話、私が前世を思い出すことが出来たら白布君は喜ぶのかもしれない。だけど私は前世のことを思い出したくはない。私は今この瞬間を自分の意思で過ごして生きていきたいんだ。その人生の中に、『前世の記憶』というものは不必要でしかないから。
白布君にこの気持ちをそっくりそのまま伝えたら、彼はなんと言うんだろうか。想像つかない。
「でも白布君の謝る相手はもういないよ?」
「……っ、そんなこと分かってる!!」
「じゃあ何で謝り続けようとするの? 正直、私には意味がわからないんだけど」
「俺が謝りたいのは納豆さんじゃなくて、納豆だ…っ、だから貴女には関係ない」
「なら私に前世の私を重ねて謝らないでくれないかな。そもそも白布君は『関係ない』って言ったけど、だったら何で私に前世の事を教えたの。本当は私が前世の記憶を思い出すことを期待してたんじゃないの?」
「それは…………すみません。確かに期待、してたかもしれない…です」
私の厳しい言葉に白布君はバツが悪そうに俯く。違うよ白布君。私は君を責めたいんじゃなくて、君に前を向いて欲しいんだよ。どうしたら伝わるんだろう。今まで人と距離を置いてきたツケが回ってきちゃったなぁ。もっと人と交流してたら今ごろ気の利いた言葉の一つや二つくらいポイポイ出てたかもしれないのに。どうすればいいんだろう。…及川達なら、この状況をどう打開するのかな。
「…ごめんね。なんだか責めるみたいに言っちゃって。だけど私が言いたいのはそういう事じゃなくて……えっと、なんていうか……うーん…」
私が必死に言葉を振り絞ろうとしている姿を白布君は何も言わずにジッと見つめてくる。私のこの先の言葉を待ってくれているんだ。律儀な人だなぁ、本当に。こんなしっかりした人と恋人関係にあった昔の私って幸せ者だな。……昔の私が迷惑かけてしまって申し訳ない。
でももし、昔の私と白布君が結婚していたら今、どうなっていたんだろう。
「私は白布君に今を自由に生きてほしい、っていうか…」
「……!」
「いや、自由にって言うと白布君が昔の私に一生をかけて謝り続けたいっていうのも白布君の自由じゃんってなっちゃうんだけど……。ごめん上手く言えない。…どうしよう」
「いえ、良いです。もう十分です。納豆さんの言いたいこと、ちゃんと分かったんで」
私がまた悩み出したのを慌てて止めた白布君は、とても冷静だった。むしろ私の方が冷静さを欠いてしまっていてとても恥ずかしい。
白布君は少し逡巡したあと、僅かに口角を上げて微笑んだ。
「やっぱり同じですね。納豆さんと納豆は」
「同じ……?」
「はい、口下手な所とかそっくりです。同じ人だから当然かもしれませんが……」
「く、口下手…」
「人と関わるのが苦手なんですよね。だからいつも人と関わるのなら間に必ず俺を挟んでた。……でも今は少し変わったみたいだけど。大方、青城の男バレの人達が関わってるんですかね」
「…………まあ、うん」
急に自分の心の中を見透かされたような気持ちになり、今度は私が口ごもってしまう。
…昔の私もこんな感じだったんだ。確かに、普段から霊に囲まれて大変な目に遭ってたら周りの人を巻き込みたくないからって気持ちで人と距離を置きたくなる気持ちは分かる。私って今も昔も霊に悩まされてばかりなのかー。自分の事ながら、可哀想すぎて涙が出てくる。
いつの間にか私は百面相をしていたようで、白布君は「ははっ!」と、声を出して笑いだす。
「俺が納豆のことを忘れるのにはまだ時間が掛かると思います。でもそうですね、…はい。出来る限り俺は俺らしく生きていきます。他でもない貴女が、そう望むなら」
「そ、そっか……。私も出来ることはなるべく力になるから……!」
「じゃあちょっとお聞きしたいんですけど」
「うん、何?」
「俺、納豆さんの連絡先が知りたいです」
「……えっ」
「もしかして駄目でしたか?」
しゅん…とした表情で残念そうに視線を落とす白布君。まるで飼い主に叱られてしょんぼりとする子犬のようだ。正直言って、かなり母性本能を刺激されました……!!!
いやいやいやいや……こんな可愛い姿を目の当たりにして断れる人っていますか?絶対いないでしょ?白布君のファンが見たら大量の鼻血吹き出すよ?本当、皆に見せてあげたい。
でも私が白布君に誘われて部活見学に来たって牛島君達が知った時、「え、あの白布君が?」という反応をしていたことから白布君は普段から女子とは疎遠にしていたんじゃないかな。部活にも真面目に取り組んでる辺り、見学に来て騒ぐ女子とか苦手そうだし。もしも白布君が青城に来てたらブチ切れ必須だね。
「……ぜひ連絡先交換しましょう!!」
「ありがとうございます」
私が折れて携帯を取り出すとたちまちケロッと
普通の表情に戻った白布君に騙された感は凄かったが、白布君が可愛かったから良しとしよう。
お互いに携帯を持ち出し、某トークアプリを交換したとき、携帯の右上に表示されている時間が目に付いた。その時間からかなり私達が話し込んでいたのが分かった。
「白布君、もうかなり時間経ってるからそろそろ帰ろう」
「あ、そうですね。…長々とお話してしまってすみません。俺の話を聞いてくれてありがとうございました」
「うん!どういたしまして。じゃあ行こっか」
「はい」
二人で歩きだそうとしたとき、隣にいる白布君がピタリと足を止めて「え…」と感嘆の声を漏らした。
つられて私も足を止め、白布君の視線の先を追った。
「よ、よお……。はは…っ」
「ばっ…バレちゃったねェ……」
「……長い話だったな」
そこには建物の陰に隠れた瀬見君、天童君、牛島君がいた。