ぶつかった相手の人が私の目を見ながら小さく私の名前を呟いた。
その声は私の頭の中で響いた声ととてもそっくりで。だけど私は今までにこの人と会った覚えは全く無かった。それなのに相手は私のことを知っている様子だった。
固まったまま何も反応しない私を見た相手の人は「あー、そっか……」と、落胆したような声でため息をつき、数秒何か考えた後、ゴホンッと咳払いをして口を開いた。
「はじめまして。俺は白布賢二郎です」
彼の名前を聞いた途端、『賢二郎』という名前に
「あの、良かったら放課後に部活見学に来ませんか?」
ぶつかった彼……白布君の誘いを受け、私は全ての授業が終わった後、白布君の所属している『男子バレー部』に行くことになった。そのことを牛島君に事情を話すと快く部活見学を了承してくれたから、牛島君と共に体育館へ行くことに。そして道中にそれとな〜く白布君について聞いてみると牛島君は白布君のセッターとしての良さを私が止めるまで永遠と話し続けた。
牛島君はどこか天然でポケッとしたところがあるなと思っていたが、周りの事はちゃんと見ているみたい。及川とは違うタイプだけど、とても良い主将さんだなと密かにそう思った。
「あ……牛島さん、納豆…さん。こんにちは」
「白布、吉川から聞いた。見学に吉川を誘ったんだな」
「はい。勝手にしてすみません」
「いや大丈夫だ。俺も授業が終わったら誘おうと思っていたところだ」
いやいやそれなにげに初耳なんですけどーー。
白布君と牛島君の会話を半分聞き流しながら立っていると、後ろから「あれー!?吉川ちゃんじゃーん!!」と陽気な声が聞こえ、それと同時にポンッと肩を叩かれた。後ろを振り向くとそこには異様にニコニコと満面の笑みを浮かべた天童君がいた。更にその後ろには呆れ顔の瀬見君や山形君に大平君の姿が見えた。
「吉川は見学に来たのか?」
私にだる絡みしてくる天童君に「やめろよな」と言い、私から天童君を引き剥がした瀬見君がそう問いかけてきた。
「うん。白布君に誘われて……」
「え゙っ、白布に誘われたのか!?」
「え、うん、そうだよ?」
白布君という単語を出すと瀬見君だけでなく天童君達も意外だ、とでも言いたげな顔で皆白布君の方を見た。一気に注目を集めた白布君は「…俺が誘っちゃ可笑しいですか」と、ちょっとだけ不機嫌そうな声色でそう言った。
一言でいうと彼らのバレーは凄かった。凄いの一言に尽きる。開いた口が塞がらないとはこういうことかと思った。以前、烏野と青城の練習試合を見たことがあるけど、正直それとは比べ物にならないくらい(青城・烏野ごめんなさい)。及川がガムシャラになっちゃう理由も分かりますわ。
コーチにしごかれまくる厳しい部活を終えた彼らは心なしか死んだ顔をしていた。
「納豆さん、良ければ少しお話しませんか?」
いち早く着替えを終えた白布君が私の方に駆け足で寄ってくるなりそう言った。なんとなく彼の話したい内容が分かって私は迷うことなく頷き、共に体育館裏へと向かった。……そんな私達をつけてきている人達がいるとは知らずに。
「……俺が言いたいことなんとなく伝わってますかね?」
白布君がおずおず…と尋ねてくる。私がそれに「うん」と頷くと白布君はホッとした表情になり、話し始める。きっと彼が私に聞こうとしていることは世間一般からしたら「馬鹿げている」と思われても仕方のないことだから。先にワンクッション置きたくなったんだろうな。
「納豆さんは『前世』って信じますか?」
「……私は信じてるよ」
「なら良かった…。えっと、これから普通だったら信じられないようなこと言うんですけど……良いですか?」
「良いよ。ちゃんと聞くから」
そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ。
「実は俺達……」
そのせいでこの世界が素直に受け入れられなかった時もあったんだろうな。
きっと周りと自分は違うって私みたいに線を引いちゃったこともあるよね。
そんな中でまた会っちゃったんだよね。……私達は。
「前世で恋人同士だったんです」
きっとあの時に聞こえた声は私達の最後の会話≠セったんだなって、なんとなくそう思った。
あぁ、なるほど……『恋人』かぁ……。それは尚更言いにくかったんだろうな。わざわざ勇気を出してくれて、私に伝えてくれるだなんて。
でもどうして白布君はそこまでして私にそのことを伝えたかったんだろう?
……前世で彼なりの後悔があったのかな。
この時点で私は色々と考えていたが、どうやら白布君の話しはまだ終わっていなかったらしい。
「……元々俺達は今で言う幼馴染で、お互いの家族も仲が良かったです。だからお互い秘密事なんてもっての他で、俺達も12になるまでは一緒に風呂にも入らされてました。実際俺達も周りが引くぐらい仲が良くて四六時中べったりだったし、『結婚するならもうこの人しかいない』って思ってたぐらいです」
「へ、へぇ…」
な、なんか……
ちょっと生々しくなってきたぞ?
「まあ余談は置いといて本題はここからです」
「あ、はい」
「……当時の納豆さんには所謂霊感≠ェ備わっていました」
「……!!」
「いえ、納豆さんだけじゃありません。納豆さんのご両親にも霊感があったんです。でも特に納豆さんの霊感が家族の中でも一際強いと納豆さんのお父さんから聞きました」
白布君がそこまで言うと、急に顔をしかめその先を言うのに躊躇いをみせた。
私が「大丈夫だよ」と白布君に言うと、白布君はハァ…と深く息をはいて続きを話し始める。
「でもある日、納豆さんのお母さんが亡くなったんです。……納豆さんはそれを『霊の仕業だ』と言って毎日毎日泣いていました。俺はそんな納豆さんを守りたかった。だから告白もして、返事も貰って、一生添い遂げるんだと、誓っていたんです」
「だから俺は納豆さんに結婚を申し込んだ」
「だけど、納豆さんはそれを断った」
「俺は何でだと問いただしました。そうしたら納豆さんは泣きながら「私は賢二郎の側には居られないの」と言ってきたんです。当時のバカな俺はその言葉は遠回しに俺を嫌いだと言っているんだと思った。……だけど本当は違ったんです」
白布君が今にも泣きだしそうな顔で私を見つめる。私には、……私には分かってしまった。
どうして私が白布君のプロポーズを断ったのか、「側には居られない」という言葉がどういう意味なのかが。
嫌でも分かってしまう。だって同じだから。
──今までの私と。
「納豆さんは、俺が自分と一緒にいると不幸を呼ぶと考えていたんです」
「納豆さんは……俺を嫌いになんてなっていなかった!!!……それなのに、それなのに俺は納豆さんに対して酷いことを言ってしまったんです」
「なんで分かってくれねぇんだよ」
「……お前なんてどこにでも行っちまえ」
その言葉はまさしく私が聞こえたあの言葉で。疑問に思っていたものが全てが一つの線に繋がった。
「……そのあと、納豆さんは俺達家族に何も言わずに納豆さんのお父さんと一緒に姿を消した。それ以降俺達は一度も会うことが無いまま年老いて、死んでいきました。」
「俺はずっと……ずっと、あなたに謝りたかった……!あんな酷いことを言って、本当に……本当にごめん!!!ごめんな……ッ!!!!俺が、俺がバカだったから……!!」
白布君が堪えきれなくなった涙をボロボロと溢しながら、私の体を引き寄せ、抱き締めた。痛いな…と感じるぐらいに込められた力は彼の後悔がどれほどのものだったのかを物語っていた。
私は無意識に白布君の頬へ手を伸ばしていた。
そして白布君の頬に触れたその瞬間、勝手に私の口が動き出していた。
「────良いの、賢二郎」
「……俺……!」
「私の言葉が足りなかったの。賢二郎を苦しめないために離れたつもりが逆に賢二郎を苦しめちゃった。……謝るのは私の方。ごめんね、賢二郎」
白布君が必死に首を横にふって、私の言葉を否定しようとしている。
「賢二郎──……本当にありがとう。心からあなたのことを愛していました」
ぺらぺら、ぺらぺら。
私の意識に反して動く口は気持ちいいものでは無かったけれど、前世の私と前世の白布君の後悔がこれで無くなるのなら別に良いと思った。
今の私からは到底考えられないような甘い甘い言葉を吐いていく私の口。
『愛している』なんて、私には分からないや。
「じゃあね、賢二郎」
「待っ──!!!」
最後に白布君に別れを告げた後、私の口が勝手に動くことは無かった。
終わった後の異様な倦怠感。力が上手く入らない体。時間にしてみれば一分にもなっていないかもしれない。そのくらい短い時間だった。もしかして夢だったんじゃないかって思っても不思議じゃないくらい実感がわかなかったけれど、
目の前で泣いている白布君を見ていたらそれが現実だったのだと、自覚せざるおえなかった。