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仁花[納豆先輩と合宿行きたかったです……。先輩の分まで頑張ってきます!!納豆先輩もどうかご無事で!]

潔子[納豆ちゃん、お手伝い頑張ってね。こっちのことは私たちに任せて?変な輩に絡まれないように納豆ちゃんも気を付けてね]





「……女神と天使かな?」

夜10時頃に届いた二人からのメールに悶えた私だった。そういえば皆は今日の?明日の?夜0時集合だったっけ。
ちなみに私は明日からお手伝い期間が始まる。
あの日、あのあと──


『え、じゃあ朝霧ちゃん夏休み中に来てくれるの!?』
『は、はい』
『いぇーい!楽しみにしてるネ!』
『よろしく頼む』
『はい!』


と、そんな感じで別れた。

その日は牛島さんと天童さんにしか会えなかったけど、明日はちゃんとした形で部員の人達に会うのだからなんだか少し緊張してしまう。牛島さんや天童さんは緊張とかあまりしなさそうに見えるが……そこのところどうなんだろう?時間が空いている時に聞いてみようかな。あんまり厳しいというか、意地悪というか、トゲトゲした性格の人がいないといいけどなぁ。
ちょっとの不安と緊張を抱えながら明日、朝早くからの朝練の手伝いの為に私は眠りについた。





そして来ました白鳥沢の朝練のお時間。強豪校で夏休みということもあり、朝練の始まる時間は朝早い。もし私が部員だったら寝坊していること間違いなしだ。
くあ、と欠伸をひとつしながら白鳥沢まで自転車で向かう。さすがに歩きは無理だし……。個人的にバスとかは乗るのが苦手だから自転車にした。その分早く家出ないとなんだけどね……。
車通りの多い道を超え、急な坂を超え、そんなこんなで辿り着いた白鳥沢学園。改めてじっくり見てもやはり大きいと感じる。
小さい頃はこんな学校に入りたいな、とか考えてたなー……。推薦もない私に一般入試で白鳥沢は無謀だったと思うけどね。ま、もっとも今は烏野に来てよかったって思うよ。
今日はちゃんと許可をとって来ているため、隠すこともなく堂々と校門を潜り、あの日下見した道を躊躇いなく進む。そして、やっと見えてきたバレー部の体育館の前に立っていたのは私に手伝いを頼んできた、白鳥沢の知りあいのコーチだった。


「お久しぶりです。────斉藤さん」
「納豆ちゃん見ない内に随分大人びたね。今日はお手伝いを受けてくれてありがとう。よろしくね」
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いや、今来たばかりだよ。まだ部員も数人しか来ていないし、むしろ速いくらいだ」
「なら良かったんですが……」


大人ってこういうときに相手のことを考えて事実とは違うことを言うから少し心配。まぁ、斉藤さんは昔からこういう人だからな。親より過保護だったりするしね……。
小さい頃は私もかなりのママっ子ならぬ斉藤さんっ子だったそうで。どうやら幼い子供は単純だから優しくされると簡単にその人になついてしまうようだ。ま、こんな話はここで終わりにしておいて……。
体育館の中に案内されて入ったは良いものの、既に来ていた部員さんは私の知らない人ばかりだった。つまりは牛島さんと天童さんはまだ来ていないという訳なのだが。この人達は体育館の鍵当番なのだろうか?


「……お願いします」
「あ、よ、よろしくお願いします!」


数人の内の一人の人がすれ違うときに軽く頭を下げてくれた。その人に慌てて返事を返すと、目も合わせずに通りすぎて行ってしまった。
恐らく向こうに居る同年代の人にでも呼ばれたのだろう。「白布!」と、その人の名前(?)が呼ばれるのを聞きながら私は監督さんの方に挨拶をしに向かった──。


「……あの人が、牛島さんの言ってた──」
「おい、白布!早く来いって!」
「──……悪い、今行く」


人の運命というものは、私の知らない所で勝手に回っていくもののようだ。誰かの人生や運命を左右することなんて、早々できないしね。今はこう考えていた私だが、案外人の運命とは簡単に左右されてしまうことを私は後に知ることとなる。

それはまだまだ先のお話し。





「監督、この間言った練習の手伝いに来てくれた方を連れてきました」
「おう」
「じゃあ納豆ちゃん、こっちきて」
「は、はい……!」


ギクシャクと体を動かしながら白鳥沢の監督、鷲匠さんの前に立ち、震えながら声を出す。


「あ、朝霧納豆と言います!足手まといにならないように精一杯頑張らさせて頂きますッ!!」
「あぁ、よろしく頼む」
「…………え、はい」


案外あっさりとした返答に思わず気が緩む。
だが、それは次の瞬間呆気なくぶち壊されてしまった。


「ちなみに言っとくが、───選手の邪魔になるようだったら帰って貰うからな」


ぴしり、
私のガラスのハートにヒビの入る音がした。


鷲匠さんの脅しまがいの言葉に軽く絶望しながら斉藤さんと再び体育館に戻る。体育館にはさっきよりも沢山の人がおり、先に来ていた人はもう既に自主練を始めていた。早い時間にもうこの人数が集まっているなんてさすがは白鳥沢……。もしもこんな場所で私がマネージャーをしていたらすぐに退部していたかもしれない。


「あッ!朝霧ちゃーん!」
「うぉ……、あ、天童さん……」


体育倉庫の扉から顔をひょっこりと出して、ブンブンッと私に手を振る天童さん。ようやく知り合いに会えたおかげで体の力が抜けていく。
天童さんはこの間会ったときのようにケラケラと笑いながら私の方に向かってくる。こうしてみると天童さんって気さくな人だな。後輩とかに好かれるタイプの人だね。天童さんみたいな先輩が欲しかったよ私は。
あ、澤村先輩達はとっても良い先輩だよ?私が中学一年生頃の時にいれば良かったなーってことだから!


「あれあれあれぇ?その顔は緊張している顔だねぇ、朝霧ちゃん。あんまり思い詰めすぎると仕事で失敗して鍛治クンに怒鳴られちゃうかもよ!」
「て、天童さん……」
「ん?どったの?」


この人……励ます気ねーな。と、内心落胆していた時、天童さんの背後から呆れたようにため息をつきながらとある人が出てきた。


「おい天童…それ励ましになってねーよ……。てかお前この子と既に知り合いなのかよ」
「あ、英太くん〜」
「……英太……?」


それがこの人の名前なのだろうか。それにしてもこの人……随分とイケメンさんだねぇー……!(め、面食いとか言わないで…)
イケメンさんの顔をまじまじと見つめていると、相手の視線が私へと向く。その瞬間の驚きのせいか、びくりとお互いの肩が揺れ、沈黙が流れる。


「あー……俺、瀬見英太。しばらくの間、お手伝いよろしくな!」
「は、はいっ……。朝霧納豆と言います!皆さんの迷惑にならないように頑張ります」

ははは……と、ひきつった笑みで愛想笑いを浮かべる。瀬見さんもどこか笑顔がひきつっている。その原因はきっとお互い一緒だろう。
視界の隅に映るのは、こちら側を体に穴が空くほど見つめてきている──


「な、なぁ、なんで白布はあんなにこっちを見てんだ……?」


──朝にすれ違ったあの人白布さん


「うおっ…めっちゃ白布こっち見てんなぁ……」
「て、天童さん、あの人はどうしてあんなにこちらを見ているのでしょうか……?」
「うーん、分かんないけど……目線は朝霧ちゃんに真っ直ぐ向いてるね!」
「…………私は何かしてしまったのでショウカ」


私達がこんな会話をしている最中にも私達に(てか私?)鋭い視線は向けられ続けている。あんまり見られると見られている所が焼け焦げてしまうよ! ……あ、いや、冗談だよ?
もしかして、今日すれ違ったときの態度が気にさわってしまったとか…?でもでも、そんなに間違った行動はとっていないような気がするんだけどな。なら、どうして白布さん?はあんなに私を見ているのだろうか。


「なーんかあれは朝霧ちゃんに原因があると言うよりかは、賢二郎の心の方に問題があるようにみえるねー……」
「? ……心の方ってどういうことですか?」
「あーなるほどな、俺は分かったわ」
「いやぁー!面白くなってきたねッ!」


疑問だからの私とはうってかわって天童さんと瀬見さんはなるほど、とでも言いたげな表情で頷き合っている。そして、二人して私を見つめてくるといきなり哀れんだような表情に変わり、「賢二郎……苦労しそうだね……」と、天童さんが呟いた。瀬見さんも瀬見さんでその言葉に深く頷く。
意味がこれっぽっちも理解ができない私は未だに感じる鋭い視線の根源にいる白布さんを見つめ返すと、お互い大変ですねという意味を込めて微笑んだ。
その瞬間、白布さんの綺麗な目が大きく見開かれる。そして周りをキョロキョロと見渡した後、周りに誰もいないことを確かめ、ソレが自分に向けられたものだと分かった途端に頬を赤く染めだし慌ててその場を去っていった。

「あーあ、トドメ刺しちゃったっぽい」
「朝霧……今の白布にアレはダメだろ……」

今の一連の流れで予想が確信に変わった三年生二名。


「え?は?」
「まあ……とりあえず頑張れよ」
「ガンバ!朝霧ちゃん!」


ポンッと天童さんと瀬見さん二人から肩を叩かれ、返事もできぬまま二人をただ見上げていると丁度練習開始の号が掛かり、私達は慌ててその場で解散した。
行く先が不安でもあるが、せっかくのチャンスを逃がすわけには行かない。皆のためにも何か、一つでも多く学ばなきゃ!
知らない部員さん達からの視線を背中に受けながら私は仕事に取りかかり始めた。