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side 天童


「ウンウン、なんか朝霧ちゃんマネージャー!って感じだね」
「朝霧はマネージャーでは無いのか?」
「マネージャーだけど烏野だから俺達のマネージャーでは無いんじゃないかな若利くん!」
「そうか」


休む暇も無く体育館の中を走り回っている朝霧ちゃんを若利くんと眺めながらその働きぶりについて話していた。俺達からしたら小さな体の朝霧ちゃんがあまりにも働き過ぎているその光景は可哀想、と思わず声を出してしまいそうなぐらい。他校のマネージャーにも容赦の無い鍛治くんは勿論俺達にも容赦がない。問答無用と、言わんばかりにハードメニューを突きつけてくる。
だけどそれで勝てているのも事実。本番で活かせることができる、その事実だけでも選手である俺達を突き動かすことができるのだ。何かをするなら結果がほしい、それが人間ってものさ。

……それにしても、まあ
「よく働くねぇ……朝霧ちゃんは」


単なる『お手伝い』ってだけでここまで働けるものなのかな?相手は鍛治くんだよ、簡単で楽な仕事を頼むわけ無いのにどうしてそんなに頑張れるのか。ここは烏野じゃないんだし、もっと気を抜いて楽〜にしてもいいんじゃないの〜?……そんなことしたら鍛治くんにドヤされるか。


「朝霧はよくやっている」
「うん、さすがに俺にだって分かるよ」
「なぜ白鳥沢に来なかったのだろうか。バレーに携わるのなら烏野よりもこっちの方が良いだろう」
「もともと部活には入ってなかったんだってー。だから高校になってから初めてバレーに接したっぽいね」


朝霧ちゃんから一向に視線を外さない若利くんの疑問に答えてあげながらも、俺の視線も朝霧ちゃんに。なんだろう、朝霧ちゃんには人を惹き付ける魅力があるんだよね。深く関われば関わるほど興味が次々に湧いてくる。
それは若利くんや英太くん、そして賢二郎に他の皆も同じみたいだ。

朝霧ちゃんのお手伝い期間は始まったばかり。
そして、朝霧ちゃんの驚きの才能を
見せつけられるまで、後……──。








「朝霧、来い」
「は、はいッ!」


仕事が一段落ついた途端にベンチで腕を組んで座っている鷲匠さんに呼ばれ、内心冷や汗を書きながら走って向かう。もしかして私は何か大変なことでもやらかしてしまったのだろうか。だとしたら、この呼び出しでボコボコにされてしまうのでは……!?
牛島さんや天童さん達のなんだなんだ、という視線を背中に受けながらひたすら悶々と考える。だが、そこまでベンチと私の居た距離は遠くなく、あっという間についてしまう。


「な、なんでしょうか!」


鷲匠さんにそう問いかけると、俯き加減だった頭を起こし、真っ直ぐに私を見つめてきた。何か思い付いたような目をしている鷲匠さんにまた嫌な予感が頭をよぎる。そしてそれは無情にも現実となってしまった。


「朝霧、お前──ちょっと試合、交ざってこい」
「……は、」

「「はああああ!?」」


……嫌な予感というものはよく当たるようで。






「朝霧ちゃん、大変なことになっちゃったネ!」
「そんな良い笑顔で言わないで下さいよ……」
「え?笑顔がカッコいいって?ありがとう!」
「もう何も言いません」


顔を上げれば向こう側にはネットを隔てて白布さん、牛島さん、川西さん?、山形さん?が立っている。白布さんがトスを上げ、牛島さん、川西さんが打つらしい。山形さんはレシーブ役だそうだ。
こちらは私、瀬見さん、天童さん、大平さん?、五色くん?がいる。瀬見さんがトス、天童さん、大平さん、五色くんが打って私はレシーブ。
いや、まってくれ。可笑しくないかこれ?
私に県No.1の白鳥沢のスタメン達のスパイクをレシーブしろと?さすがに無理でしょ……。木兎さんのスパイクやサーブは取れたけど牛島さんは三本指だよ?
絶対に無理な気がする。腕がもげてしまうよ、多分。


「おい朝霧ぃー!!いつまでウジウジしてんだぁ!さっさと覚悟決めろやぁああ!」
「うぅ……はい……」


泣きたい、泣いてしまいたい。こちらを見つめてくる牛島さんや白布さん達の視線が痛い。
私……成長したいとは思ったけど、発展途上の私にいきなりこれは酷いのでは。天童さん……助けてぇ……。


私は知らないのだ。
鷲匠さんや牛島さん、木兎さんに夕がどうして私にレシーブばかりをさせるのか。
皆が私になにかを見いだしていることにも。

そして、これはまだ私の高校バレー人生のほんの序章にしか過ぎなかったのだ。








どうやらこの練習というよりかは、ミニゲームを意識しているものらしい。だとしたら尚更私なんかじゃダメなような気がするんだけど……?


「どうしようどうしようどうしよう……!」
「まあまあ、落ち着けよ」
「英太くんの言うとーり!」
「まあでもこんな背の高い男達の中に放り込まれて冷静でいろっていうのも難しい話だしなぁ……」
「そうですよッ!でも安心してください、この俺が牛島さんを越えれば朝霧先輩の失敗もカバーできますから!」
「みなさん……!」


私には大平さん達は勿論、年下の五色くんまでもが今ではとても頼もしく見える。見た目が怖くてもこんなに優しい人達がいるなんて……。やっぱり人は見かけによらないね。
好意には甘えたいところだけど、あまりにも頼りすぎてしまうと鷲匠さんにドヤされてしまいそうだから、自分なりにも頑張らなきゃ。私はこの人達よりも役割は少ないんだから。ただ、スパイクをあげるだけ。たったそれだけのこと。
皆さんはスパイクもだし、ブロックもレシーブもしなきゃいけない。それに比べたら私は何と少ない仕事だろう。


──大丈夫、きっとできる。


緊張とプレッシャーで今にもぐちゃぐちゃに押し潰されてしまいそうな心臓がバクバクと音をたてる。
深呼吸……深呼吸……落ち着け、自分……。


「てゆーか、普通に女子が若利のスパイクをレシーブしろっつーほうが鬼畜だろ」
「そーそー!腕吹き飛ばされなきゃ上出来でしょー!」
「天童さんさすがにそれは言い過ぎじゃ……」


きっと私にプレッシャーをかけさせないために言ってくれているのだろう。つくづく思う。この人達はいい人ばかりだ。
バレーに対する姿勢も凄く綺麗だと思う。

一生懸命って、かっこいいよね。


「あの、」


なら私も、凄くかっこいい皆さんの足手まといにならないように一生懸命になるだけだ。
失敗したって、上手くいかなくたって、この人達はきっと、熱意には熱意で返す人達だから大丈夫だ──。



「最初の方、レシーブ乱れるかもですけど……
 必ず上に上げるのでカバーよろしくお願いします!」



天童さん達の驚いたような表情、ネットを挟んで向こう側にいる牛島さんの私に向けられる鋭い視線、鷲匠さんの『してやられた』というのような表情が一気に視界に入り、私の心拍数を更に加速させた。