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──テン…テテンッ


ボールが床に転がる音だけがその場に響いていた。誰一人として喋るものはいない。だが、当然全員の視線の先は床に尻餅をついている納豆へと向けられていた。
その場にいた全員が見たもの、それは、牛島の打ったスパイクを納豆がレシーブする光景だった。レシーブされたボールは瀬見の頭上へと上がったが、誰も予想していなかった事態が起こったため、それを繋ぐことを止めてしまった。
序盤はもしかすると、と思い数人が期待して見ていたが、牛島のスパイクに歯が立たない納豆の姿を見て、勝負の行方を追いだしていたのに。



どうやら私が中盤に密かに始めていた作戦が上手くいったようだ。それを説明する前に誰か……この動かない人達をどうにかしてくれませんか?その想いが通じたのか、とある人が私に向かって足早に向かってきた。
──それは、意外な人で。


「白布、さん?」
「…………聞かせろ」
「え?」
「どうして牛島さんのスパイクをレシーブできたのか、聞かせろ」


とても真っ直ぐな視線が私の瞳を貫いた。


「……ちょっと長くなりますよ?」


そして私も話し始めた。私がこの一セット近い時間を掛けてやっていたことを説明するために。私と白布さんが話している間も私に注がれる大量の視線が消えることは無かった。

まず、序盤に牛島さんのスパイクを取れなかった時点で私は取りにいくことを一旦止めた。恥ずかしい話だが、今の自分だと『このままの』牛島さんのスパイクは取れないと思ったから。だから私は牛島さんのスタミナが少しでも多く削れていくのを待った。勿論、それは終盤である。……その合図は自ずとセッターである白布さんが教えてくれる。
そして更に、ここに居る全員が悟っていた筈。
──私が牛島さんのスパイクを取るまでは終わらないと。
大半の人は序盤で既に私が牛島さんスパイクを取れないと思っていた。だから、このミニゲームは長期戦になると白布さんは考える。
それと共に…………牛島さんのペース配分も。
ここからは賭けだが、白布さんがツーアタックや川西さんを使い始めた頃が牛島さんのスタミナが欠けつつある時だと想定した。間違えていたら終わりだったけど……。

だから、最初の時よりもスタミナとパワーが少なくなっている牛島さんのスパイクをあの時、レシーブすることができたのだ。半分賭けのプレイだが、バレーボールはそうでしょう?コートに落とす方法が一つじゃ無いのなら、取る方法も一つじゃない。




「──という訳で、私は牛島さんのスパイクをレシーブすることができました。でも確実に成功するというわけでも無かったので心配でしたが……上手くいって良かったです」
「…………そうか、分かった。わざわざ聞かせてくれてありがとう」


白布さんはそれだけ言うと、さっきまで居たコート内に戻ると、私と未だに呆然としている他の人達に向かって言葉を投げ掛けた。


「続きを始めましょう。……ゲームはまだ、終わってないんですから」


そう言ってフッと笑った白布さんに不覚ながらほんの一瞬だけ、胸が高鳴った。……イケメンってこういうときズルい。
ファーストコンタクトの時の白布さんの面影はどこにいったのだろうか。あんなに挙動不審だった彼をこんなにも生き生きとさせるバレーボールと白鳥沢の人達に密かに敬意を抱いた。
その後、再開されたミニゲームで私が再び牛島さんのスパイクを上げることはできなかった。
もちろん……最初の時よりも油断なく挑んできている牛島さん達にミニゲームとしても負けてしまったのは言うまでもない。





「おい、朝霧」
「あ……はい!」


ミニゲームの終わった後、普段のメニューに戻った朝練。私は元々マネージャーとして呼ばれたのでその役割を果たすため、サポートに回った。そんなこんなでようやく終わった朝練。……なのだが。終わったと同時にベンチいた鷲匠さんに手招きで呼ばれた。
なんとなく、話したい内容は分かっている。


「すみません、お待たせしました」
「構わねぇよ。それより、今日はマネージャーをしてくれてありがとうな。礼を言う」
「はい!こちらこそありがとうございました」
「…………何か答えは見つかったのか?」
「……えぇ。そうですね、かなり。自分なりの答えは見つけられました」
「そうか。ならいい」


用件が無くなったとでも言うように鷲匠さんはそっと瞼を閉じ、この場を去っていった。私は、歩いていく鷲匠さんの背に向かって静かに一礼すると真反対の方向に走った。
────きっと、鷲匠さんは知っていた。私が自分にできる何かを探していたことに。また、チーム日向くんと影山くんについて悩んでいたことにも。だからあのミニゲームでわざわざ私と牛島さんを対決させるような形にしたんだ。分かりにくい気遣いとはこういうことか。
なんだかとても清々しい気持ち。足取りも軽く感じるし、数日後に烏野の皆に会うのがすごく楽しみに感じた。





────そしてついに、私が白鳥沢のお手伝いに来るのも今日で最終日となった。


「短い間でしたが、お世話になりました」
「いや、こちらこそ世話になった。特に天童辺りがな」
「若利くん!?」


たった数日だけだったが、結構仲良くなれたのではないかと思う。初日と大きく変わったことといえば、白鳥沢の二年生と仲良くなれたこと。初日の時点で一番交流が無かったのが同学年である二年生だったことに気付き、問題だと思った私は急遽その距離を縮めようと奮闘したのだ。
レギュラーじゃない二年生とも仲良くはなったが、特に仲良くなれたのはスタメンの二人だった。…………そう、あの白布さんと川西さんだ。


「納豆がいないと思うと悲しくて泣きそう」
「おい太一、言ってることの内容の割には表情筋全然動いてねーぞ」
「あはは……。でも結構楽しかったかも。白布さんと川西さんとも仲良くなれたし!」


そう言ってにっこりと微笑むと、二人は顔を見合わせて悪戯っ子のような悪い笑みを浮かべた。あれ……二人ってこんな顔するっけ……?
冷や汗が背中を伝うような感覚を覚え、ゾクリと背筋が震える。まぁ、震えの原因は目の前の二人にもあるんだろうけど…………。


「納豆さ、俺達のこと名字にさん付けじゃなくていいんだよ?」
「普通に下の名前で呼べよ。
 はい、『太一』、『賢二郎』」
「ぇ、え?」

そ、それはつまり……『ぷりーずこーるみー』ってことですか??別に下の名前で呼ぶことは全然良いのだが、そんなにニヤニヤした顔で催促されたらなんだか恥ずかしくなるじゃん……。



「あー…………太一、賢二郎…………。……改めてよろしくね?」
「うん、よろしく納豆。……てことで、もう一回『太一』って呼んでくれない?」
「……え?」


なぜか私の手を握ってくる太一。賢二郎はその手をジロリ、と睨みながら「おい」と、低い声で太一に声を掛けた。すると太一は素直に私の手を離して「ごめんってば」と焦りながら弁解していた。
その後、ついでにラインを交換しました。



「朝霧ちゃーん!また遊びに来てねー!」
「天童、朝霧は遊びに来ていた訳ではないだろう?」
「そうだけどさー」


最後まで騒がしい白鳥沢の皆さんに苦笑いしつつも、私は「ありがとうございました」と、頭を下げる。


「こちらこそありがとうー!」
「……それでは、また」


最後にもう一礼をして、恋しくなった仲間に会いに私は白鳥沢を背に歩きだした。
……あぁ、楽しかった。