6

────はやく、はやく行かなきゃ。
そんなはやる気持ちが衝動を抑えきれない。
今までで一番速く走っている気がする。息が切れる、脇腹が痛む、足がもつれそうになる。だけど、不思議と不快感は無い。多分それはきっと、これから幸せな時間が訪れるから。……なんて、言い方しちゃうとちょっと気持ち悪く聞こえちゃうかもだけど。あながちそれは間違えじゃ無いんだよね。



──ガララッ

普通の扉よりも重量感のある体育館の扉を開け、「お願いします」と、言いながら中に入るとまだ誰も中にはいなかった。…………恐らく私が急ぎすぎたのだろう。もう少し遅く来れば良かったかなぁ……?まあ、準備して待ってれば良いか。でも残念ながらポールは一人で持てないのでボールとかそこらへんを準備しますよ。
そしてボール籠を引っ張り出してきて一息。はやいとか言わんでおくれ。


「なんだか今日は、ボールがよく手に馴染むような気がするなぁ……」


ボールを一つ手に取り、手の中でクルクルと回したり、上にポンッと投げたりしながら呟く。
そうしているうちにあの日の牛島さんのスパイクをレシーブできた日の感覚を思い出した。あのとき、賢二郎たちに説明しながらも、私は内心とても震えていた。
牛島さんのMAXのパワーじゃなかったけれど、確かに私の腕はあの人のスパイクをこの腕に受けたんだ。あのときの快感が心に染み付いて離れない。

私はきっと、あの瞬間……バレーボールにハマったんだ。

そして全身で感じた。
────バレーボールは、楽しいと。


「あー……好きだぁー……」


ふいに呟いてしまったその言葉。あっ、と気付いたときにはもう遅かった。



「──えっ、朝霧先輩…………?」
「あっ、……ひ、日向くん……!」



更に日向くんの後ろには呆然と突っ立っている影山くんが。…………どうやら感動の再会の前に、ひと波乱ありそうです……。







谷地 side


「お願いしまーす……」


今日は納豆先輩に久しぶりに会える日。
だから、いつもよりワクワクとした気持ちで体育館に入ると、中はいつもより大分賑やかだった。多分納豆先輩がいるからだろう、そう思った。合宿最終日の時だって、日向や影山くん達はずっと納豆先輩のことを気にしていたし。先輩達も二人には「落ち着けよー」とは言っていたものの、本人達にも落ち着きは無かった。
清水先輩は相変わらずオープンで「はやく会えると良いね」と、ずっと言っていた。……私も実際には清水先輩とそう変わらなかったけど。二年生の方々(特に田中さんや西谷さん)はずっとそわそわしていたし……。何より驚いたのが他校の人も納豆先輩が居なかったことにそわそわしていたこと。
えっと……梟谷のセッターの赤葦さん?なんかは特に分かりやすかったかな。私たち烏野側を見ては何やら神妙な面持ちで俯いてため息をついていた。…………どうやら納豆先輩はどんな人にでも好かれるようです!

だけど……今の状態は明らか変だと思います。
どうして先輩方みんな納豆先輩に詰め寄っているんですか!?


「どういうことなんですか朝霧先輩!」
「納豆ちゃん、もしかしてお手伝いに行った先で何かあったの?変な男にたぶらかされたとか……」
「変なことなんて何も無いですよ!誤解なんですってば!私が好きって言ったのは……!」
「言ったのはー?」
「なんだよ!?」
「────……『バレーボール』です!」


シンッ……と、沈黙がはしる。今の状態から何があったかをまとめると、恐らく納豆先輩が何か対して「好き」と言ったことを誰かが聞いていて、それについて問い詰めていたということかな。それで納豆先輩は「バレーボール」だと、答えた。
それにしても……日向と影山くんってば顔がこわい!!月島くんと山口くんにおいてはそんな皆さんを見て笑っているし!縁下さん達も傍観していないで止めないんですか!?
いろいろと言いたいことが満載な空間だが、一度落ち着け私……!冷静さを失ったら負けなんだから……。


それじゃあいきます、谷地仁花。
せーのっ。


「納豆先輩っ、お久しぶりですっ!」









「仁花ちゃん……久しぶり……!」


私を取り囲む皆さんを掻い潜り、ドア付近にいる仁花ちゃんのもとへと歩く。


「なんだか朝から大変そうですね……」
「う、うん」
「でもっ、先輩が元気そうで何よりです!」
「…………天使かな」


小柄な仁花ちゃんを軽く抱き締めると「わわっ!」と、戸惑ったような照れたような声を打数仁花ちゃん。これが小動物系女子ってやつなのか。にしても、先輩達と日向くんどうしようかな……。元はと言えば私が誤解されるようなことを言ってしまったのが悪いのだけれど…………。
未だに疑うような視線をぶつけてくる人達に少々うんざり。今の気持ちを形容するなら反抗期の娘てきな感じかも……。


「あんまりしつこいと疲れるかも……」


あまり深く考えずに言ってしまったこの言葉。本日二度目の「あっ」を声に出す。慌てて否定しようとしたが、時既に遅し。
先輩と日向くん達がピシッと固まり、数秒経った後、澤村先輩が「練習始めるぞー!」と声をあげ、それに続いて他の人たちも「おぉーすっ!」と動き始めた。さっきまでとは一変したような動きぶりに唖然としていると、横から月島くんと山口くんが笑いながら近づいてきた。


「ははっ!先輩ってばぁ、無自覚でかなりグサッとくること言いますねぇ!」
「ちょっ、ツッキー……!」
「なに?本当のことでしょ」
「そ、そうだけど……」
「あはは……、いいよいいよ山口くん。本当のことだから。つい、ポロッと口から出てきちゃって……」
「ふーん……。ま、僕には関係ないですけどね」
「うん、そうかもね」


私の態度があまり面白く無かったのか、月島くんは興味無さげな表情でこの場を立ち去った。「え、あ、」と、終始狼狽えていた山口くんは一回私に向かって頭を下げると立ち去った月島くんを追いかけて走っていった。


「そ、そういえば納豆先輩はどこのお手伝いに行ってたんですか!」
「え?」


この空気を変えようとしたのか、仁花ちゃんが明るく私に尋ねる。
──これが第二の波乱の幕開けだったのだ。


「白鳥沢だよ」


その言葉を皮切りに、全員の視線が一気に私に集まった────。