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烏野高校一回戦目の相手は扇南だ。このチームはIHの時に白鳥沢と当たって負けていた筈。その試合で当時主将だった人は引退したって話だけど……。
なんだか相手の人達、柄が悪いなぁ。龍と睨み合ったりしてるし日向くんも怖がってるし、普段潔子先輩に手を出されなければ怒らない筈の龍がこんなにも威嚇しているのだ。
かなり挑発してきている。


「どるァアアアアアッ!」


ドドッ
試合前のウォーミングアップに随分と気合いが入っているなと思ったら龍の目線は扇南の人達に。……なるほど、『見せつけた』という訳か。そういうシンプルな負けず嫌いな所、案外私と似てるかもね、龍。龍のそういうところは嫌いじゃないよ。

「お粗末さまデシタ」

行儀も良く礼儀正しくてとてもよろしい!!



「それじゃあ潔子先輩、私と仁花ちゃん上に行きますね」
「失礼シャス!」
「うん。手伝ってくれてありがとう」


潔子先輩にも挨拶したし、澤村先輩にも烏養さんや武田先生にも伝えた。これですることは他にないよね。

「じゃあ仁花ちゃん、行こっか」
「はいッ!」

仁花ちゃんが後ろに着いてくるのを確認し、ギャラリーに行こうとしたその時、ウォーミングアップをしていた夕に呼び止められた。


「納豆、谷っちゃん!応援よろしくなッ。こっちに声が届いてこなかったら文句言ってやっから!!」
「はいはい。応援してるよー」
「が、頑張って下さい!!」
「おうッ!必ず勝ってくるから待ってろよ!」


グーにした拳を私達に向かって伸ばしてくる夕。その意図に気づいた私達は顔を見合わせ、軽く笑うと夕の拳に自分達の作った拳をコツンとぶつけた。

『必ず勝ってね』
そんな想いを抱えながら。






「おぉ、やってるな」


試合が始まってから数分後、私達のいるギャラリーに元気なおじいさんと数人の子供が来た。子供は私達を取り囲み「何でここにいるのー?」と尋ねてくる。その問いに仁花ちゃんが「もうっ!」と言いつつ教えてあげていた。実はちょっと子供が苦手な私。あの声の高さと賑やかさが苦手なんだよね。
そして、一セット目を烏野が取りタイムに入った時のことだ。


──「おいこら!静かになるな!」


扇南側のギャラリーにいる人が真下で負けムード全開な扇南に向かって叫ぶ人がいた。


「納豆先輩、あれ誰ですか?」
「多分、前の扇南の主将だった人だと思うよ」


その人は扇南の人達に言った。「本気も必死も一生懸命も格好悪くない!!」と。



「────弱え事悟ったフリしてカッコばかり気にすんのも、いい加減みっともねえよなぁ」


扇南の現主将の人が腹を括ったかのような表情になる。心なしかこの言葉で扇南全体の雰囲気が引き締まったように感じた。だが、その人の決意はこれだけでは終わらず声高らかに叫ぶ。


「烏野を倒す!一次予選突破!──打倒白鳥沢!!」


それを聞いていた他校の選手や観客達がざわめくも、やはり烏野はいつもと変わらずタイムが開けると同時に扇南に「受けてたぁーつ!」と言った。

「……空気が変わりましたね!」
「うん、そうだね」

私もバレーがしたくてしたくてたまらないや。


烏野と扇南の間にある空気は変わったが、そう簡単に実力の差が埋まる筈もなく扇南が13点の時点でマッチポイントを取った烏野。
扇南の人達もそれを痛感しているからか歯を食い縛っている。
東京遠征から烏野は大きく変わった。それはきっと東京で戦った強豪達のサーブやレシーブとかに慣れたからだと思う。一人一人が変化を求めたことによって烏野自体に進化が起こった。

「ほんと、末恐ろしい……!」

落下防止の手すりを握りしめると、そんな私を横で見ていた仁花ちゃんがクスクスと笑いだす。


「日向達もですけど、納豆先輩も白鳥沢へお手伝いに行ってから大分変わりましたよね!」
「え……そうかな?」
「はいっ、前よりも生き生きしてます!」


──ピピーッ


烏野が勝ったことを知らせる笛の音が鳴る。
それと同時に、仁花ちゃんが浮かべた人懐っこい笑顔につられ私も思わず笑顔になってしまった。


「初戦、突破だ……!!」


パチンッと仁花ちゃんとハイタッチをして喜びながら私達と同じように勝利に喜ぶ烏野を見下ろす。その時、ふいに交じり合った視線の主のその真っ直ぐな瞳に胸の底がトクリ、と音をたてた。


「っ、──……やったね、"夕"」


この声が伝わったのか伝わってないのか分からないが、私と仁花ちゃんに向けられたガッツポーズにまた私の表情が緩むのが分かった。