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試合は澤村先輩からのサーブで始まった。サーブは惜しくもギリギリアウトとなり白鳥沢に点が入る。白鳥沢の圧倒的な声援が烏野にプレッシャーを与えてくる。先輩達も動きが固く、白鳥沢のサーブがネットインになるも、龍と東峰先輩がお見合いをしてしまい、続けざまに向こうに点が入っていく。


「落ちつけえぇええ! 自滅してる余裕無えぞオアア!! 何にビビってやがるテレビか!? 浮かれてんじゃねえぇええ!!」
「菅原先輩!?」
「お前ら朝霧を見習え!! こんっっっなに冷静なんだぞ一年なのに!!!」
「ちょっ……菅原先輩こそ落ち着いてください!」


完全に興奮しきった菅原先輩をジロッと主審の人が睨み付ける。澤村先輩が「分かったから落ちつけ!」と、声をかけると菅原先輩はようやく大人しくなった。主審の人に睨まれたせいか冷や汗をかいているが。
しかし、菅原先輩が熱くなってくれたお陰で先輩達の体に無駄に入っていた力が抜けていく。

「えっと、ナイス声援(?)です!」
「ありがと朝霧。代わりに何か大事な物を失った気がするけどな……」
「あぁ……確かに……」

どこか遠い目をする菅原先輩を私はそっと励ました。


「牛島さん」


コートでは賢治郎が丁度牛島さんにトスを上げる所だった。自然と私も手を力強く握りしめてしまう。


来た


────ドオッ


白鳥沢のスーパーエース


その時、夕は確かにスパイクの軌道に入りボールを捉えていたのに。ボールは夕の腕に弾かれ、遥か遠くの後ろに落ちた。


「──出たな……左=v


夕自身、驚いた表情をしていたがすぐに深呼吸をすると私の方を向いて三本、指を立ててきた。あれは試合が始まる前に夕と話して決めた合図。あれは「牛島さんのスパイクを何本あればとれるか」という私の問いかけに対する夕の答えだ。


「…………三本でいけちゃうんだ」


私は丸々一セットかけても一本しかまともに上げられなかったのに。さすがというかなんというか。勿論、夕の方がリベロとして私より何倍も上手いし凄いことは承知の上だったけど、ここまで差があることを突き付けられちゃうとさすがにちょっとへこむかも…。今は烏野の勝利が欲しいから夕が味方で心強いことこの上ないんだけどね。


『「白鳥沢にウシワカ有り」なら、烏野には俺有りっスから』


数日前の夕の言葉をふと思い出した。そうだ、烏野にはスーパーリベロが居る。


「……なんとか踏ん張ってよ、夕」





月島くんが牛島さんをブロックするのに手こずっている。牛島さんが左利きだからか、ブロックのタイミングが合わせにくくズレが生じてしまう。ほんの僅かなズレでもバレーボールはそのコンマ一秒が勝敗を分ける。今までの試合を見てきて、嫌なぐらいそれが身に染みてその言葉の意味が分かった。
日向くんが一秒でも速くテッペンへ跳びたい理由が、影山くんが速さに固執してしまう理由が、全ての理由がそこには隠されていた。
テクニカルTOに入る。どうやらブロックの際に月島くんが突き指をしてしまったらしく、山口くんがとても慌てた様子で月島くんに迫っていた。私は救急箱を持ち、地味に痛む指に顔をしかめている月島くんに近寄る。


「大丈夫?」
「…はい」
「手だして」


素直に差し出された月島くんの突き指した指をテーピングで固定していると、頭上から月島くんの「…ホントだ」という気の抜けた声が降ってきた。思わず「え?」と、すっとんきょうな声で聞き返してしまう。月島くんはそんな私の声をバカにするかのように軽く笑う。


「いや、さっき菅原さんが「朝霧を見習え! こんなに冷静なんだぞ一年なのに!」って大声で言うからホントかなって思ってたんですけど、本当に冷静だったみたいですネ」
「冷静そうに見える?」
「少なからず僕からはそう見えますけど」
「そっか、なら良かった」
「良かった?」


私の言葉に月島くんが意味が分からないと言いたげな表情で首を傾げる。


「だって、皆が熱くなったとしても誰か一人、冷静な人がいたらそれだけで強みにならない?」


その瞬間、丁度TOが終わった。月島くんは少し何かを考える素振りを見せたあと、至って真面目な表情で私を見下ろし、「僕は日向達単細胞とは違って冷静なんで」と言い残して先輩達と共にコートに戻っていった。


「お、怒らせちゃったかな……?」
「んーー大丈夫だと思いますよ!」


そう言って隣にいた山口くんが淀みの無い綺麗な笑顔を浮かべる。


「多分今の間は、朝霧先輩の言った言葉の通りの状況を頭の中でシミュレーションしてたんだと思います。その結果ツッキーの中で自分が冷静さを欠くことは無いと判断したのかと!」
「なるほど……」
「ツッキーは昔から凄く冷静なんです。だからきっと、さっきのも遠回しにですけど朝霧先輩に『烏野の理性は俺だ』ってことを伝えたかったんじゃ無いですかね!?」
「確かに、烏野の理性は月島くんって感じだね!」
「ですよね!!!」


思い返せば、試合が始まったばかりの時の烏野のミス連発が起こっていたときも月島くんは何ともなさそうに白鳥沢を見据えていた。まるで彼らの動きをじっくりと観察をするかのように。

山口くんがとても楽しそうに月島くんの話をする。今この時もコートの中では月島くんがブロックに跳んでいる。さっきよりも上手くタイミングをとれているようだ。



「ツッキーは本当にカッコいいんです」

「俺の昔からの一番の憧れで」

「ツッキーは冷静なのに案外負けず嫌いなんです」

「だから朝霧先輩、ツッキーを見ててあげてください」



ツッキー、ツッキー、ツッキー。口を開けば月島くんの事ばかり。月島くんを見るソレはまさに羨望の眼差し。だからこそ私は気づいた。
山口くんは月島くんが『羨ましい』のだと。だけどそれを今、彼に言うのは違う。私が山口くんに何かを言えるとしたら──



「私、山口くんは凄いと思う。自分以外の一年生が試合に出てるって状況は悔しくて堪らない筈なのに山口くんは試合に出ることを諦めないで努力してる。もしも私が山口くんの立場だったら私は多分頑張れていないから。
心から尊敬するよ、山口くんのこと。これは私なんかが言っちゃいけない言葉かもしれないけどさ、山口くんは私の『自慢の後輩』だよ」



「はい……ッ! ありがとうございます!!!」



そのとき僅かに見えた山口くんは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。