8

仁花ちゃん、梟谷、森然、生川、音駒、沢山の人達の視線が自分に集まっているのが分かる。今、下手に行動したり何か喋ったりしたらなんだか駄目なような気がしてやまない。
誰も動かない、喋らない。監督達すらも。こんな状況の中で一体どう動けば良いのだろうか。
誰でもいいから助けてくれ……。別に悪いことをしたわけでもないのに沢山の人からの視線を受け、なんだか凄く…怖い。
自分でそう自覚した途端、ものすごく今泣きたくなってきてしまった。
私は今仁花ちゃんの方を向いているため、選手の人達は私がどんな顔をしているのか見えない。

やばい、やばい、やばい、……本当に泣いちゃいそうだよ。
その時、私の異変に気づいたのか仁花ちゃんが私の顔を覗きこんだ。


「わわッ、納豆先輩!?どうしたんですか!やっぱりさっきのボールが痛かったんですか!?私なんかを守ってしまったばかりに納豆先輩を泣かせてしまうなんてぇええ!!地に埋まってお詫びしますっ!!!」


今にも土下座しそうな勢いで謝ってくる仁花ちゃん。どうやら私が泣いている原因がさっきのボールだと思っているようだ。けど違う、違うんだよ仁花ちゃん……。
視線が痛いんだよ!!と、心の中で叫ぶ。
ここでようやく気づいたが、仁花ちゃんが喋りだしたおかげでさっきまでの視線が消えていた。


「あっ……!すみません…っ!木兎さんのボールが…痛かったですよね……。泣かせてしまって本当にすみませんでした」
「えっ、あ、えと、はい……」


涙で潤んでいる目を拭っていると、慌てて話し掛けてきた梟谷のセッターさん。申し訳なさそうにさっき、私が腕でボールを受けたところに手で優しく触れてきた。

……ん?あれ?

なんかさりげなく私がさっきのボールで泣いてしまった方向に持ってかれてるよね?あとこのセッターさん謝ってくれるのは良いんですが、わざわざ触れる必要性とは。


「この試合が最後ですし、終わったら冷やしましょう。俺が付き添いますので」
「え、あの……別にそこまでしなくても……」
「駄目です。女性の肌に痕でも残ったら大変ですから」


……結局、ここは私が折れて冷やすことになりました。セッターさんの名前は赤葦さんというらしいです。しかも私と同い年。全くそうは見えない。




(その時の木兎さん達の会話)


「なぁなぁ、妙にあかーし積極的じゃね?」
「確かに……。てか木兎お前、ちゃんとあのマネちゃん達に謝れよ!」
「わ、分かってっから!!」


でした。







「冷た……っ」
「すみません、我慢してください」


赤くなった腕を冷やしながら赤葦さんと隣同士になる形でベンチに座る。あのあと、とりあえず梟谷と森然の試合を続行させ、ペナルティを終えて戻ってきた烏野を入れ全校で挨拶をしてお昼休憩。烏野が戻ってきたときに、私の腕が真っ赤になっていたのでほぼ親と化した先輩達から「何があったんだぁああ!」と問い詰められ大変だった。潔子先輩に至っては元凶の木兎さんのことを今にでも駆逐…いや、倒しに行きそうなほどの勢いだった。夕と龍も、慌てながら「大丈夫かぁ!?」と言ってきたのでなんだかもういいやって感じだ。ほら、自分より怖がってる人とかがいると逆に冷静になるやつ。


「ほんとすみません。木兎さん馬鹿力だからスパイクって取るとき凄く痛いんですよね。それを女性に当てるなんて……謝りきれません……」
「いやあの、本当にもう大丈夫なので!そ、それより私達同い年なんですからタメ口で話しませんか?」
「タメ口、ですか……?」


無理矢理赤葦さんの意識を逸らせると、見事にそっちに食いついてくれた。正直タメ口でもタメ口じゃなくてもどっちでもいいけどとりあえずこの人にこれ以上謝らせるのは心が痛い(早口)

あ、ちゃんと木兎さんも謝りに来てくれたよ?まあ……赤葦さんが首根っこを掴まえて引っ張ってきてたんだけど、さ?


「いいね、タメ口。じゃあこれから改めてよろしく納豆」
「あ、うん!よろしくね赤葦くん!」


やべ、反応し忘れるところだったわ。てか赤葦くんって見た目の割には結構気さくでグイグイ来るタイプなんだね〜。意外。
あの木兎さんを従えるくらいだからもっとお堅い人かと思ってたんだけどなんか良かった。お堅い人よりも仲良くなりやすい人のがこれからやっていきやすいしね。
うんうん、と一人で頷いていると赤葦くんが「ちょっと聞きたいんだけどさ、」と、私に問い掛けてきた。どんな質問もどんとこい。


「納豆ってさ、バレーしてたの?」
「え、バレー?全然してないよ?」
「じゃあなんでさっき木兎さんのスパイクとれてたの?」
「うーん……わかんない……ほぼ・・反射的だったし……」
ほぼ・・?」
「うん。仁花ちゃんのほうにスパイクが飛んでった?時にさ、なんかこう…スローモーションっぽく見えたんだよ。それであー弾かなきゃーって思って……、そのあとは反射的にかな」
「……へぇ」


興味深そうに赤葦くんは声をもらした。


「じゃあこれは単なるお誘いなんだけどさ、今日の自主練の時間に木兎さん達の練習に付き合ってくれないかな?」
「自主練、かぁ…………」


思い出したのは昨日の出来事。『なんちゃって』で思わず開花してしまったであろう私のレシーブの才能。
それは全て昨日、黒尾さんが俺達の自主練と称した私の自主練に連れていったせいだろう。また、私をバレーの世界に連れ込んでくれた夕のお陰でもある。恐らくさっきの試合の時の木兎さんのスパイクを取れたのはこの才能があったお陰だ。なかったらあの時、仁花ちゃんを守ることもできなかったし、私にも被害がでていたかもしれない。……私はこの才能をどうするべきなのか。

この才能を活かすにはどうすればいい?
この才能が役立つこととは一体なに?

今更女バレに入る気も毛頭ない。そもそもこんな私に──才能を使いこなすことが、活かすことができるのだろうか。
仲間の為に、役立たせるには私自身にもなんらかの変化が必要な気がする。例えば、強い人とバレーをしてみるとか。
そうしたらレシーブだけじゃなくて、その他での私の…私にしかない才能が見つかるかもしれない。それはサーブかもしれないし、スパイクかもしれないし、もしかしたら日向くんと同じでジャンプが得意なのかもしれない。
私には、私自身の知らないことが沢山だ──。



「──……分かった。やるよ」
「あ、本当?断られるかなって思ったから嬉しいな」
「そのかわりなんだけど……」
「ん?なに?」
「……私を自主練に混ぜてくれないかな」



烏野が全国の舞台で優勝するために、
──私も頑張るよ。




「もちろん。そのつもりだよ」




そう言って笑った赤葦くんにつられて私も思わず笑ってしまった。