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リエーフ君の頭上に返ったボールはそのまま落下してリエーフ君の頭に落ちてしまった。「あ、」と思わず声を出してしまったが、夜久さんとリエーフ君が何も言わずに私の事を見つめてきた為、直ぐに口を閉ざした。あまりにもジッ…と見つめてきたため、なんだかいたたまれなくなり私は俯いてしまう。そんな私を見て、ようやく夜久さんとリエーフ君はハッとしたように私から視線を外し、夜久さんが「大丈夫か!?」と、走り寄ってくる。


「あ、大丈夫です……」
「本当か!?怪我とかは──」
「ほっ本当になんともないので平気です!だって、」

──ギリギリでレシーブできましたし……



消え入るような声で呟くと、今の今まで固まっていたリエーフ君が目を輝かせながらズンズンと大股で歩み寄ってきた。


「今の…今のレシーブ凄かったッス!なんか、夜久さんのレシーブ見てるみたいでしたっ!」
「え、ええっ、や、夜久さんのですか!?さすがにそれは無いよっ!」
「いやでも、俺には烏野のリベロ君のレシーブっぽく見えたけど……」
「今度は夕ですか!?」
「いや本当にだって。今のレシーブまじで綺麗だったからな?あぁ、どうせだったら納豆、護りの音駒に入っとくか?」
「冗談やめてくださいよ……」
「ハハハッ!」


笑ってはいるけれど表情が完全に笑いきれていない夜久さんを見ると割りと本気だったことが見てとれる。確かにさっきのレシーブはかなり手応えがあったけれど、それが夜久さん達と同等のレベルだったのかと言われると答えはNOだ。第一に現役リベロに勝てるわけが無いでしょ……。
レシーブ練ですっかり赤くなった腕を手で擦りながら、未だに目を輝かせているリエーフ君に苦笑い。夜久さんもリベロとしての血が騒いでいるのか、リエーフ君程ではないがワクワクとした表情で私を見ている。





「納豆にはレシーブの才能があるのかもな!」




そう言い放たれた夜久さんの言葉で思い出したのは出会った当初の夕の言葉。

『お前の才能それをそのままにしとくのは勿体ねぇ』

もしかしたら、彼の言っていたことは本当だったのかもしれない。いや、彼は最初から至って本気だったけども。



「レシーブ……」



それが、私にある才能なのかもしれない。
胸の鼓動の音が夜久さんとリエーフ君に聞こえてしまいそうな位、高鳴っていた。






あの後、とりあえず夜久さんとリエーフ君には口止めをしてその日の特訓は終わった。夜久さんから「むしろ俺が教えてほしい」と、真顔で言われたときは全力でお断りした。今思えば良い思い出だぁ……。
そして夜は明け、翌日の朝。マネージャーさん達と幸せの一時を過ごしながら朝ごはんを作り、そして食べる。なぜか無駄にリエーフ君からの視線が気になるが、それを華麗にスルー。仁花ちゃんから「なんか見られてませんか?」と、言われたがそれも光の早さで否定した。
ちょっと青少年君よ、見すぎ。見すぎだわ。
君が見すぎているせいで周りの人達もつられて私の事を見ているんだよ。そんなに昨日君の″アレ″を取ったことを尊敬しているのかい?
いいかい、君のところの学校はねそんなボールを拾える人が沢山居るんだよ。見習うべきは私じゃない。先輩だ。今、君の隣にいる鶏冠頭さんなんて主将だよ?レシーブのベテランだよ?止めてくれ、そんな目で見るのは。
眩しい眩しすぎる直射日光も凌ぐほどの眼力だよ君。良かったね太陽超えられたみたいで。


「納豆ちゃん、さっきから心此処に在らずみたいな感じだけど……。もしかして音駒で何かあったの?」


ふいに話し掛けてきたのは隣に座っていた潔子先輩だった。今日も相変わらず美しい……。


「あ、違います!ちょっっっと疲れてきただけで、音駒の方々はいい人ばかりですよ!?」
「…………そう?なら良いんだけど……」
「潔子先輩こそ、何か大変なこととかありませんか?何かあれば私、お手伝いしますよ?」
「ふふっ、大丈夫だよ。納豆ちゃんは優しいし可愛いね。自慢の後輩だよ。勿論、仁花ちゃんもね?」
「あわわっ!し、清水先輩からそのようなお言葉を貰ってしまって申し訳ありませんっっ!い、いいい命だけはお助けをッ!」


あぁ、そうだよ。これが私の幸せで天国なんだよ。綺麗な人達に囲まれて過ごせるなんて、贅沢すぎて私困っちゃうよぉ……。
……ちょっとふざけました。でも8割方本音だから。

だが、そんな幸せな時間もあっという間に過ぎ去り、今日の厳しい練習が始まるのだった。
そして、────ソレは起こってしまった。




「──あかーし……今日はもう俺に上げんな!」
「分かりました」
「えっ」


黒尾さんが合宿中に言っていた木兎さんのショボくれモードとはアレのことだろうか。生川高校との試合が終わり、一息ついていると隣のコートで試合をしている梟谷と森然の人達が何やら騒がしいと思えばまさかの木兎さんの絶不調らしい。ちなみに烏野は今ペナルティをこなしに外に出ている。この暑いなかで坂道ダッシュなんて絶対に嫌だ。
それにしても梟谷のセッターさんはかなり苦労しているのではないかと思う。こう言うと失礼だが、子供っぽい面もある木兎さんの面倒は死んでも見たくないし……。あのセッターさんも目が死んでるし……。

そして試合は終盤に差し掛かる。
この梟谷と森然の試合でお昼休憩を挟むらしい。すると、木兎さんがようやくトスを呼んだ。セッターさんはやっとか、とでも言いたげな表情で「木兎さん!」と言いながら木兎さんにトスを上げた。あの人の声カッコいいな……。


「おらぁッ!」


木兎さんは三枚ブロックに対し、超インナースパイクを決めた────筈だった。




「危ないッ!!!」
「ひぃっ!?」




その超インナースパイクは丁度コートの横側を通っていた仁花ちゃんに真っ直ぐと向かって行っていた。仁花ちゃんが選手の人の声を聞いて横を見れば自分に迫ってきているボールがある。
そんな光景に仁花ちゃんは悲鳴をあげた。


助けなきゃ。


私にはその時、全てが
スローモーションのように見えたんだ。


冷静な判断をしている頭とは一転、体は仁花ちゃんの方へと走っていた。
仁花ちゃんまで後少し。…………あぁもう、仁花ちゃんにボールが当たってしまいそう。



「っ──、いっけ……!」



迷っている暇は無い。
私はよく、リベロの人達がやっている飛び込むようなあのレシーブをイメージしながらボールと仁花ちゃんの僅かな間に手を滑り込ませた。



パァンッ



勿論、ギリギリ仁花ちゃんに当たることの無かったボールは跳ね返るようにコートの中へ。私は確か潔子先輩が言っていたフライングとやらを見よう見まねでやり、すぐに体を起こす。


「仁花ちゃん大丈夫!?」
「あ…、は、はいっす……」
「……?」


怖がっているのかと思ったら仁花ちゃんの視線は私が即席のレシーブ(と、言って良いのか…)で返したボールの方向だった。つられるように見ると、そのボールは森然のセッターさんが丁度頭上の上でキャッチしていた。

…………え。