現実逃避はやめましょう

「納豆はこれから任務なんだー。へー頑張ってー…って、ア゙!!禰豆子ちゅわぁああああん!!!今日も可愛いねぇええ!!」



「任務ぅ?んだよ、んなもん勝手にさっさと行きゃあ良いだろうが。あ、お前が任務ならあの衣の美味いやつお前の分まで食えるってことか……!?おらッ!!さっさと行け!!!」



「これから任務?一人でか?……あぁ、行くのは納豆一人か。なら見送らなくても大丈夫そうだな!ほら駆け足駆け足!!!すぐに行かなきゃだめだろ?」




「…………ア、ハイ。イッテキマス」


なんだか三人とも、ちょっと対応が雑じゃないですか……?
約一年前を振り返ってみよう。一年前……私達が初めて出会ったのは最終選別だった。最初は全く話さなくて関わりなんてこれっぽっちも無かったのに、鬼殺隊に入隊してからというもの何かとこの三人の内誰かが一緒の任務に行くようになっていた。それも偶然。あーなんか会う回数多いなーとか思ってたら鼓の鬼が居た屋敷でまさかの四人集合しちゃって「あ、お前は…」みたいな展開を繰り広げて。いやぁね、伊之助は正直昔から対応はこんなかんじだから君はまだ許せる。炭治郎、本当に君は人が変わってしまったよ。昔はあんっっっなに私に対しても優しくしてくれていたというのに……。いつの間にかサラッと毒を吐いてくるようになったし、扱いも中々雑になってしまった。けどまだ炭治郎も許せる。毒を吐くといってもホントに自然と混ぜてくるから私も気づかない時があるくらいだ。だけど問題はあの金髪男、善逸。こいつだけは許せない。だって最初の頃善逸は私にでさえも求婚してきていたのに、段々と関わりが増えていくにつれて私を男のように扱ってくることが増えていった。あろうことか最終的に善逸は私に「え、納豆って自分が女の子の枠に入ると思ってんの?女の子って禰豆子ちゃんとかカナヲちゃんとかそういう可愛い子のことを言うんだよ?」と言ってきたのだ。信じれますか皆さん!?伊之助、炭治郎ですらまだギリギリ女子扱いなのに、あの女の子好きのアイツが私にお前は男だと言ってきたんだよ!?!?さすがに傷ついた。その時は近くに居たしのぶさんが「女の子にそういうこと言うもんじゃありませんよ」と、善逸を叱ってくれたからまだ良かったけど。そのあと善逸にはめっちゃ睨まれたけどね。君の好きなしのぶさんの声がいっぱい聞けて良かったねーーなんてはぐらかしていたら真面目な顔で「確かに」と言ってきた善逸にはかなり引いた。そんなに女の子が好きなのにどうして私のことは女の子扱いしてくれないのさ!!
……そんなに女の子らしくないのかな、私って。さっきだって鎹鴉に単独の任務を伝えられたから三人に行ってきますと伝えたらあの反応だし。もしかしたら命を落とすかもしれないのに、あんな反応されるなんて……。私って皆の大事な仲間枠にすら入れていないのかな。この一年間三人と協力してたくさんの死線を掻い潜ってきたのに、この仕打ちは酷すぎるんじゃないの?…………なんて、素直に三人に伝えたら「ウジウジすんな、女の子みたいだぞ?」って言われちゃうね。
今はとりあえず鬼を倒して無事に帰ることだけを考えておこう。








「どうして貴方達三人は納豆さんに対して雑な扱いをするんですか?さっきだって納豆さん、寂しそうな表情で出ていきましたよ?」


場所は変わって蝶屋敷。とある一室では蟲柱の胡蝶しのぶと伊之助、善逸、炭治郎が座りながら話をしていた。話題に出ているのはたったいま単独任務へと向かった一人の女隊士のこと。呆れた表情をするしのぶに、いたたまれなさそうな表情で俯く三人。「そんな顔をする位なら優しく接してあげればいいでしょう?」としのぶが言うと、善逸が「納豆と話しているとどうしても恥ずかしくなってしまって逃げちゃうんです……」と言って、落ち込んだ様子を見せる。伊之助は「あぁでも言わねぇとホワホワが消えねぇんだよ…」と弱々しく。炭治郎は「何でもいいから沢山話したいと思って口を開くと、いつも余計な言葉が出てしまって……」と絶望した声。そう、彼らは納豆の事を嫌ってはいなかった。むしろ仲間としても一人の女の子としても好きだというのに、その気持ちがから回ってしまい言葉のナイフと化して納豆に向けてしまうのだ。彼らの年齢的に見ても仕方のない時期だとしのぶは思うが、毎度毎度悲しそうに顔を歪める納豆を見ていたしのぶはこれ以上放っておくこともできず、人知れず悩んでいた。自分の継子でもあるカナヲの同期である納豆はしのぶをとても慕っており、見かけるごとに自分に笑顔で走り寄ってくる納豆をしのぶはカナヲと同じくらい可愛がっていた。だからこそこの思春期三人組を放っておくこともできなかったのだ。しかし、三人の話を聞く限り事態はかなり深刻だとしのぶは判断する。納豆の性格上そろそろ自分に自信を失ってきていてもおかしくはない頃。その自信の無さがもしも、任務で出てしまったら────最悪の場合も考えられる。頭の回転が速いしのぶはその考えにまで辿り着いていた。

そして皮肉なことに、この考えが当たってしまうことになる。

しのぶがとりあえず三人にこれからは気を付けるようにと促そうとしたそのとき、蝶屋敷で暮らしている鬼殺隊の内の一人であるアオイが息を切らしながらしのぶ達のいる部屋に声かけもなしに入ってきた。普段のアオイからは考えられないその慌てようにしのぶも、三人も内心珍しいと感じる。しかし、アオイの様子を見る限りただ事ではないと感じたしのぶはアオイを咎めること無く「どうかしましたか?」と問いかけた。アオイはその青色の瞳を不安の色でいっぱいにしながらこう言った。

「納豆さんが鬼と戦った末に重症!今、現場近くに居た鬼殺隊員が納豆さんを担いでこちらに向かっているそうです!」

その言葉は、四人に大きな衝撃を与えた。











やってしまったな、なんて。無事に帰れたら〜なんて思っていたのに。……最悪だ。
任務先に行くと、すぐに目当ての鬼と遭遇した私は鬼の頸を狩ろうとしたのだが、相手の鬼は『元下弦の参』だったらしく、一筋縄ではいかなかった。血鬼術も厄介で動きも素早くパワーもあるからそれはもう大変な戦いだった。単独で向かわされたのが不思議な位強い相手。そして戦闘の末勝利。だが私の体もボロボロで肋は確実に四本は折れたし、刀を持っている方の右手首は鬼に握りつぶされかけたせいでヒビが入っているし、それに加えて足の骨も折れている。戦っていた最中はアドレナリンが出ていたから痛みも関係なく動けていたけど終わった瞬間その痛みの反動が凄まじく私は一歩も動けなかった。これは無理だと早々に悟った私は鎹鴉に伝言を頼むとそれを飛ばして他の鬼殺隊の人が来るのを地面に倒れながら待った。痛みで今にも意識を飛ばしそうだったけど、意識のないときに他の鬼に食べられたらひとたまりもないから必死に途切れそうな意識を繋ぎ、鎹鴉から話を聞いた鬼殺隊の人が「大丈夫か!?」と言って私に駆け寄ってくるのを最後に私は意識を飛ばした。
そして今。私が目覚めると蝶屋敷のベッドで横になっていた。体中のあちらこちらを包帯でぐるぐる巻きにされて満足に動かせない。まあ、動かすと痛いからそもそもあまり動かさないようにしているんだけど。それにしても私が意識を飛ばしてから何時間ほど経っているのか。生憎部屋には私以外誰も居らず、そんな疑問を聞けるわけが無かった。
……鬼と対峙したとき、確実に頸をとれるという瞬間が何回かあった。でもどうしてか自分のその感覚が信じられなくて、勇気を持って斬りかかっていくことができなかったのだ。自分が信じられなくて、自信を持てなかった。鍛練をサボったことなど一度もなく、培ってきた自分の感覚が間違うなんてことは早々無いと分かっていたのに、どうしても無理だった。自分がどんどんダメな人間になっていく。しのぶさんに「中々筋が良いですね。このまま鍛練していけば柱になるのも夢ではないかもしれません」と言って頂けたのに、こんな私を見たらきっと失望されてしまう。いや違うか、……きっともう失望されてしまったはず。こんなにボロボロになった理由が「自分に自信を持てなかった」だなんて、三人にも笑われてしまう。ああ、嫌だなぁ。私はもう疲れてしまった。
「せっかく頑張ってきたのにな」と無意識に口に出していた。そしてその言葉を言った瞬間、ずっと塞き止めていた涙が、まるでダムが決壊したかのようにボロボロと一気に溢れだした。

するとそのとき、部屋の戸がスルスル…と静かに開かれた。……入ってきたのは善逸だった。泣いているところを見られてしまった。きっとまた罵倒されてしまう。見ないでほしい、どこかに行ってほしい、そんな醜い考えが心の中で渦巻く。善逸は耳が良いからこんなことを考えていたら分かってしまうというのに。それでも涙を止めることはできなかったし、そう思うことしかできない。今まで耐えてきた分が溢れだしてくるように感じた。だらしなく嗚咽を漏らし、涙をこぼしていく私をなぜか善逸は泣きそうな表情で見つめていた。なんで、善逸がそんな顔をするのさ。


「……ごめん。俺達が泣かせちゃったんだよね。俺達がいつもいつも納豆に酷いことばかり言うから。……素直になれなくてごめん。納豆を傷つけてばかりいてごめん。それに…………助けに行けなくて、ごめんね」


私の寝ているベッドに腰かけた善逸が私の頬に伝っていく涙を跡を優しく撫でる。その手つきはとても優しくて、温かくて、久しぶりに善逸の優しさに触れたような気がした。善逸の言葉はヒビの入っていた私の心にじんわりと染み込んでいき、ますます私の涙を誘ってきた。自己嫌悪で流していた涙とは違う涙がこぼれだす。それと同時に私の気持ちもこぼれだした。


「三人とも……っ、ひどいよ…!私のことなんて、仲間とすら思ってなかったの……?」
「違う、それは違うんだ納豆。俺たちは納豆のこと大事な仲間だって思ってるよ」
「ならなんで!!!私にあんなに冷たく接するの!?」
「そ、れは……」


面倒な女だと思われても構わなかった。ここまで来たらとことん本当のことを知りたいと思ったから。
私の問いかけに善逸は言いよどむ。その反応を見て、私の胸はヂクヂクと痛みだす。やっぱり私のことが嫌いだから冷たくするんだ。
また目から涙が一粒こぼれた時だった。部屋の戸が今度は勢いよくスパーンッと開かれたのだ。その音に驚いた私と善逸がほぼ同時に肩を揺らし、入り口の方に目を向けた。そこには炭治郎と伊之助が立っていた。二人は少し呼吸を乱していたため、さっきまで走っていたのかもしれない。善逸が「お前ら…」と小さく言葉をもらした。私は咄嗟に顔を背け、手遅れかもしれないが泣いているのを見られないようにした。覗き込まれてしまえば簡単に見られてしまうんだけど…。
ズカズカと近寄ってくる二人にびくびくしていると、炭治郎と伊之助はベッドのすぐ隣まで来た。二人は今、どんな表情をしているんだろう。どうしようもなくそれだけが気になった。でもここで二人の顔なんて見たら私の涙でぐちゃぐちゃの顔まで見られてしまうから絶対に見ないけどね。
頑なに三人の方を見ないでいると、炭治郎がぎこちなく話始めた。


「怪我の具合は……大丈夫か?」
「……うん」
「お、鬼が強かったんだってな。鎹鴉から聞いたよ」
「……そっか」


会話終了。気まずいったらありゃしない。炭治郎は私の薄い反応に撃沈したのかそれ以上は何も言ってこなかった。だがそのかわりに今度は伊之助がしゃべる番だった。


「お、おい」
「なに?」
「お前の……あの衣のやつ、残してあるからな」
「……別に食べても良かったのに」
「お、お前が任務に行く前に食べたそうな顔してたから、の、残してやったんだよ…」
「今は食欲無くて食べられないから、伊之助が食べていいよ」
「うっ…」


会話終了(二度目)。見事に伊之助も撃沈した。自分でもとんだ意地の悪い女だと思う。でも三人がしてきたことって言わばこういうことじゃん。たまには雑に扱われる立場になってみやがれ!!!
それは完全な腹いせで仕返しだった。けど私の対応に困惑する皆を見るのはちょっとだけスカッとした。炭治郎と伊之助はどうしよどうしよとなっているのに、善逸だけは来たときからほとんど変わらない表情のまま、ずっと私を見ていた。


「……納豆、さっきの質問の答えだけどさ、炭治郎と伊之助と俺の三人が揃ったから言うな」


いきなり、なんの助長もなく善逸がそんなことを言い出した。炭治郎と伊之助は何の事か分からず頭上に?を浮かべている。


「納豆からしたらふざけんなって思うかもしれないけど、俺達…………素直になれないんだ。納豆と一緒にいると」
「素直になれない……?」


炭治郎と伊之助はその善逸の言葉で何の事か察したのか、二人はごくりと唾を飲み込んだ。


「……嫌いなんかじゃない。むしろその反対。俺達…ダメなんだよ。納豆と居ると。楽しいし、癒されるし、心が落ち着くし。だから尚更無理なんだ……。俺、しんどいんだよ。納豆を見てると。心臓が痛くなって、呼吸も早くなる。こんなの納豆にバレたらカッコ悪くて嫌われるかもって思うと、長い時間納豆と一緒にいれなくなった」


善逸がそう言いきってまばたきをした途端、善逸の目にたまっていた涙がポロリとこぼれ落ちる。善逸のその言葉は、その本音は、私のポッカリと空いてしまった心の穴を塞いでいく。嫌われていない、むしろ好きなんだよと言葉にしてもらえたことが凄く嬉しかった。

だって私がどうしても善逸だけは許せなかった理由は私が善逸のことを好きだったから。

だから冷たくされるたびに心が冷えきって辛くて苦しくて、この痛みを怒りに変えてやり過ごすしか私に道は無かったのだ。そうでもしないと自分がおかしくなりそうだった。でもそれももう、どうだって良くなってしまった。こうして好きな人である善逸が真っ直ぐ私を見つめて本音を気持ちにしてくれた。その事実がどうしようもなく愛しくて。私も気を緩めたら「好きだよ」と言ってしまいそうなくらいフワフワとした高揚感に包まれた。
そんな私達の様子を見ていた炭治郎と伊之助が二人して顔を見合せ、決心したように頷くと「「納豆!!!」」と、私の名前を呼んだ。私は驚く。あの伊之助が、私の名前を間違えずに呼んだのだから。


「ほんっっとうにごめん!!俺は人としても長男としても許されないことをした!!!納豆が傷ついているのは分かっていたつもりなのに、自分が追い詰められるたびに納豆に冷たくして……本当に、本当にごめん!!!」
「お、俺も……悪かったぜ。今度からはあの衣のついたやつはちゃんと半分にして食うからな!!!!」

「炭治郎……伊之助……」


なんかもうどうでもいいかって思った。
謝ってくれたことが嬉しい。ちゃんと私が傷ついていたことに気づいてくれていたことに、私を見ていてくれたんだなという気がして更に嬉しくなった。
私は三人に「全部許す!!!」と、言った後思い切り抱きついた。ただ忘れてはいけないのが、私は重症人だったということ。折れた肋がその反動で痛みを訴え、私は「いでででで…!!」と身悶えた。三人は私の痛がる姿を見てギャーッ!?と絶叫するとアオイちゃーん!!!と叫びだしたり、私を急いで横にさせたりするなどして慌てていた。
この状況はまるで一年前の私達みたいで。昔の仲に戻れたみたいで、とても懐かしく思えた。















色々とわちゃわちゃし終わったあと、なんとなく空気を読んだ炭治郎と伊之助は部屋からいなくなった。残された私と善逸。静かになった空間だけど、気まずくはない。
むしろ二人が空気を読んでいなくなってくれてありがたかった。後でお礼を言わないと。

善逸は私の包帯を巻かれた腕を見つめている。



「……私が怪我したのは善逸達のせいじゃないからね?私がまだ弱かっただけだから」
「いや、少なからずは関係してるでしょ?分かるからね、そういうの。納豆は分かりやすいから」
「え、ほんと……?」
「うん。すぐに顔に出る」
「じゃあ音を聞くまでも無いね」
「そうだね。聞く前に分かっちゃうからな〜」
「あはは……お恥ずかしい……」


顔に熱が集まるのを感じ、俯く。善逸はそんな私を見て小さく笑うと「あのさ、」と優しく微笑みながら口を開いた。






「俺、納豆が好きだよ」






私の顔を善逸はじっ…と見つめてくる。
分かってる。どうせもう顔に出てるんでしょ?にやけてるのがバレバレだよ善逸。

答えなくて分かってるくせに、私の言葉を待つ辺り善逸は意地悪だ。



「私も好きだよ」



私は今、どんな顔をしているのかな。

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