こっち振り向け天然野郎

「カナヲは凄いなぁ〜。女の子なのに俺達より強くて尊敬するよ!」
「さようなら」
「カナヲは普段鬼を狩る時や鍛練の時に意識している事とかあるのか?」
「さようなら」
「また俺達と鍛練してほしいんだ!カナヲは強いから、見ていても勉強にもなるし!」
「……鍛練なら師範から一緒にやるよう言われれているからやるわ」
「やったーー!!ありがとうな、カナヲ!」
「お礼を言われることじゃないから」


私の30メートルほど先では縁側に隣同士で座った炭治郎とカナヲちゃんが仲睦まじそう(炭治郎が一方的)に話している。最近カナヲちゃんと炭治郎はよく二人で話すようになった。大半が炭治郎がカナヲちゃんに鍛練に付き合ってほしいとお願いしに行っているだけなんだけど……。そのお陰でなんだかカナヲちゃんも炭治郎と話すときだけ口数が増えるようになったし、離れた所から炭治郎をボーッと見つめている所も何度か目撃している。これはもう確実に……カナヲさん、炭治郎にホの字じゃないですか!?


生憎才能に恵まれず、呼吸を使うことができなかった私は剣士になることを諦め、代わりに隠になった。才能に恵まれた人達が死ぬほど羨ましく、妬ましいと精神的に荒れていた時期に私が出会ったのが炭治郎達。炭治郎達はとても才能に恵まれていた。特に蟲柱の継子であるカナヲちゃんは私達の中でも頭一つ分抜き出ており、同じ女の子なのにここまで差が出るなんてと彼女を見るたびに劣等感に襲われる。しかし、炭治郎はそんな私に「俺達がこうして鬼を斬る事ができるのは自分の力のお陰だけじゃないんだ。納豆達が居るから怪我をしてもまた前線に立ち続けることができる。俺はとても感謝しているよ」と。その言葉は精神的に弱っていた私を泣かせるのには十分すぎて、ほぼ初対面にも関わらず炭治郎の前でボロ泣きしてしまったのは良い思い出。そのときから私は竈門炭治郎という天然人たらし男に惚れている。炭治郎はその優しすぎる心を持つゆえに、私のように悩みを抱えている人達に優しい言葉をかけていき、これまで沢山の人達から感謝されてきた。その中には私同様に炭治郎に惚れてしまう女の子もしばしば……。今お世話になっている蝶屋敷にいるアオイちゃんもその一人なのではないかと密かに疑っている。……そして恐らく、カナヲちゃんも。


私はお世話にも絶世の美女!とは言えない。わりと平凡な顔立ちで、善逸と最初に会ったときも「そこの素朴な顔立ちの女の子!!俺と結婚してくれぇええ!」と、言われてしまい実は今でも結構その出来事は引きずっている。対してアオイちゃんやカナヲちゃんは大半の男の子が「可愛い」と称する顔立ち。私とはまず容姿から大きく差が開いている。一度その顔に生まれてしまったら一生その顔で生きていかなくてはならないということは分かっているのだけれど、この時ばかりは私をこの顔立ちに生んだ母親とその遺伝子を持っている父親を深く恨んだ。


「……それは炭治郎だって、可愛い女の子のほうが良いよね」


自分で口に出しておいてなんだが、かなり傷ついた。私だってもっと人に誇れる才能が欲しかった。人前に自信をもって出れる顔に生まれたかった。無い物ねだりをしても仕方がないけど、私のような人間はこうやって吐き出していかないと自己嫌悪で押し潰されてしまう。
私に才能があったら炭治郎と一緒に鍛練が出来たのに。カナヲちゃんの立場が私になっていたかもしれないのに。才能が無いのなら他をもっと良くして欲しかった。実力もなくて可愛くもない、さらに人を妬んでばかりの汚い心を持つ私は誰かに好かれる筈もない。炭治郎は鼻が良いから、私がどれほど醜い考えを持っているか分かっているはず。だけど優しい炭治郎はいつも優しい笑顔を浮かべて、優しく接してくれるんだ。そんな所にまた惹かれてしまう。いっそのこと、冷たく突き放してくれれば諦めもつくというのに。

誰も見ていないのをいいことに、私は声を押し殺して静かに涙をこぼす。私なんかには最初から勝ち目なんてない。早く諦めたほうが悲しまずに済む。
炭治郎はカナヲちゃんと接するとき、カナヲちゃんが話すと炭治郎はとても嬉しそうに笑うんだ。きっとそれは、炭治郎がカナヲちゃんのことを…………。


「私の方が……っ、先に好きになったのに……!」
どうして、カナヲちゃんなんだろう。


こういう時に炭治郎が泣いている私を見つけて駆け寄ってきて、私が想いを告げて実は炭治郎も私の事が好きでしたーって言ってくれてのハッピーエンドが起こったら良いのに。

現実はそんな夢みたいなことは起きなくて、私はたった一人で寂しく涙をこぼすだけ。

遠くで、炭治郎の楽しそうな笑い声が聞こえた。











「ねえ……最近調子悪そうだけど、大丈夫?」


そう尋ねてきたのは善逸。鍛練が一区切りつき、休憩中の彼らに腹ごしらえのおにぎりを持っていったとき、私の顔色を見た善逸が心配そうにしている。炭治郎は伊之助に絡まれて少し離れたところでじゃれあっている。カナヲちゃんは私達から離れた場所で蝶と戯れているようだ。そんな姿も絵になるのだから羨ましい。
私は善逸に「寝不足なだけだから大丈夫」と、言いすぐに立ち去ろうとする。……炭治郎を見ていたら泣いてしまいそうだったから。
しかし善逸は顔をしかめると、私の耳元で「本当は炭治郎が関わってるんでしょ?」と呟いた。それが図星だった私は「あ、えっと…」と歯切れの悪い返答しかできない。善逸はそんな私の様子を見て更に悲しそうに顔を歪める。どういう気持ちで善逸がそんな顔をしているのかが分からなかった。想いの実らない私に同情でもしているのか。善逸自身、玉砕ばかり繰り返している人だから私の気持ちが痛いほど分かるのかな。


「後でちょっと話さない?」
「……いいよ」
「じゃあ鍛練が終わったら納豆ちゃんの部屋に行くから」
「分かった。待ってるね」


それだけ会話をして、今度こそ私はその場を立ち去った。
────立ち去る私の後ろ姿を炭治郎が何か言いたげな表情で見つめていることには気がつかずに。










「あーー……やっぱり炭治郎が好きなんだ」
「うん…。でも炭治郎はカナヲちゃんが好きみたいだし。さすがに諦めようとしてる」


鍛練を終えた善逸が私の部屋に来た。お茶を出した私は、現在進行形で善逸と失恋(仮)しました話をしている。


「炭治郎がカナヲちゃんを……?」
「うん」
「それ、本人に聞いたの?」
「いや……聞いてはいないんだけど……」
「じゃあまだそうとは限らないじゃん」
「でも炭治郎…カナヲちゃんと話してるとき、凄く嬉しそうなの。楽しいとかじゃなくて嬉しそう。その差ってかなり大きいでしょ?」
「まあ……確かに」
「だからもう無理だよーーー。素直に諦めて次の好きな人を探すよ」
「納豆ちゃん……」


机に突っ伏す私を見て、善逸は何か言いたそうにするも、それは言えないことなのかすんでの所でそれをのみ込む。


「……まだ諦めるのには早いんじゃない?」
「逆に言えば早めに諦めたほうが心の傷も浅く済むからね」
「っ、もうちょっと頑張ってみようよ!!」


善逸が机をバンッと叩いて反対側に座る私の方へ身を乗り出してきた。その勢いに私は押されてしまう。善逸は歯を食い縛り、私に何と言おうか考えている様子。どうして善逸がそこまで本気になるのか、分からない。善逸には全く関係の無い話なのに。人の恋愛をここまで応援するような人には見えないけど、案外熱いところもあるんだ。


「……炭治郎じゃなくて善逸を好きになってたらこんなに悩むことも無かったのにな」
「待ってそれ遠回しに俺はモテてないって言いたいの?」
「あれれ、バレたちゃった?」
「処す」
「許して」


そんなに本気になられるとこっちまで諦められなさそうになってしまうから、それを恐れた私は無理矢理話を逸らした。善逸は私が話を逸らしたことに気づいたみたいだけど、やっぱり悲しい表情をするだけで特に口は挟んでこなかった。
ダメだって分かってることをやるのは無理なタイプなんだよね、私って。……ごめん善逸。

善逸は長い沈黙の間何かを考え込んでいた。













「やあ、久しぶりだな納豆!」
「た、んじろう……」


あれから数日経った日、私は善逸の手によって炭治郎と意図的に会わせられてしまったようだ。「この日のこの時間にあそこに来て」と善逸本人に言われてその通りに来たらそこにいたのは炭治郎一人。どういうことかな善逸君よぉ……。もしかしてあの時考え込んでいたことって……このこと??

炭治郎は相変わらず屈曲の無い笑顔を浮かべていた。
私はこの数日間で頑張って心の整理をした。炭治郎への想いを消すために仕事に没頭して元からの趣味に打ち込んだ。気をまぎらわせる為に。その甲斐あって炭治郎とカナヲちゃんが一緒にいるところを見ても何も思わずにいられる境地にまで達した。もしかしたら、炭治郎に恋をすることを止められたのかもしれない。だから今、炭治郎を見てもドキドキしたりしない。ただ気まずいだけ。


「最近あまり話せていなかったから話せて良かったよ」
「そうだね。ずっと話してなかったもんね」
「納豆はここ最近善逸と仲良さそうだったしなぁ」
「…………炭治郎はカナヲちゃんと仲良いよね」


炭治郎の言葉一つ一つが思わせ振りに思えてならない。どうして人があなたのことを忘れようとしているときに、そんな言葉をかけるのか。カナヲちゃんやアオイちゃんにも似たようなことを言っているんだろうけど。お願いだから私の心を掻き乱さないでほしい。そっとしておいてほしいのに、離れていてほしいのに。……炭治郎はズルい。一緒に居て欲しいときだけ他の女の子と居て、離れてほしいときにこうやって近寄ってくるんだもん。
ここまで来るとわざとやっているようにしか思えないって。


「カナヲと仲よさそうに見えるのか!?」
「うん。かなりね」
「そっかあ〜〜!!!良かったーー!」
「……っ」


グサリ。
胸に棘が刺さったような感覚。今日初めて、心臓が炭治郎に反応した。
好きな子と仲良さそうなんて言われたら嬉しいに決まってるよね。私だって炭治郎と仲いいねって言われたら嬉しくなるもん。仕方がないよ。……仕方がないんだから。
自分の好きな人のことを応援してあげようよ私。好きなのにどうしてそれができないの?好きな人の気持ちを優先させてあげるだけなのに。私を選んでって、離れていかないでよって心が喚くのだ。恋って本当に面倒くさい。

また、泣いてしまいそうになった。





「カナヲは元々自分の意思では話してはくれなかったから、カナヲの成長が見れて俺は凄く嬉しい!禰豆子が小さかった時のことを思い出すな〜」

「…………え?」

「禰豆子も小さい頃は人見知りで口数が多い方じゃ無かったんだよ。だけど歳を重ねるごとにちゃんとしていって……。思い出すだけで泣けてくるなあ……」

「あ、い、妹……?」

「??禰豆子は俺の妹だ。納豆も知っているだろう?」


いやそれは知っているけども!!!
私が反応したのはそこじゃなかった。


「……そっか、『成長』に『妹』かぁ……」
「どうしたんだ納豆?」
「いやなんでもないの!」


私は咄嗟に炭治郎に背を向ける。そしてニヤァ〜と上がる口角を両手で頬ごと押さえた。
炭治郎がカナヲちゃんと接して『嬉しそう』にしていたのは、禰豆子ちゃんの幼少期を思い出したり、カナヲちゃんの成長が見れたからだったんだ……!ということは炭治郎は……。


────好きな人はいない?


その事実に至った瞬間、私の中で抑えに抑え込んでいた炭治郎への想いが再びその姿を現した。



「カナヲの成長を見れたのは良かったけど、最近はカナヲと鍛練することが多かったから納豆と話せなかったのは寂しかったな……」
「ほ、本当……?」
「あぁ、本当だよ!だって俺は納豆のことが…………あっ」


しまった、という表情で炭治郎が慌てて口を手で塞ぐ。次第に炭治郎の顔が少しずつ赤くなっていく。


「えっ、あの、たっ、炭治郎さん……?」
「な、なんでもないから!!!」
「いやでもあの今何か言いかけてましたよね???」
「なにも言いかけてない!!!」
「え、でも今俺は納豆のことがーみたいなこと言ってませんでしたか?」
「オレハ ナニモ イッテナイデス」


まるでりんごのように顔を赤くした炭治郎が私から逃げようと早足で歩き出す。私はその炭治郎の後ろをピッタリとついて追いかける。
そして炭治郎からさっきの言葉の続きを聞こうと何度も同じ言葉を繰り返す。


ねえ、炭治郎。
そんな顔されたら期待しちゃうよ、私。












「あ"ーーもう!!!」



「俺は納豆のことが好─────……」


















「良かったな。炭治郎、納豆ちゃん」

二人のすぐ近くで善逸が全て見ていたことを知る者はいない。


彼は全てを知っていた

TOP