孤独な娘が預けた背中は

仲のいい家族の中にいきなり知らない人間が入ってきたら年頃の子供達はビックリして、きっと私を受け入れられない。……そう、思っていたのに。

「ねーねー! 花子、お姉ちゃんのこと“納豆お姉ちゃん”って呼んでもいーい!?」
「あ、僕もー! だから納豆姉ちゃんは僕のことは茂って呼んでね!」
「お前らあんまり騒ぎすぎるなよ。その……納豆姉ちゃんが……お、驚くだろ……」

予想は良い意味で完全に裏切られることとなった。竈門竹雄君達もとい、竹雄君達は家に帰ってくると椅子に座っている私の姿を見るなり目を輝かせながら「わあ!」と歓喜の声をあげてパタパタと私の周りに群がって来たのだ。竹雄君達の少し後ろには末っ子の六太君を抱いた葵枝さんが微笑ましそうに私達を見つめながら立っている。そんな葵枝さんに近づいて行ったのは炭治郎さんと禰豆子ちゃん。三人で何やら嬉しそうに話し込むと、三人とも似たような表情で微笑む。さすが家族というだけのことはあり、その顔は本当に皆そっくり。
……なんで、この子達はこんなに容易く私を受け入れてくれるんだろう。ちっとも分からないや…。
どうやら私は不安が表情に出てしまっていたらしく、私を取り囲んでいた花子ちゃんと茂君と竹雄君は顔を見合わせると、困ったような表情を浮かべる。

「……納豆お姉ちゃん、ここが怖い? それとも私達が、怖い……?」

花子ちゃんがしゅん…と眉を下げて寂しそうな声を出す。私は花子ちゃんの言葉に、ドキッと心臓が一際強く鼓動した。
……なんとなく、図星だった。私にとって全く知らない場所であるここは怖いし、今日あってばかりの炭治郎さん達も怖い。私にとっても、世間一般の人からしても、これは仕方の無いことだと思うし、むしろこのような状況下で「怖くない」と言えるような人は中々居ないはず。もし居たとしてもその人は“受け入れられる人”なんかじゃなくて、“本当の独りを知らない人”。
私は助けを求めるように炭治郎さん達に視線を移すと、彼らはほんの少し、少しだけ、悲しげに歪んだ。

「花子たちね、お父さんからずっと言われてきたことがあるの。“人に優しく接する事ができる人間は、本当の意味で自分にも優しくなれる”って!」
「だから僕たち、納豆姉ちゃんともっと仲良くなりたい!」
「……でも、ただ親父に言われたから仕方がなく納豆姉ちゃんに付き合うわけじゃねぇから」

竹雄君はちょっぴり気恥しそうに視線を逸らすが、花子ちゃんと茂君はキラキラとした純粋な瞳で私を見上げてくる。その一切の翳りのない目を見て、私はこの家族に自分を預けてみたいと思ってしまった。
もし、もしも、もしもの話。今は無理でも、いつかの私が本当に竈門家の人達を心の底から“家族”だと思える日が来たのならーーそれはきっと心の底から喜ばしい事だから。そのときこそは私も、本気でこの子達と向き合えるようになるのかな。
“家族”という言葉を連想してしまうと、亡くなった両親との忘れられない数えきれない程の楽しい思い出や苦い思い出が頭の中を駆け巡って行く。今思い出したのは、昔小さな事で私が怒ってしまいお父さんに対して「もうお父さんの顔も見たくない!」といってしまった時のことを思い出した。あの時は何故かそんな暴言を吐いた側である私が大泣きして、苦笑するお父さんに抱きしめられながら「もういいよ、納豆」と、あやされた。



「一度吐いてしまった言葉はな、もう二度と取り消すことなんてできないんだ。納豆は正直者だから顔を見れば嘘だってすぐに分かるけど、世の中にはその言葉一つで傷つく人が沢山いる。人間誰しも間違いはあるから、どこかで必ず一度は誰かを傷つけてしまうこともあるだろう。だけど肝心なのはその後だぞ、納豆。傷つけてしまった相手に対して誠意を持って謝れるかが大事だ」

「……うん。お父さん、ごめんなさい……」

「よし! よく謝れたな、偉いぞー!




そう言って頭を撫でてお父さんの手はとても暖かかった。お父さんはお金や権力よりも、純粋な人との繋がりを大事にする人だった。人との関わり方でお父さんから教えてもらった事は少なくはない。そんなお父さんがほぼ毎日口癖のように言っていた言葉がある。

「…………明確な悪意を持って人と接してはいけない、か…」
「納豆お姉ちゃん、今何か言ったー?」
「ううん。何でもないよ」

竈門家のお父さんは、私のお父さんと似たような人だったのかもしれない。仲が良かったと言うくらいなのだから、思考が似通っていた者同士で付き合いが増えて行ったということも大いに有り得る。だとしたら、そんな竈門家のお父さんに育てられてきたこの子達もまた、似たような思考を持っているかも。私がお父さんに色んな事を教わったように、この子達も実のお父さんから色んな事を教わったはず。もし、本当にそうだとしたら私は本当の意味でこの家族に溶け込めるようになるのかもしれない。
まだ両親が亡くなってからほんの僅かしか日が経っていないけれど、それでも人の温かさを忘れそうになることもあった。だけど私はまだ人の温かさを忘れたくない。お父さんが大事にしてきた気持ちは、私も大事にしていきたいんだ。……この耳飾りと、同じように。
私の気持ちに応えるかのように耳飾りがカランッと音を立てて揺れた。
ーーねぇ、お父さん、お母さん。もしも私が「頑張る」って言ったら、ちゃんと見守っててくれる?
私が何をするにしてもいつも優しく見守っていてくれたお父さんとお母さんの姿を思い出す。……あれだけ私を見守っててくれたお父さんとお母さんが今更私を見放すなんてこと、ありえないか。そう思うと自然と口角がつり上がっていた。

TOP