嘘でもつかなきゃ口寂しい
︎︎翌日は二日酔いも何も無く、本当にいつも通りの業務をこなしていた。昨日のアレがまるで夢の様だ。とは言え今日食べる予定だった朝食のパンが無い事で、夢じゃないのだと分かるのだが。なんて思っていると、同僚が横から顔を出してくる。
「あれ? ︎︎珍しいね、今日はパンじゃなくておにぎり?」
「ちょっとね、それより変わってること良く気付いたね」
「毎日齧らせて貰ってるから」
︎︎確かにそうだ。彼女は毎朝一口だけ私のパンを齧っている。既に習慣となって居たので何とも思っていなかったのだが、そう言えばそうだったなと思い出す。ついでご飯を咀嚼していると、彼女は私の顔を少し覗き込みながら問いを投げた。
「今日の仕事は長引きそうなんだけど、ナマエは昼食どうするの?」
「私? ︎︎私は今日外食しようかな、久々に外で食べたいし」
「ふーん。あ、ならさフラペチーノ買って来てよ。新作が出たらしくてさ〜!」
「……いいけど、時間あったらね」
「やった、楽しみにしとく」
︎︎それだけ言うと同僚は自分のデスクへと戻って行った。その様子を見ながらも、私は残りのおにぎりを食べきったのだ。
〇
︎︎時は過ぎてお昼時。私は仕事を一旦切り上げて外に出ていた。本当なら同僚と社員食堂で食べても良かったのだが、今日は外で食べたい気分だったので外へと出たのである。とは言えお昼時、どこもかしこも人でいっぱいで私は眉を下げる。
「どこへ行こう」
︎︎外食すると決めたまでは良かったのだが、その後のことなんて一切考えていなかった。失敗したな、正直に社員食堂で食べとけば良かったかも。それか予約でもしておけば良かったな、なんて思いながら街を歩く。その最中だった。ふと道の端に人集りが出来ているのを見つけた。何だと思いながら少しその人集りに寄ると、その人集りの中心部に見知った人の姿があったのだ。
「あれ?」
︎︎疑問符を浮かべながら私は群衆の和に入る。そして中心部を見てみると ――そこには昨日出会ったあの田中さんいた。よく見ると田中さんは笑みを浮かべながら白い外套を脱いでいる。
︎︎外套を脱いだ彼は至って普通の洋装をしていた。それこそ、その辺を歩いているサラリーマンと何ら変わりは無い。しかし動きや観客を集めるその力はマジシャンと同じであった。彼はこの群衆をぐるっと見渡した後、すぅと息を吸う。
「さぁさぁ、紳士淑女の皆様。これからご覧にいれますのはそう! ︎︎魔法です!」
「魔法……」
︎︎黒い手袋をはめながら魔法と言い放った彼は、どこからか帽子を取り出した。あれは昨日見せて貰った帽子と同じだ、なんて思っていると帽子の空洞部分に手を入れ始める。もしかして鳥を出すのだろうか、昨日みたいに。そうひとりでにワクワクしていると彼は笑みを浮かべてカウントを始めた。
「スリー、ツー、ワン」
︎︎ワンと言う言葉と同時に引き抜かれた腕。その腕の先には綺麗な花束があった。あれは何と言う花なんだろう。鮮やかな赤に黄色、紫の花だってある。しかもそのどれもが珍しく、私の目を奪うにはそれだけで充分であった。
︎︎そうして花に目を引かれていると、彼はその花束を優しく掴んで上に放り投げたのだ。投げられた花束はある程度上昇したあと、重力に負けてゆっくり落ちてくる。その落ちてくる花をじぃっと見つめていると、一瞬の内――本当に一瞬の内に花が白いマントに変化してしまったのだ。
「凄い」
「ではここで、助っ人を頼みましょーう!」
︎︎と、私が“魔法”に感心している時だった。彼がそう言って観客の方に近付いて来たのである。かと思えば人々を吟味するかの様に見つめたあと。私が立っている位置に目を向け直したのだ。
「誰にしようか――あ」
︎︎ 「あ」と彼が言った瞬間、確かに目が合った。その刹那である。彼は私の所に早足で近寄り、手を出して群衆に向け言葉を投げかけた。
「そこのスーツを羽織った女性、あの方に助っ人を頼みます!」
「私、ですか?」
「そう! ︎︎君だ」
︎︎指名されて人々の目が一斉にこちらへと集まる。どうしよう、こう言うのあまり慣れてないんだけどな。そうは思うものの断る事も出来ず、私はゆっくりと中心部の方へ歩みはじめる。と、半分まで来た時だろうか。マジシャンの彼が私の手を優しく取り、一気に中心部へと導いて来たのだ。
︎︎突然導かれた私は目を見開き、彼を見つめた。すると彼は目を細めたあと、一点を指差して小声で言葉を放ったのである。
「君はこのまま、真っ直ぐ前を見ていて」
「は、はい」
︎︎言われた通り真っ直ぐただ一点だけを見つめる。人々の視線、街中の音。普段意識することの無い部分を意識してしまい私の心臓は高鳴った。こんなに沢山の人に見られるの、学生ぶりかな。なんて過去の思い出を記憶から引っ張りだそうとしていると、彼は私よりも数歩前に出て観客に一礼したのだ。
「それではこの女性を良くご覧下さい」
︎︎彼の言葉と同時に観客の少しまばらだった視線が一気にこちらへ集まる。小さな子供の目から大人の目まで全ての瞳が私に向けられており、私は一瞬緊張する。けれども直ぐに緊張の糸は解け――後に来たのは今まで感じた事の無い爽快感であった。
「スリー、ツー、ワン」
︎︎カウントダウンが辺りに響き、私は何かされるのでは無いかと思って目を瞑ってしまう。けれどカウントダウンから数秒しても身体に異変は無く、変だなと思い始めた頃に私はゆっくりと目を開いたのだ。
「えっ」
︎︎目を開くと眼前の景色は変わっていた。あれだけ居た群衆は一人も居らず、更には先程よりも視界が開けている。不思議に思って辺りを見てみると、そこはどこかの屋上の様だった。何となく見慣れた風景であるから、そこまで遠くは無いだろう。なんて思っていると背後から声が聞こえてきた。
「やぁやぁ昨日ぶり、また会えたね」
「田中さん! ︎︎まさか会えるとは思っていませんでした」
︎︎マジシャンの彼に声を掛けると、彼は笑みを浮かべて言葉を放った。それに対し私は辺りを見渡した後。最初に気になった事を口にしたのである。
「マジック素敵でした! ︎︎でも、何故あんな所で?」
︎︎あの場所は普通の歩道で、昼時になると人は多少多くなる。だが大通りと言う訳でも無いので、客足を伸ばすには不向きな場所でもあった。彼のマジックなら大通りでした方が映えるだろう。そう言う疑問が脳裏を過ぎった為質問すると、彼は数秒考えた後口を動かした。
「情報収集の為のマジックさ」
「情報収集?」
「簡単に言うなら、行方知れずの人を探す為!」
「えっ。行方不明の方がいらっしゃるんですか!?」
︎︎私が反応すると彼は「正解」と言って懐から何かを取り出す。取り出した何かの正体は直ぐに分かった、写真だ。人物の映った写真を彼は出してきたのだ。
「参考画像はコレ! 君、見たことある?」
︎︎出された写真を見てみると、そこには一人の男性が映っていた。白黒なので分かりにくいが、恐らく左右の髪が違う色だ。また中性的な見た目をしており、身長は一般よりも少し高いくらいだろう。雰囲気的にも海外の人なのだろうが、残念な事に心当たりは無かった。
「凄く特徴的な方ですね……ですがすみません、見た事ないと思います」
「そっか、残念!」
「お役に立てず申し訳無いです」
︎︎眉を下げて謝ると、彼は懐に写真をしまった。かと思えば、いつの間にやら羽織っていた白い外套を靡かせて、 一歩後ろへと下がる。――あ、彼帰るつもりだ。瞬間的にそう感じた私は慌てて彼を引き止めたのだ。
「さっきの方、私の方でも探しておきますね。所でなんですが田中さんこの後のお時間暇ですか?」
「暇だけど、どうして?」
「あ、えっと……ご飯でもどうかなって。マジックも体験させて貰いましたし」
︎︎口から出たでまかせとはまた違う気がするが、まぁ似たような物だろう。なんて思いつつ言葉を紡ぐ。どうしてこんな行動を取ったのか何て分からなかった。けれどどうしても彼を帰したくなくて、引き留めたくて、食事の誘いをしてしまったのだ。けれど迷惑だっただろうか。そう不安に感じていると、彼は一歩前に出てきたのである。
「うーーん。いいよ」
︎︎ほぼ二言返事で了承してくれた彼に私は内心ガッツポーズを作る。そうしてガッツポーズを作りつつも、今度は何を食べるか考え始めるのだ。
︎︎彼は何が好きだろうか。昨日はパンを渡したら持って帰ってくれたから、きっとパンは食べれるのだろう。とは言えパンだけだと情報足りなさすぎる。故に私は質問を投げ掛けたのだ。
「田中さんは何が食べたいですか?」
「ではここで問題です! ︎︎私は何が食べたいでしょーか!」
︎︎まさか問題形式で質問返しをされるとは思っておらず、つい「えっ」と言葉を出してしまう。しかしすぐに気を取り直してクルクルと思考を巡らせるのだ。けれど人の食べたいものなんて分かる筈も無く、私は適当に思いついた食べ物を言い放った。
「うーん……そうですね、パスタとかですか?」
「ならパスタを食べよう!」
「えっ、あの、問題の正解は?」
「無い! 君が放った言葉が正解だ」
︎︎予想の斜めを行く回答に少し面を食らってしまうが、そこが彼の良いところ――マジシャンらしい所だと思い直して私は記憶を呼び起こす。パスタなら最近評判の美味しいお店があった筈だ。そこへ行こう。そう思考を纏めた私は彼を見据え、息を吐いた。
「そう、ですか。分かりました。パスタなら良い店を知っていますから、そこへ行きましょう」
︎︎告げると彼は頷いた後、身に付けていたマントと帽子をマジックによって一瞬で消したのだ。それを見つめていた私は再度凄いと思いつつ、パスタ屋さんへと行くために足を進める。が、すぐにその足は止まった。
︎︎――そう言えばここ、どこなんだろう。会話していた事で全く考えていなかったが、良く考えてみると私は彼のマジックでここに飛ばされた。だから帰り方なんて分からなかったのである。その事を伝えるため振り向くと、“至って普通の格好”をした彼が私を見据えていた。
「すみません、ここどこなんでしょうか?」
「さて、ここはどこでしょう!」
「……分かりません」
︎︎彼から放たれた質問に、私は数秒間を置いて答える。すると彼は面白くなさそうな顔をして、先程しまった筈のマントを取り出したのだ。
「目をゆっくりと閉じて」
「は、はい」
︎︎言われて私はゆっくり目を閉じる。ついで動くことなく待っていると、不意に群衆の声が大きくなったのだ。それに反応して目を開けるとそこはどこかのビル上などでは無く、ちゃんとした地面だった。
「あ」
「さぁ行こう」
︎︎背後から彼の声が聞こえ、私はこくりと頷く。――マジック披露してくれるなら、こっそり目を開けておけば良かったな。なんて思いつつ約束通りパスタを食べるため、私は周りを確認してから歩き始めるのだ。