茜色に染まるとき




「…ねえ、君。何してるの」



茜色に染まるとき



ある日、オレが自室でくつろごうと思っていた夕刻のこと。魔導兵の開発状況についての報告を受け戻ってきたら、知らない人物がそこにいた。
扉を開けた瞬間、静まり返り視線が交わる。流石のオレも少し驚いた。

「…どうも」
「うん。で、何してるの」
「…掃除ですかね」
「何で引き出し開けてるの」
「…掃除ですかね」
「何で極秘資料持ってるの」

明らかに怪しいその少女はそこそこ重要なファイリングされた書類を手にしていた。
暗い室内で、少女の姿はよく見えないが、掃除のおばちゃんではないことだけは確かだ。

「…整理しておこうかと」
「そう、ありがとう。じゃあちょっと話しようか」
「…いや。お邪魔でしょうし、帰ります」

ササッと資料を元あった場所に戻し引き出しを閉め、挙動不審になりながらこちらへ歩いてくる。
オレに会釈をし、普通に自然に出ていこうとしていた。

「お疲れ様。…って、帰すと思うんだ」

通り過ぎようとした腕を掴むと少女は壊れた機械の様に首を回しオレを見た。間近で映ったその瞳には意外にも動揺はなく。奥では強い意志が宿っていた。

「…どうやらただの盗人ではないようだ」
「…」

少女が目を瞑った。
その静けさに漂う雰囲気は張り詰めていて、オレは本当に少しだけ、警戒心を強めた。

「   」

少女が、何か言った。それと同時に空いていた方の手が素早く振り上げられた。
腕を掴んでいたはずの手に鈍痛を感じ、そこに視線を向ける。
深い傷跡があった。力が入らず腕が下がる。靭帯を切られたようだ。

「…これはびっくり」
「殺すつもりはない。抵抗しなければこのまま立ち去ろう」

刀を構えたまま、扉の前に立つオレを見ている。
その視線がゆっくりと下へ降りていく。そして、少し、目が見開かれた。

「な…」
「ああ、見られちゃった」
「傷、が…治って、いる、だと…」

オレの中の闇が蠢いているのを感じる。それは不快感を伴い、肩で腕を回しその気持ち悪さを紛らわした。

「さっき、殺すつもりはないって言ってたけど、むしろ殺せるなら殺してほしいよ」
「…」
「ははっ、冗談冗談。何されてもオレ死なないから」

少女の足が一歩、後退した。人は恐怖を感じるとそこから少しでも離れようとする。それはこの少女も同じなようだ。

「君は他国の人間かな。ルシスのスパイとかだったりするの」
「…いや」
「ふーん。じゃあなに、帝国の人間なの」
「…いや」
「じゃあ、アコルドか、旧テネブラエってことになるよね」
「…いや」
「ああ、言わない気ね」

こんな状況でも屈しないその態度にオレは自分の感情が高まっているのを感じた。

「じゃあ言ってもらうよ」
「…それ以上近付けば刺す」
「見たでしょ。オレそういうの効かないからさ」
「果たしてそうだろうか」

少女の言葉に反射的に眉が動いた。何が言いたいのかはさっぱりわからない。オレは斬られようとも刺されようとも木っ端微塵にされようとも、死なない。必ず目を覚ます。それは確実なのに。

「痛みはあるんだろう」

予想外の発言に笑みを解いてしまった。痛みを感じた素振りなど、見せなかったはずなのに。

「隠したつもりかもしれないが、僅かに筋肉が動いていた。痛みを反射的に表現したんだろう」
「…へえ。よく見てるね」
「危険な状況に置かれれば置かれるほど相手を観察し、隙を突きにいかなければならないからな」

齢18,9の少女だろうに、しっかりしていることに感心してしまう。なかなかの手練れもいたものだ。

「でも他の人よりは痛みにも鈍いと思うよ」
「そうだろうな」
「君がオレを切り刻む間にオレは君を捕らえられるよ」
「そうだろうな」
「諦めなよ」

無駄に時間を取るのももったいない。早めに投降してもらい、楽しい話し合いといこうじゃないか。

「…」

それでも少女の顔付きは変わらず、オレの隙を伺っているように思えた。斬りかかってくるとわかれば対処するのも容易い。もう少女の勝ちはない。

「もういいでしょ。逃れる術なんてないからさ」
「残念だな」
「そうだねえ」
「ああ。本当に、残念だな。…おまえが」

その発言と同時に、眩しさで目を開けていられないほどの閃光が周囲に走った。
ああ、やられた。瞬時にオレは理解した。彼女の狙いを。
彼女は『痛み』の発言により、オレの注意をそちらに寄せた。まんまと乗せられオレは刀の動きを見ていた。
狙いは違った。
それは周到に用意された閃光弾のタイミング、だった。
彼女は軽装でそんなもの隠せないと直感的に脳は判断する。それを逆手に取っての行動だ。

「…まさか時限式の閃光弾を、しかも複数忍ばせておいていたとは」

開けた視界に人影はなく、割られた窓から吹き込んだ風により書類が散らばっていた。
そこから差す夕日が容赦なくオレを照らす。生暖かい空気が漂い、それはオレをなぞるように過ぎていく。彼女の残り香が鼻を抜けた。
傷が治り、動かせるようになった手を見る。つい先程までそこにあった温もりを思い出す。細く、か弱そうな少女。力を込めたら簡単に折れそうな、そんな腕だった。
なのに、消えないその感覚が、彼女の底知れぬ強さを表しているかのようで。
気が付けばオレは口角を上げていた。

「忘れないよ、君の顔。また会うときは、オレも少し本気を出そうか」

名前を聞いておけば良かった。そんな後悔を僅かに抱きながら、いつか来るだろうその日を楽しみにした。



茜色に染まるとき
(無関心な世界に色を見た気がした)