Moon Fragrance

あの夢と同じに



 ルーファウスくんはこの後の後夜祭の準備で生徒会の仕事に行ってしまった。理由なんて聞けずに、私はいそいそと制服に着替えて教室を後にする。皆は後夜祭へと行くみたいだけれど、特に楽しみがあるわけでもなく学園の門を出ようとしたところで呼び止められた。

「なまえ、待ってくれ!」
「ルーファウスくん? お疲れ様。どうしたの?」

 私は平静を装って、なんでもなかったと言うように聞いた。
 
「ああ、お疲れ様。何か予定があるのか?」
「ううん。ないけれど」
「それなら少し付き合ってほしいところがある」

 そう言って私の手を引いていくルーファウスくん。向かった先は学園の時計塔だった。灯りのともっていない階段を、ルーファウスくんが私の足下をわざわざケータイのライトで照らしてくれながら登っていく。
 少し躊躇っているのが伝わったのか、閉じ込めはしないから安心しろと笑われた。それに和んでちゃんと大人しくついていく。
 鐘のある部屋までたどり着くと、日の暮れた校庭の方ではキャンプファイヤーが煌々と燃えていた。みんなその周りで思い思いに過ごしているのが見える。やっぱり行くだけ行けばよかったかなと考えていたら、ルーファウス君が口を開いた。

「夢の中で会ったことは?」
「え? 劇ならもう……」

 終わったよと笑って言いかけると、真剣な顔でまた言った。

「夢の中で会ったことはないか?」
「ゆめ?」
「子供の頃から同じ夢を見ていた。こんなことを話せば笑われるかもしれない。その中に1人の女性が出てくる。緑が生い茂り、花が咲き乱れる森を2人で話しながら散歩するんだ」
「歌ったり、手を繋いだり、一緒に馬に乗ったり? その人は日が暮れる前に森の奥の小さなお家に帰った?」

 続きを話すように聞き返すと彼の切れ長の目が大きく見開かれた。その目には驚きと、少しの喜びが滲んで見えた。

「ああ、そうだった。いつも決まった頃に、するりと逃げて帰ってしまった」
「いつも次の約束は?」
「「できなかった」」
 
 同時に言って揃って驚く。
 私を捕らえる彼の目に、私の後ろに見えるキャンプファイヤーの炎が綺麗に映っている。私の見る夢と同じ。でも、そんなことってあるの?

「子供ながらに、その相手がとても愛おしい相手なのだと感じていた。去年、キミが転校してきたとき、その相手がキミだと確信した」

 話したことなど無いのに不思議だと彼は言った。本当に不思議だった。確信までは行かなかったけれど、ルーファウスくんの青い瞳が夢のその人ならいいと思ったことは何度もあった。
 
「ルーファウスくんと同じ夢を見ていたの。人に話すと絵本の読み過ぎだって笑われた。まさか同じ夢を見ていた人がいるなんて」
「俺も思わなかった」
 
 ルーファウスくんは一度大きく息を吸った。そして左胸につけていた学年章のピンズを外して私に手渡す。その学年章の裏にはわざわざ小さく、各々持ち主の名前が彫られている。

「夢を信じていたんだ。ここのジンクスを信じてみてもいいかもしれない。あの夢のように、楽しく話しながら俺の隣を歩いてほしい」

 もちろんその学年章のピンズの裏には、Rufus Shinraと彫られていた。私も自分の学年章のピンズを外して手渡す。それにだって私の名前が入っている。

「夢の続きを一緒に?」
「ああ。今度は時間になっても逃げ帰らないでくれ」

 そっと引き寄せられてとても愛おしそうに口づけられれば、それは魔法で眠らされたお姫様も目を覚ますだろう。紛れもない真実の愛をくれる相手は、夢の中で何度も逢瀬を重ねたその人なのだから。
 夢はまぼろしだと言うけれど、あなたこそ私を愛してくれる王子様(お姫様)。
 ジンクスのおかげなのかは分からない。夢の中で出会った2人は物語の続きを紡いでいく。おとぎ話のように楽しく笑い合いながら、開かれた道を共に歩いていった。
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