9月10日 窓に揺れる
目が疲れてきたなと顔を上げれば、外は夜の帳が下りている。暗い中で手元のライトだけで作業をしていたせいだと気づいた。つい数日前まではまだ明るかったのに。だけど、日除けのレースのカーテンにまん丸の灯りが浮かんでいる。机の隅の小さなカレンダーを見て、ああ今日は中秋の名月だったと思い出した。
茹だるような暑さの夏も過ぎ去り、日中でも風が吹けば涼しい季節になってきたな。夜になれば肌寒く感じ、どこかから虫の鳴き声が聞こえてくるようになった。これからどんどん昼の時間も短くなっていき、静かな夜が長くなる。
「こんな暗い中で仕事をしていたのか」
カーテン越しに月を眺めていると、ノックのあとすぐに開けられた作業部屋のドア。驚きと呆れた声にそちらを向けば、ルーが目を悪くするぞと顰めっ面で私を見ていた。私はそれにクスリと笑って返す。
「月が綺麗だったからつけなかったの」
そう言うと、ルーがふいと窓を見た。なるほどと納得した彼が、すまないと言った。
「あ、でも、薄暗くなるまで仕事してたのはほんと」
別に言わなくたっていいのに、私の余計な報告にルーは薄笑いした。
「随分と大きく見えるな。カーテンを開けても?」
いいよと返事すると、ルーは窓辺へと近づいてレースのカーテンを開けた。陽が落ちきって真っ暗な部屋に月明かりが差し込む。つけたままだったスタンドライトを消すと、もっと顕著に月明かりだけで部屋の中がハッキリと見えるほど明るかった。
「今日はね、中秋の名月なの。窓とカレンダーを見るまで忘れてた」
「旧暦、か。この方角なら、入浴後くらいにはリビングから見られるか」
「そうだね。ゆっくり見るならいい時間帯かも」
ルーはゆっくりとただ頷いただけ。心なしか儚げに見えてしまった。少しだけ、沈黙が私たちを包む。だけどそれは嫌な空気じゃない。ただ静かに、今はこうやって眺めていたいだけ。
「リクといると、空を見ようという気になる」
先に静寂を破ったのはルー。でもいつものように心地よく、静けさを邪魔しない優しい声。
「毎日、同じ空なんてないからね。楽しいよ。空だけじゃなくて、こうやって一緒に見てくれる人がいると」
ああ、と呟いたルーの顔はとても穏やかで、月明かりに照らされた髪が柔らかく輝いている。そんな彼が不意に私を向いたから、ドキッとしてしまった。
「今日も晩酌に付き合ってくれ」
「うん。あ、今日は飲まないよ?」
「分かっている。そばにいてくれるだけでいい。まずは夕食にしよう」
笑いながらそう言ったルーに頷いて、私たちは作業部屋を出た。今日の予定が終われば、ゆったりとソファに腰掛けて、夜の街を照らす月を眺めよう。- 30 -*前 次#ページ:
Moon Fragrance