Moon Fragrance

10月1日 時間よりも
時間よりも



 外はまだ薄暗い。今日の仕事の予定は遠出だからと、横ですやすやと眠る温かいリクに名残惜しさを感じながら体を起こした。とりあえずは身支度をとクローゼットを開け、表向きのスーツへと着替える。ジャケットとネクタイはあとだと顔を洗いに行って戻って来れば、リクがベッドでモゾモゾと動き出して体を起こした。どうやら起こしてしまったらしい。

「おはよ……」
「おはよう。悪いな」
「ううん……」

 流石にいつもより時間が早いからか、開ききらない目でぼんやりとしている。寝ぼけているようで口調が幼く感じられた。目をゴシゴシと擦りながら、手で口を覆いつつも大きな欠伸をするリクを目の端で眺めてネクタイを手に取る。

「まだ寝ていたらどうだ?」
「ルーが行ったら……」

 オレの提案にもうひとつ出そうな欠伸を噛み殺しながら答えてくるリク。以前なら考えられない姿に随分と慣れてくれたと、手に持ったネクタイを結ぶためにワイシャツの襟を立てながら思う。
 
「本当に朝ご飯はいいの?」
「ああ」

 クローゼットの鏡で確認しながら慣れきったネクタイを結び、食べているほどの時間はないと返す。そっかと心配そうな声が聞こえてきたが、それよりもじっとオレを見てくるほうが気になった。

「どうした?」
「ね、こんど、ネクタイの結びかた教えてほしいな」

 そう言われて、リクに結んでもらうのも悪くはないと、あとは形を整えながらノットの位置を合わせるだけだったネクタイを解いた。それを見たリクが慌てている。

「おいで」
「でも、じかんっ」
「いいから」

 早食いをする気はないから出された食事を食べ切る時間がないだけで、ネクタイを結び直す時間ならある。リクがパタパタと走って目の前へときた。

「まずは細いほう、小剣を短めに、太いほう、大剣を長めにとる。そして小剣の上に大剣をクロスさせる」
「こう?」

 リクの手を優しく掴んで、実演しながら一緒に結んでいく。重ねた大剣を小剣の後ろに回り込ませ、1周。そして1周目を隠すように、もう1周。リクが仕事でもしているのかと思うくらいの真剣な目でネクタイを結ぶ手元を見ていた。

「大剣を巻きつけた後ろから首の輪へと通す」
「うん」
「最後に2周巻きつけたあいだに大剣を通せばノットができる」

 ノットを持ちながら小剣を下へ引っ張れば、少し不恰好ながらもリクと結んだネクタイが首元に収まった。

「あ、あれ? なんか、形……」
「大丈夫だ。これくらいなら整えられる」

 少しばかり緩いノットを鏡を見ながらディンプルを作って締めなおした。ほっとしたのか嬉しそうにはにかむリクが可愛らしい。
 オレのワイシャツの襟を正すために、背伸びをして腕を回したリクの額にキスを落とす。彼女の顔が赤く染まって、仕事に行く前にいいものが見られたと思った。
 
「ありがとう。細かい箇所はまた時間のあるときに」
「急いでいるのにごめんね」
「いい日になりそうだ」

 ジャケットを羽織りながらそう言うと、真意が分からないのだろうリクが首を傾げた。それを笑うだけで、オレはなにも言わない。

「悪いが夜は遅くなる。食事の用意もいいから先に寝ていてくれ」
「うん。わかった……」
「明日はちゃんと出かけよう」
「無理しないでね」

 こうやって自分の楽しみよりもオレを優先しようとするから頑張ろうと思えるんだが。分かったと言いながらも、きっと軽食を準備して起きているのだろう。

「いってらっしゃい。気をつけて」
「行ってくる」

 最後にリクの細い腰を抱き寄せ、口付けてから部屋を出た。
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