Moon Fragrance

1月17日 腕のなか
1月17日 腕のなか



 自然と目が開いた。彼に触れている部分は暖かいけれど、顔に冷気が当たる。どうやらタイマーで暖房が切れたあとらしい。変な時間に起きちゃったな。
 このまま目を瞑ればもう一度眠れるだろうと、私は彼に静かに寄り添って目を閉じた。だけど、眠気は一向に戻ってこなかった。無理に寝ようとしても逆に疲れるだけだ。私は、ルーが寒くないよう、布団があまり捲れないように気をつけて体を起こす。暖かかった体を冷気が包んで、ぶるっと身震いした。
 ベッドの上に座り込んで少しぼーっとしていると、ふとすぐ近くにある窓の外が気になった。見てみようとカーテン少し捲って潜り込むと、もっと顕著になった冷気にハッと息を吸った。
 手探りでヘッドボード付近に置いてあるブランケットを引き寄せ、肩へと羽織る。少し曇った窓の向こうには、雪が舞っていた。

「雪……! ぁ……」

 思わず大きめに出た声を、ルーが寝ているんだったと慌てて口を押さえた。彼が起きたりしてないかと耳を澄ませる。部屋は静まり返ったままだった。
 ホッとして、私はまた外を眺める。いつから降り始めたんだろう、雪は道を薄らと白く染めていた。
 しんしんと降る白い雪。夜の暗い街で、光が舞っているようだ。綺麗だなぁ、どこまで積もるかなぁと考えていると、私の後ろでゴソゴソと動く衣擦れの音が聞こえた。
 静かにしていれば起きないだろうと思っていたら、ベッドのマットレスがポンポンと振動する。まるで、手でなにかを探っているようだ。その考えは正しかったらしく、ルーの手が微かにお尻付近へと触れ、その後すぐに見つけたと言うようにお腹へと回った。

「わ……」
「眠れないのか?」

 暗闇の中で、掠れ気味の寝起きの声が聞こえた。私はカーテンから出て、ルーのほうを向いた。

「あ、起こしちゃった? ごめんね」
「いい。いつから起きていた。体が冷えている」
「起きたのは1時間くらい前だと思うけど、外を見てたのは2,30分くらいかな」

 そう答えると、ルーが体を起こして毛布を引き寄せた。それを私の肩へとかけて、暖房の電源を入れてくれた。ファンヒーターだから部屋が温まるのに時間がかかる。
 ヘッドボードのランプをつけるとルーが私の頭を撫でて、待っていろと言ってふらっと部屋から出て行ってしまった。なにをしに行ったのだろう。言われた通り待っていると、10分ほどでルーが戻ってきた。手にはマグカップを持っている。

「ほら、ホットワインだ。アルコールは飛ばしてあるから心配するな」
「作ってくれたの……? ありがとう」
「有り合わせで簡単に作っただけだ」

 手渡されたマグカップから湯気が立っている。中を覗き込むと、紫紅色の液体が揺蕩っていた。オレンジの香りと微かにスパイスとハチミツの香りがした。有り合わせ、ということはこれはオレンジジュースとスパイスパウダーかな。わざわざアルコールまで飛ばしてくれたらしい。
 口をつけると渋みはなく、甘さと独特なスパイスの香りに体が温まる。とても飲みやすくて、これなら少し経てば寝られるかなと思った。

「おいしい」
「飲みやすいものを選んだ。次は寝る前に作ってやる」
「嬉しい」

 だけどホットワインを飲みながらカーテンを、もっと言うなら窓の外が気になってチラチラと見てしまう。

「どうした?」

 ヘッドボードを背もたれにして座っているルーが、そう聞いた。

「外、雪が降ってるの。見たくて」
「見るといい」
「でも、ルーを起こしちゃったし……」
「気にするな」

 ほら、とルーが手を伸ばしてカーテンを捲ってくれた。ホットワインまで作ってくれたのに、彼を放って雪なんか見てもいいのかなと迷っていると、彼が体をこちらへと寄せる。珍しくルーが緩く胡座をかいて、私においでともう片方の手を広げた。呼んでくれたのだからと、私は足のあいだに収まることにした。ルーが私にかけた毛布を受け取って、カーテンの中で一緒にくるまるようにお腹の辺りを抱えてギュッと私を抱きしめた。
 ホットワインで温まった息が、窓に向かって吐かれると白く消えていく。窓に近いと部屋にただいるよりも寒く感じるけれど、ルーと毛布に包まれて体は暖かかった。
 ルーは眠いからか、背中へ少し体重がかかる。私の肩に顎を置き、力を抜いてゆったりと息を吸っては吐いた。

「積もりそうか?」
「うん。もう、ちょっとだけ積もってるんだ」
「そうか……。寒いわけだ」

 眠そうなゆったりとした静かな声。ルーからは見えないのかなとチラリと顔を覗き込むと、目を閉じていた。申し訳なさが募る。

「ごめんね。眠いよね。私のことは気にしなくていいんだよ?」

 私のせいでルーに迷惑をかけてしまっている。ルーだって疲れているし、目を閉じているということは寝たいのだろう。明日、寝不足にしてしまったら申し訳ないな。そう思っていると、ルーが私を抱えなおすように腕に力を入れた。

「こうしている。リクが腕の中にいなければ……」

 いなければ、なんなのだろう。言葉は静寂の中に消えてしまった。まだ寝ているわけではなさそうだけれど、寝そうで途切れてしまったのか、それともわざと切ったのか分からない呟きだった。
 リラックスするように脱力したルーの重さを肩と背中に感じながら、ホットワインを飲んでいく。目の前の窓の外にはまだまだ降り続く雪。吹雪くわけでもなく、ただ静かに降り積もっていく。ハッキリと形の分かる雪の結晶が窓について、溶けていった。綺麗だなぁ。

「お待たせ」
「……ん」

 なんとか温かいうちにホットワインを飲み終える。飲み終わったことを伝えると、大きく息を吸ったあと眠そうに鼻で返事が返ってきた。

「雪を見るのは満足できたか」
「うん。綺麗な雪の結晶も見られたし」
「そう、か。よかったな」

 ルーが私からマグカップをそっと取り上げて、大きく体を傾けてベッドサイドの台へと置いた。ヒーターで少し部屋が暖まったとはいえ、体が離れたときに寒さを感じた。
 私も横になろうかとブランケットを畳んでいると、ヘッドボードのランプも消したルーが私を布団の中へと引き入れる。あわあわしていると改めていつもの抱き枕のように抱きしめられた。

「安心する」

 ルーが腕枕をしているほうの手で私の頭を撫で、腰に回したほうの手で背中をトントンと優しく叩いてくれた。私の額に口付けながらの呟きは、すぐに消えてしまった。
 畳めなかったブランケットを握りしめたまま私も目を瞑って、落ち着いていく。私の頭を撫でる手から、背中を優しく叩く手から、少しずつ力が抜けていった。
 私より先に寝てしまったルーは、それでもぎゅっと私を抱き寄せている。もしかして、私が腕から抜け出したから起きちゃったのかなと思いつつ答えは分からないまま、時間をかけて眠りについた。
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