風船の色
『仕事を終えたら迎えに行く』
そう言われて、今日のお散歩は公園で待ち合わせることにした。ルーに家に帰ってきてもらうのは、彼にとって二度手間だ。でも、お仕事なんだから、無理してお散歩に付き合ってくれなくてもいいのに。疲れているだろうし。
今日は遅くならないように、少し回ったら帰ろうと考えながらベンチに座って待つ。目の前には公園に幾つかある時計のひとつが設置されている。もうすぐ約束の時間。そよそよと音を立てる木陰の下で、ちょっと辺りをキョロキョロと見回した。遠くの空に、風船が飛んでいくのが見えた。そういえばさっき、風船を持っている子が歩いて行ったなと思う。
ぼんやりと、どんどんと遠ざかっていく風船を見ていると、暖かい日差しと吹けば涼しい微風に、少しうとうとしそうになる。気付けば、目の前の時計は約束の時間を少しだけ過ぎていた。
ルー、忙しいんだろうなぁ。大丈夫かな。ちょっと心配になりながら、でも約束だから待ち続ける。
もう見えなくなってしまった風船。どこまで飛んでいったんだろうと、ぼーっと考えていると目の前に影が差した。
「わっ……」
いきなり視界を遮った物に驚いて声を上げる。真っ赤で、艶があって、ふわふわと揺れていた。見上げるにも眼前いっぱいに広がるそれが邪魔で見えない。逆に下を見てみると、繋がった糸の向こうがわに見慣れた革靴があった。
「あ……」
今度こそ体を横にずらして見上げると、金糸のような髪が、日差しにキラキラと輝いていた。
「ルーだ」
「遅れてすまない」
ルーが申し訳なさそうな顔で私見下ろしている。急いで来てくれたのか、少し息が乱れていた。私はというと、ルーが風船を持って立っている思わぬ姿に笑いが込み上げてきた。それにルーが珍しく恥ずかしげに微笑んだ。
「お仕事、お疲れさま。急がなくてもよかったんだよ」
「そういうわけにはいかない」
ルーが私の横に腰掛けて、まだ笑っている私に風船を差し出した。それを受け取ると、ルーがベンチの背もたれに腕を広げて乗せ、少しだらっともたれかかった。長い足を組み、ネクタイを軽く緩め、ボタンもひとつ外した。
「オレも楽しみにしているんだからな」
僅かに乱れていた前髪を掻き上げて、流し目で言われたら今でもドキッとしてしまう。ルーはふーっと長い息を吐いたあと、落ち着いたのか服を元通りに整えて姿勢を正した。
「さて、どこに行く」
「それより、ちょっと休憩!」
私じゃなくて、ルーが。そっとルーの肩に頭を乗せて、ふふっと笑う。
「……ったく」
ルーが意図を理解したのが、ふっと鼻で笑った。私の肩を抱き寄せる。それはそれでなんだか恥ずかしく、私は顔の前に風船を持ってきた。
「この風船どうしたの?」
「入り口でピエロの格好をしたパフォーマーが子供たちに配っていた。急いでいたのに、半ば無理矢理渡されたんだ」
「目の前にいきなり風船が出てきてびっくりしちゃった」
「リクがいつもの通り、ぼーっとしていたからな」
その言葉にムーッとするけれど、反論できない。ぼーっと考えちゃうのは昔からの癖だもん。なにも言えなくて、糸を持って風船をポンと叩く。向こうへ押し出された風船が、ふわっと返ってきて顔へ当たった。
「気付いてないのか……」
「なにが?」
ルーの顔を見上げると、彼は少し遠くを見遣っていた。私もそのほうを見てみるけれど、なにを見ているのかよく分からない。
「なんでもない。あまり、外でぼーっとするな」
「……うん?」
ルーが肩を抱いていた手で私の頭をガシガシ撫でた。短い髪はすぐに戻るからいいけれど、私はルーを非難めいて見る。でもルーは私が本気で怒っているかどうか、ちゃんと分かる人だから、こういう時は意に介さない。
「休憩はしまいだ」
乱した私の髪を直してそう言いながらルーが立ち上がると、私のほうへと手を差し出した。
「気を取り直して、デートといこうか。レディー」
思わぬ単語に顔がカァっと熱くなる。デート……、レディーって……。私と風船、今、どっちが赤いだろうか。風船が、嬉しそうに風にそよいでいた。
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