Moon Fragrance


朝だけの猫


 朝になって目が覚めて、ルーの腕から抜け出すと、寝ぼけたままむくりと起き上がった。そのままペタンと座り込んだ状態で、冴えない頭にぼーっとする。
 カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しくて、まだ目を閉じたままでじっとしていると、ふはっと吹き出して笑う声が聞こえた。なんだろうとそろっと目を開けると、ルーがニヤけた表情で私を見上げていた。

「おはよ……」
「ああ、おはよう」

 笑いを噛み殺しながら言ったルーをまだぼんやりと眺めていると、手が伸びてきて両手で私の頭を撫でつけた。そして手を離すと、クククと喉を鳴らして本格的に笑いだした。

「なあに?」
「猫の耳のような寝癖がついている」
「う、そ」

 それを聞いた私は慌てて、ルーが撫でつけた部分を自分でも触ってみた。確かに髪の毛が頭のてっぺんの前辺りで、両側ともピョコンと立っていた。
 完全に目が覚めて、笑い続けているルーを跨ぐように越えてベッドから降りる。そして彼のクローゼットに行って開けると、扉に備え付けられている鏡に自分を映した。
 見事に髪の毛が束で持ち上がって、ルーが言うように猫の耳のように形作られていた。
 どうしようと鏡を見ながら、自分でも髪の毛を撫でつける。だけど手を離すとすぐにピョコンと立った。普段は寝癖がついても髪の毛がうねっているくらいなのに、ここまで酷い寝癖は初めてだ。また髪を撫でつけて、離せばピョコンと立つ。
 そんなことをしていると、私のすぐ後ろをルーがクスクスと笑いながら通り過ぎて部屋を出て行った。あの笑い方は絶対に楽しんでる。
 鏡と睨めっこしながら、そろそろ私も朝の準備をしないとと思う。いつもの霧吹きと櫛で戻るかなぁ。今は諦めて洗面所へ向かおうと部屋を出ると、さっき出て行ったルーがちょうど戻ってきた。手には霧吹きとブラシ、ドライヤーを持っていた。

「おいで、リク」

 ルーがそう言って、私の脇を通りすぎて寝室へと入った。おいでと言われたから、大人しく従うことにする。後ろについて部屋に戻ると、ルーはベッドへと腰掛けた。ドライヤーのプラグを近くのコンセントへと差し込んで、さぁと自分の隣をポンポンと叩いて座れと促した。
 私が隣へと座ると、ルーがブラシを手に持った。まずはそれで私の髪を梳かしていく。次に霧吹きを手に取り、掛けるぞと言われたからギュッと目を瞑った。するとすぐに水を吹き掛けられた。かなり多めに掛けられ、もう一度ブラシで髪を梳かされる。優しい手つきで髪を掬って、優しい手つきでブラシを掛けていた。

「猫になったのかと」
「そんなわけないよ……」

 ルーが冗談めかして目の前でまた笑っている。本当に可笑しそうに笑う人だと思っていると、ドライヤーのスイッチが入れられて頭に温風が当たり始めた。今度は手櫛で髪を整えながら、濡らした髪が乾かされていく。ギュッと瞑っていた目からは自然と力が抜けた。
 気持ちいいなと思っていると、冷風に切り替わって髪が冷えていく。目を瞑っている前で、ルーの顔が綻んでいるなんて私は知らない。じっと待っているとドライヤーの電源が切られ、ルーが鼻でふっと笑った。

「終わったぞ」

 低く優しい声でそう言って私の後頭部に手を回すと、ルーが頭のてっぺんに口付けた。恐る恐る目を開けると、ルーがまだニヤけるように微笑んでいる。

「ありがと」

 そんなに面白かったのかなと少し不満に思いながらも、整えてくれたからお礼を言う。ルーが、ああと返事をしながら片付けを始めていた。すぐにクローゼットの鏡を見に行けば、ちゃんといつも通りの髪型に戻っている。よかった、元に戻って。酷い寝癖はドライヤーを使えばいいのだと学んだ。
 髪を触りながら鏡を眺めている後ろを、ルーが再び通り過ぎて行く。ドアの前で足音が止まったからそちらを見ると、彼も私のほうを見ていた。

「そうだ、話を聞いてくれるか。目が覚めたら可愛い猫がベッドにいたんだ。今夜も来てくれるだろうか」

 そう言って、最初から最後までずっと楽しそうだったルーが、また笑いながら部屋を出て行った。その後ろで私は、もー! と声を上げる。尻尾があったら毛が逆立っていただろうなんて思いたくもなく、私も朝の支度を始めるために部屋を出た。

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