夜に泣く花


◇自殺志願な男主と赤井


「赤井。俺は自分の命なんて、なんとも思っちゃあいないんだよ」

赤井秀一はそれを聞いて、身の凍える思いをした。明らかな落胆の顔に赤井は疑問を持つ。一体何があった?なにが彼をそこまで思いつめさせたのか。友人としてなんとかしてやりたかった。それでも、こんな時どういった言葉を伝えれば良いのか赤井は知らない。

「英雄になりたかった」

そう言う彼の身体は包帯だらけ。英雄。非凡な事を成し遂げる人。どういう意味だかわからない、と言うと「お前にはわかるまい」という返事。なまえはシーツをもぞもぞと動かして上体を起き上がらせる。点滴を忌々しく見つめながら。そして窓の外を見遣る。しかしそれはただのフリだ。コンクリートの壁が冷たくそこに佇んでいるから。本当は目を合わせたくないのだ。その推理を頭の中で組み立てて赤井は悲しさの感情を知覚した。何も言えなくて黙っていると、なまえは乾いた笑いを喉から絞るように小さく出す。確かにそこにいるのに、どうも空っぽな病室に嫌に響いた。

「お前にはわかるまいといったが、その理由を教えてやる」

静かだった。その空間は死刑判決を受けるような、絶望の前で巻き起こる空気に似ている。

「お前が優秀だからだよ」

優秀。その熟語には赤井の名と同じ文字が刻まれている。赤井はこれまでの行動を振り返った。たしかに、失敗と呼べる様なものは殆どしてこなかった。自分を高める為に、最終的な目標を達成する為に、全てをこなして。でも、何故? 何故優秀だから俺はなまえの気持ちを理解できないのだ、と赤井は思考を巡らす。今迄は、気持ちを理解していると思っていたし、友人としてそこそこ相手の人格を読み取れていると感じていた。やっぱり考えてもわからなくて、恐る恐るなまえを見ると彼は感情の無い眼で赤井を見つめている。

「赤井は上に立つ人間だ」
「お前は、」

その先を言おうとしたのに言葉が詰まってしまい、声がでない。そして、ようやく気付く。

(彼は優秀でない己を消し去りたかったのだ)

死ぬ為にわざと危険な仕事に就いたり軍に入ったりする話をよく聞く。なんて不純な動機なんだろうか、と思っていた。その感情は一般的に見れば余りにも自己中心で、誰かが聞こうものなら不審な眼で見られるに決まっている。
FBIは国や国民を守る為に存在する警察機関の一つ。普通なら正義感の強い者達がそこへ入り、未来へ続くアメリカを守って行くのだろう。しかし、なまえはそうではなかったのだ。

「お前はこの任務で、死のうとしたな?」

伏線はそこかしこに散らばっていた。テロ関係は危険だというのに、真っ先に手を挙げたこと。今にも爆発してしまいそうな建物に躊躇なく入り、人質を助けるその行動力。向こう見ずとはいえ、その勇気を周りから感謝されて、昇進して。なまえはいつでも死ぬ危険性があったのに咎める人はいなくて。

それは手の込み入った自殺だった。

赤井がなまえを見ると、互いの視線がかち合う。なまえはフッと目を細めて笑った。

「自殺なんて馬鹿な真似はよせ、と赤井なら言うんだろう」
「……」
「お前は優秀だ……本当に優秀だよ。だからこそ真の俺の気持ちなぞわかる筈もあるまい」
「話してくれるなら、わかることだってある。俺になまえの気持ちを推理させるな。お前が話せ」
「なにを?」
「その感情全てをだ」

それから5秒、10秒が経った。赤井はなまえが何を思っているか、全く検討がつかず非常に苦しい思いをした。息が詰まりそうだった。でもそれは、なまえも同じで。

「なら、話す。でもきっと、これは、気持ち悪いぞ」

赤井は驚いた。なまえは嗚咽も漏らさず泣いている。

「赤井、お前への嫉妬さ。そして自らの限界を知り落ち込んだんだ」
「……」
「俺は、お前みたいな推理力も持ち合わせちゃいないし、銃の扱いだってうまくない。それでも人に存在をアピールすることはできる。人と違うことをすればいい。」

「人の為に死ねば、こんな俺でも大勢の記憶に名を残すことはできるだろう」




なまえは目をゆっくり閉じる。「その優しさが俺を傷つけるんだ」そう言ってなまえは、静かに、静かに泣いた。
赤井はなまえを優しく抱きしめていた。

「なまえは間違っている」
「……」
「誰かが、お前のことを大切に思っていたと仮定しよう。そいつは報われないだろう、お前が死んだら」
「赤井、」

それは、無言の告白だった。

「自分の命をなんとも思っていないなどと、そういう言い方はよしてくれ」
「……」
「頼む」

静かな部屋に、新たな命が生まれたかのようだった。


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