凍えてる


◇あの方のお気に入り主とジン
※恋愛要素少


「なぁ、お前は本当に生きてるにんげんなのか」

まず初めに思ったのは“面倒臭い奴が来た”。ジンはコードネームに逆らえない。あの方と深い繋がりを持っているらしいからだ。逆らえないと言っても、何も言えないわけじゃないのだが。ジンは何も言わずに柱に寄りかかって煙草をふかす。こんな奴を相手にしても無駄だ、というように。地下駐車場は薄暗く、コードネームの声だけが木霊する。他の任務メンバーはまだ着かないようだ。

「なぁ、ジン。俺はお前の生活してるところを殆ど見たことが無いんだ」
「……」

彼が何を言いたいのかは少し考えればわかることだった。ジンは弱みを人に見せることはほぼ無い。人間らしく食事する姿や着替える姿。それを彼は見たいのだ。気持ち悪い。黒の組織に何を求めているのか、と問いただしたいくらいだ。

「なあ、今度ジンの家に行かせてくれよ」
「……呆れるな」

そう言って、ジンはしまった、と思う。相手にしないで置こうとした筈なのにどうも口が滑る。ジンはこの男が嫌いだった。他の人間なら、自分を恐れて軽々しく口などきかないのだが、コードネームは違う。躊躇なく会話を試み、こちらがいくら無視しようとも勝手に話し続ける。こんな奴1人思い通りにできないことが腹立たしい。こんな奴が上の人間じゃなければ。ジンは苦虫を噛み潰した顔になる。
返事をうけてコードネームは嬉しそうにジンの周りを歩いた。

「わからないのはジンだけなんだ。他の皆は優しいからランチも一緒にしてくれたし家に上げてもくれたよ」
「……」
「俺、お前と握手もしたことないんだぜ。なあ……強制するのは好きじゃないんだ」
「人間に体温があるなんざ当たり前に決まっているだろう。赤ん坊からやり直せ」

そう言うとコードネームはピタリと動きをとめる。そして困ったような、驚いたような顔で言う。

「だって、お前は余りにも人間離れしている」

瞳にコードネームを映す。ピタリと目線が合ってしまい、ジンはとっさに眼を逸らした。その“人間味溢れる眼”がジンは苦手だった。組織に似合わないそのフレンドリーさは余りにも異質で、不格好だ。カラスの群れに1匹、黒塗りの白鳥がいるかのようで。
(あの方は、何を思ってこいつを組織に置いているんだ)
答えはきっと教えて貰えることは無いのだが、思わずにはいられない。コードネームに目を呉れると彼は銀の髪をまじまじと見つめていた。

「その銀の長髪も、黒しか纏わないところも、普通じゃない」
「……」
「きっとお前は死の天使だ。なあ、いつか俺はお前に殺されたい」
「あの方に命令でもされない限り俺がお前を殺す事なんざありゃしねぇよ」

(死の天使、聞いて呆れる、ヤクでもやってるのか)そう言いたかったものの、黙った。コードネームには常識なぞ通用しないし、恐らく組織にいる時点で頭のネジが何本も外れている。この世界にまともな人間はいないのだから。

案の定、何ヶ月も経ったある日に、コードネームが薬をやっていることが知れた。だからといってどうもしないのだが。組織にいる以上、本人がヘマをしない限りは捕まることはないし、加えてあの方の加護がある為にコードネームはおそらく、ずっと薬をやめることはないだろう。

「なあジン、お前薬やってる人のこと見下してるだろう」
「さあ」
「薬は呑まれる人間と、共存する人間がいるのさ。あのシャーロック・ホームズだってやってたんだ、俺のこれもただの暇潰しだよ」

そう言って彼は目を歪め笑う。そしていきなり差し出された手に、ジンは戸惑った。普段なら握手など柄にもない。しかし目の前にいるのはあの方の寵愛者。だからこれは自分の意思ではないと、ジンは己に言い聞かせてその手を握り返した。

「甲と指先は冷たいけど、手のひらは温かい。ジンもちゃんと人間なんだ」

処女のように純真な笑顔だった。でも。

(お前の手は死者のように冷たい)

こいつは人の皮を被った化物なのだ。ジンはそう思った。こういう奴程きっと、何より組織に相応しい。


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