タバコ


※現パロ、サラリーマン主
尾形は隠れヤクザのつもりで書いてましたが設定ほとんど出てきません



ああまただ。また煙草の匂いがする。部屋は締め切っているのに何故漂ってくるのか、換気扇から入り込んでいるに違いない。とみょうじは何度目か知れぬ溜息を吐いた。いい加減苦情を出してしまおうか。隣の一軒家の2階で男が何度か吸っているのを見た。髭を生やし、ぼんやりとした目で吸っている姿。しかし普通と違ったのは、顎の近くにある疵痕。戦争もなし、平和な日本においてそれが意味するのは、なにか恐ろしいことに関わっているのだろう、ということだ。日夜関係なく見かける姿から察するに、自営業、フリーター、無職には違いないが、ろくな事をしていないのだろう。
みょうじの住んでいる家はアパートで、入居者数はそんなに多くない。都心から少し離れたところにある。

みょうじはタバコの件について、紙に書き出して男の家のポストに放り込んだ。“隣の金神ヒルズアパート2階の者ですが、煙が吸気口から入ってくるので室内で吸っていただけませんか”、と。
翌日、みょうじが酒を片手に仕事の疲れを癒していると、不意にチャイム音が鳴った。荷物も頼んで無し、友人の訪問予定も無し。これは不信だ、と忍び足でドアの覗き穴を見れば、例の一軒家男が立っていた。

「どちら様ですか」
「隣の……タバコ吸ってるモンだ。アンタが書いたんだろう?」

そう言うと、男は穴越しに手紙を見せてきた。いかにも、それはみょうじ自身が書いたものである。一応チェーンをかけて(やはりあの疵を思うと、少し不安になるのである)扉をそっと開けた。弛んだスウェットに身を包んだ、まるで無職ですとでも言いたげな緩い風貌で佇んでいる。

「2階の者、としか書いてないのによく此処だと解りましたね」
「まあ、向かいだから……」

男の言う通り、一軒家の窓とみょうじの部屋の吸気口は真向かいにあった。

「んと……それで……なにか?」
「いや、申し訳ないと思って」

そうボソリと呟いた男は、手に先程から持っていた紙袋を突き出してきた。受け取れ、と言わんばかりのそれを恐る恐る手に取って中を見る。そこには某有名焼菓子店の箱と思しきものがあった。は?

「ネットで調べたら、換気扇から煙が入るのだと出てきたんだが、今までアンタの家にそんな被害が出てたなんて知らなかった。すまん」

もしかして、めちゃくちゃ礼儀正しい人なのでは?!みょうじは男のイメージがガラガラ崩れていくのを感じた。同時に、それまであった淡い敵意が、申し訳のなさに全て変換されていく心地がした。

「こ、こちらこそ……というかこんな、悪いです……」

先程よりも重くなったように感じる紙袋をおずおず彷徨わせるものの、男は勿論受け取ろうとしないので、みょうじは困った。

「今まであなたのことを勘違いしてました。ていうか……あの、吸っていいですよ」
「ん?」
「どこぞとも知れない人が吸ってるタバコの匂いなんて嗅ぎたくも無かったんですが、どんな人か知れたからもう大丈夫です。それに、俺も元喫煙者だったんで」

そうまくし立てると、男は呆気に取られた顔をした後に目を細め緩く微笑んだ。

「じゃ、俺はこれで。」
「あッ、待ってください、尾形さん……ですよね?」

黒い双眸が此方を向く。なんだか個性的な顔立ちだなあ。とみょうじは感じ取る。

「表札に尾形と書いてあったので……」
「ああ。アンタは……」

言葉を途切れさせ、その黒目は扉の横をさまよった。

「みょうじ……さん……さん付け面倒だから呼び捨てでいいか?というか、アンタもタメでいいぞ」
「は……ぉあ?おう。じゃあ、尾形?」
「ああ」

そうして尾形は扉前から去り、洒落た紙袋だけが仲を紡いだ印としてその場に残った。
換気扇から漂う匂いを嗅ぐ度に男のことを思い出す。1度知ってしまうと、他に「なんの仕事をしているのか」とか、「なぜあの一軒家に住んでるのか」とか、色々なことが気になって仕方がない。みょうじは、今度は俺から訪問してみよう、と次の邂逅に心を踊らせた。


尾形これだとただの怖そうないい人ですね。実はゴリゴリのモンモン入ってたりするヤクザだといいなあ
いずれ続きを書きたい。



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