01


◇FBI主と赤井
※宮野明美が死んだ後の時間軸



「みょうじ」
「赤井、」

少し見ない間に赤井の顔面は土気色と化し、隈が酷くなっていた。誰の目から見ても働き詰めなのは明白で、それでも注意する人がいないのは、この人が人とあまり話そうとしないからだ。おそらく会議だって最近は殆ど出なかったのだろう。また、彼との少ない遭遇者でさえ注意はできなかった。きっと、その顔面に浮かぶ凄みで。
FBIの所有する仕事場のひとつ、なまえは薄暗い部屋で1人残業中だった。大きめのデスクには小さなライト、そこで資料の確認をしていた。外からは鈴虫の美しい音色が聞こえる。それ以外は何も無かった。おそらくこの建物にいるのはなまえと赤井、そして警備員くらいだろう。部屋の入口に立っていた赤井は、ゆらりとなまえへと近づいた。なにか、いつもと違う雰囲気。
(いつも?)
違う。彼と最後に会話したのは何十日も前だ。やっぱり部屋は暗くて、電気を付けようにもなぜだか動けない。

「お前、俺を避けていたな?」

赤井がそう呟いた。少し、悲しげな気さえした。人間の本能だろうか、自動的に、「そんなことない」と言いそうになる。でもいくつか思い当たるのを考えて踏みとどまった。その様子を見て、赤井は更に隈を深くしたようだ。

「なあ、顔ひどいぞ」

久しぶりに、投げかけた言葉。それは彼の心には何も響かないようで。なまえは少し考えてから、書類を片付けた。鞄の中にそれを仕舞い立ち上がる。赤井は鞄を持っていない。

「今日は手ぶらか」
「……」
「なあ、本当に大丈夫か? なんだったら俺がお前の家まで送ってやるよ」

何故この時間までここに居たのか聞こうとしたが、それは寒く尖った雰囲気が許さない。なまえは複雑な思いを腹に抱えながら部屋を出て、ドアの鍵を閉めた。やはり赤井は何も言わない。

「赤井……」
「今日は車で来ている」
「なら俺が運転してやるよ、俺は電車だったから。」
「……いや、運転は俺がやる。みょうじは助手席に乗れ」
「え、でも」

なんで、そう言いかけたがなまえは閉口した。きっと、断る理由は無いし、権利も無い。廊下は暗かったが、歩き進む度に電気がパチパチと自動で点いていく。なんだかいつも勿体ないと思うのだ。自分たちが通り過ぎ、もう誰もいないのに暫く点いている電気。後ろを振り返ると奥は暗くなっていて、少し怖い。エレベーターの嫌に白い電気は、赤井の顔の陰りを更に増させる。確かにそこに居る筈なのに、今日限りはなにか人間ではないものと乗っているようでなまえは不安になった。
外へ出ると、明るさに慣れた眼が適応できず、周りがいっそう暗く感じられる。赤井の車はその闇に溶け込むような黒。そこに乗り込みエンジンが点いて、景色が流れていく。

「赤井、」
「……」
「あー……その……悪かった、別に、お前が嫌いになった訳じゃないんだ。俺も落ち込んでいたというか……」

語尾が小さくなる。なまえは己の失敗に歯を食いしばった。“何も言わなければ良かった”、その気持ちは中途半端に口から出た言葉とともに宙ぶらりんになって。結局そのまま、彼の住むアパートに着く。といっても、これは赤井の借りている部屋の1つだが。1DK程度で、殺風景な生活感の無い部屋だった。恐らくここを寝るだけに使っているのだろう。なまえは不安に煽られ冷や汗を流す。

「……なぁ赤井。隈本当に酷いからちゃんと寝ろよ。お前がそんなだと多分皆不安がるぞ、今までのことは謝るよ」

言うなればそれは必死の抵抗だった。この重い雰囲気に対する。なまえは玄関のドアを脚で閉じないよう抑えていたが、赤井に腕を引かれ閉じざるを得なかった。鍵が閉められ、ベッドのある部屋に連れていかれる。電気は点けられていない。月は雲に隠れ、辛うじて外の電気看板の光が入ってくる。そして赤井は、いきなりなまえにキスをした。余りにも突然で、なまえは驚きのあまり頭が動かなかった。そのまま角度を変え立て続けに啄むようなキスが繰り返される。壁に追い立てられ、焦る。ついには舌を入れられ、なまえは腰を抜かしズルズルと座り込んでしまった。赤井の姿が明かりでしっかり見えていれば正気を取り戻し抵抗出来たのかもしれないが、暗くて相手の事がうまく見えず、なすがままにされている。雰囲気に当てられてしまったのかもしれない。赤井は獣のようだった。

「俺の望んでいることがわかるか、みょうじ」
「……」
「……みょうじ」
「……かまわない。俺はお前に逆らえるような立場じゃない。どうなっても……」

赤井はなまえの腕をまた引いた。今度はベッドへ連れていかれる。何をやるかなんて明白だった。


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