先生


◇主人公が若返っている設定(組織関連)

side 安室透


学生の頃。内申の為もあるけれど、不純な動機も交えつつ欲張って遅くまで仕事をしていれば、先生は笑って僕に付き合ってくれたものだ。心理的な距離もどんどん近付いて。ああ、やっぱり性別なんて関係ない。僕はこの人が好きだ、そう思っていたのに。

「何故ここに居るのですか」
「それは組織の一員だからさ、安室君……いや、降谷零君。」

赤い血溜まりの上にその人は立っている。嘘だ、他人のそら似だ、駆け巡る思考に止めを刺したのは本当の名。おそらく、2人きりの空間だったので、他の者にそれを聞かれることは無かっただろう。しかし衝撃が頭から爪先を通って震える。そんなわけがない、先生はもっと歳をとっている筈だ、自分と同じ様に。何年も前の姿で、彼はそっくりそのまま目の前に現れた。

「貴方は……本当なら、40代はいってる筈だ。あまりにも若」

銃を突きつけられ両手をすぐ挙げる。持ち方、震えない腕はプロのそれである。その行動に僕は頭を抱えたくなった。チョークやペンを持ち教鞭を執っていた彼が、まさかその手に銃を持つなんて。記憶と現実の相違に目眩がする。嫌だ、信じたくない。でもこれは紛れもなく現実だった。

「私の事を詮索したり他言すれば、その身を滅ぼす事になりかねない。君は頭が良いからわかるだろう?」
「なまえ、先生」
「残念だけどそれは偽名だ」
「っ……!」

「君、今はバーボンというらしいな」そう言って綺麗な笑いを浮かべる先生。放心していれば、彼はこちらに近付いて頭を撫でてきた。昔は嬉しかったそれも、今は意図が見えず恐怖にしかならない。第一に同じ背丈の人間から撫でられてもただ悲しいだけだった。彼の身長は昔のままで、自分だけが大きくなっている。得体のしれない憎悪が身体を這い回った。

「大きくなったなあ」

何年も前に聞いた、低く、優しい声。あの時と同じだ。任された仕事に対し唸っていた僕へ、柔らかく語りかけるあの口調。「他の子には秘密だ」そういってポケットに入れられたチョコレート、寒い冬。

「秘密だ、降谷君。私と君、2人きりのね」

その秘密というものが人殺しでなかったら、僕は泣いて喜んだに違いない。


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