スポーツ選手と同じような扱いなのだ。
プロもアマチュアもごちゃまぜの大会。
だからこそ、夢があるのだと多くの人が語り、また多くの人が夢を諦めた。
◇
◇
1年は帰ってこないだろう自室を後にし、物思いにふけりながらも階段を降りた。視界の端で何かが動いたことを捉え、視線がそちらに向く。階段の下、少し見えにくい位置に身を小さくして座る子供の姿があった。隠れているつもりなのだろう。だが、一度姿を確認できれば見えやすい位置だ。気付かれていないと思ってか、悪戯っ子の笑みを浮かべている。其方がその気ならば此方にも考えがあると、足音を忍ばせた。そろりそろりと近寄り、ある程度顔が認識できる距離で話しかける。
「どうしたんだい? サトシ」
「ねぇさん!」
すでに見つかっていたことに対する不満などなく、満面の笑みが返ってくる。両手を「ん」と、突き出された。これは抱っこの催促だろうか……? 嫌、抱きしめるべきかもしれない。なんにせよ、それを拒む理由もなく、何のためらいもなく両手を広げた。両手を固定したまま走ってくる。これは、抱っこよりも抱きしめるが正解だったらしい。
「おはよう、サトシ」
肩下げ鞄が少し邪魔な位置にあるが、ほんの少しのことだと我慢をする。ぴっとりと張り付いたサトシは、ちょっぴり冷たかった。
「(いつから廊下にいたんだろ……?)」
布団の中に先程まで入っていた津波のほうが温かいぐらいだ。普段のサトシならもっと暖かいのだが、準備に少し手間取ってその間ずっと待っていたのかもしれない。
さりげなく自分の頬に紅葉のような手を押し付ければ、此方もかなり冷たい。とろんと落ちる瞳を見れば、今更手放すことなどできるハズもなく、そのまま受け入れ続ける。
「いつからここにいたんだい?」
ついさっき起きたにしては冷たく、しかし早寝遅起きを体現したような弟の生活リズムを知る身としてはそこまでの早起きを期待してはいない。
「きぃておどろけ! ねぇさん!!」
ふんすと、鼻の穴が広がる。褒めて褒めてと、言わんばかりに
「おれはきょう! なんと! ろくじにおきたのだ!」
デデーン!と、サトシの
「6時……!」
言葉を反復し、相手の反応を伺う。反論なく、どうだと言わんばかりのふてぶてしい態度。なるほど、本当らしい。なんとなく自慢げな態度が気に入らなくてぷっくりと膨れた頬を虐めてしまう。くすぐったそうに身をよじられるが、中々の手触り……。
「ねぇさん。ねぇさんはきょう、もらうぽけもん、きめたの?!! おれ、おれはね、どんなぽけもんにするのか、まだ! きめられない!!」
今年で5歳になるサトシには、まだまだ先の話だろうに……。すでに夢は決まっているらしい。
他人のことを自分のことのように考え、共感できる優しい子だ。一歩先に歩く津波が
「(夢かぁ……)」
こうして、壮大な夢を描く弟を見ると自分がいかに
「ねぇ、さん……?」
最初のポケモンに関する答えを待っていたサトシがついに痺れを切らす。あどけなく首を傾げるがその行動は無言の脅しにしか見えないし、聞こえない。でも、あざとい。可愛い。許そう。
「(きっと将来は化ける)」
真顔で自分の弟を褒める。かっこよくも可愛くもなれる素質があるだろうと断言できる。
「ねーぇさん」
不満げな声が聞こえる。そろそろ話を切り上げなければと、頭を撫でた。
「サトシ、僕お腹が空いちゃった。続きはリビングで、ね?」
問われた質問には答えず、話の話題を切り替える。不満げな表情に対して母の話題を出せば一発で解決だ。流石のサトシも朝一番で母を怒らせたくはないだろう。言っていい我儘と、ダメな我儘の区別ぐらいついているはずだ。
「ほら、行こう」
強引にサトシを抱き上げる。鞄の重さと合わせるとやや重たいが、歩きぬけない距離ではない。
「ねぇさん!」
体制が安定していないこともあり、落としそうになる。「危ないよ」と、抱え直す。一歩間違えれば誘拐犯だ。タイミングよく、リビングから母の声が聞こえる。大方、中々来てくれない親不孝な娘を心配しているのだろう。
「ほら、母さんに叱られちゃう」
言い訳をするように責任を擦り付けた。この家のヒエラルキーのトップは母だ。不満げに背中を叩かれる。代わりに、暴れることはなくなったから良しとしよう。
顔を首筋に埋められ、髪が当たる。チクチクとして、くすぐったい。サトシも寂しいのだろうか……? 寝かしつけるようなリズムで背を叩き、短い廊下を許される範囲で、ゆっくりと歩いた。
◇
◇
食卓の上に並ぶ少し豪華な朝食。昨日の夕飯も豪華だった。いつも通りの対応を求めているのに、やっぱり何かが変わると自分の中の意識も変わる。母の手料理を食べることができるのも、これでしばしの別れだと思った時、何かが溢れた。それはきっと、名残惜しいという嫌な感情だ。
「あら、貴方にしては少し、遅くなかった?」
遠まわしに、もう少し早く来なさいよと、怒られた。それだけで済んだのは抱き上げているサトシのおかげか、はたまた、今日という日のおかげか。
「ねぇさん! はなし!!」
「はいはい、最初のポケモンだったね」
「ねぇさんはどんなぽけもんにするの?」
「気になる……?」
口元を緩ませ問いかけてみる。焦らすような態度をとったのは少し失敗だったかもしれない。素直に「うん!」と、頷かれてしまったものだから、答えなくてはいけない。
「(んー……)」
素直に答えればいいのだが、今の自分はサトシの納得させられる答えを出せない。サトシが求める答えを素直に返すのであれば、白紙と答えよう。しかし、サトシが求める答えとはそれではないのだ。故に考え、悩む。サトシが納得し、なおかつ将来に影響しないような模範的な回答を。
「僕はね、サトシ。
「えー」
ひどく落胆した声が返ってくる。サトシが求めていたものは、正確なポケモンの名前だろう。それを理解したうえでこの返答だから、仕方がないといえば仕方がない。しかし、こうも落胆されては、嘘をついたほうがよかったのかと思ってしまう。できる限り、
「君の夢はなんだったかな? サトシ」
「まーた、ねぇさんはー……」
答えをはぐらかされたと思っているのだろう。頬を膨らませ、いかにも不機嫌そうな表情を浮かべる。余裕を保ったまま、笑んで返答を促す。
「おれのゆめは、
よく知っている、何度も聞いた夢。間髪を入れずに「うん、知ってるよ」と返せば、不思議そうな声が返ってくる。
「ポケモンマスターになる為には、どうしたらいいと思う?」
「えっと、んっと、せかいじゅうのぽけもんを、げっとして……」
「世界中のポケモンを、ゲットして……?」
答えを催促するように反復し、首を傾げる。
「えっと、えーっと……、な、なかよくなる! せかいじゅうのぽけもんと、なかよくなる!」
名案を思いついたように、にぱっと笑いながら答えるサトシ。その答えを待っていた。「そう、世界中のポケモンと、仲良くなる」と、反復する。満足のいく答えを出せたと、機嫌のいいサトシだった。しかし、すぐに不思議そうな顔をする。
「でも、ねぇさん。ねぇさんは、もうしってるよね……?」
「うん、知ってるよ。知ってるけど、確認しないと」
短い言葉で色々な意味を持たせる含みのある言葉は、今のサトシにとって難しいだろう。意味の取りこぼしのほうが多いはずだ。
「どんなポケモンとも友達になるんだろう? サトシは」
「うん、ともだちになる!」
サトシの中で、仲間と友達はイコールで結ばれている。それを間違いとはいわない。ただ、今回はそれを理由として利用するだけだ。
「僕は
「んー……? それと、これが、かんけいあるの?」
少し荷が重かっただろうか。自分の中の理想の回答だったのだが……。受け止められるのはまだまだ先になりそうだ。
「僕の中ではあるんだよ、サトシ」
疑問符を浮かべるサトシの頭を撫で、笑む。
「シゲルと一緒に考えてみるといい。最高のポケモントレーナーが、どんな人物なのか」
「ぽけもんますたぁじゃなくて……?」
言葉が変わったせいで、疑問が飛んでくる。大事なのはきっと、人の心だ。
「ポケモンマスターでも、ポケモントレーナーでも、本質は変わらないよ」
自分の中の正解はすでに示した。改めて言葉にすると、いかに自分が我儘で子供じみているのか再確認できる。嗚呼、少しいやな気分になった。
「ほーら、早く食べて頂戴。せっかくの料理が冷めちゃうわ」
座りもせず、立ち話をしていた報いだろう。顔をあげれば、少し不機嫌そうな母がいた。
「ごめん、母さん」
「はぁい」
素直に謝罪し、有言実行といわんばかりに席に着く。少し冷めてしまった料理が並んでいるが、どれも美味しいだろう。
「いただきます」
手を合わせ、食事を開始する。隣に座っているサトシから、自分以上の元気のいい声が飛んできた。「めしあがれ」と、柔らかい声が聞こえる。ちらりと盗み見た母は、とても幸せそうに
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