05
無事採用されて一ヶ月が経ちました! お給料ももらって懐はホクホクしてます。諸事情で口座が作れないんですけど……、と伝えれば山本さんは快く「じゃあお給料は手渡しにするね」と言ってくれた。
元々前の世界でもコンビニで働いていたし、忘れてる業務も無かったので順調に進んで実習生バッチも取れた。やっと一人前である。
米花町の治安は悪いとわたしの中では有名だったけど、立地のおかげかめんどくさそうなお客は今のところ来ていない。わたしがいる時間帯に来ないだけかもしれないけど、それでも変な絡み方をしてくる人はいないので幸せです。常連さんの顔もおぼえ、挨拶以外にも軽く話せるようにまでなった。人見知りは仕事では発揮しない。ヨシ。
一応籍はあるみたいだけど、学校には一度も行っていない。正直行く意味がわからない。面接の時には就職だと答えたけれど、ある日突然この世界にやって来たわたしはある日突然元の世界に帰ってもおかしくないので。それならいつどこでだって必要になってくるお金を稼いでいる方がいい。不登校児だったのももちろんあるけど、やっぱりわたしにはこの生活が合ってる。
ホテルは最初に選んだところから移動もしてない。ずっと私服だから学生と思われていないのか、延長を繰り返してもホテル側から何かを言われることは無かった。流石に警察に通報されそうになったら移動しますけども。
ちなみにではあるが、漫画で見てきたキャラクター達とは行動範囲が被っていないのか一度も出会っていない。身近で事件が起こったことも無い。米花町にいてこんなに平和でいいの? と思うぐらい、元の世界と変わりない日常を送っている。
せっかくこの世界に来たのだから一目ぐらい見てみたい気もするけど、関わりたくはないのでどうせならこのまま何事もなく元の世界に帰りたい。
従業員の数が足りていなかったのか、週五ペースで働いているわたしは今日も一日バイトです。
店の外ではしとしと雨が降っている。風も少し強いのかのぼりがバタバタと揺れていて、たまにガラスにぶつかる音が聞こえてびっくりしてしまう。雨の日だからか、今日は特別客足も少なく、そうなれば自然とやることもなくなり暇になってしまった。
一緒に入ってる先輩は歴が長いのか山本さんから色々任されているらしく、今も隣で発注作業をしているところ。入ってまだ一ヶ月のわたしは何も任されていないので手持ち無沙汰にカウンターの掃除をしている。
前の世界じゃわたしも発注をしていたけれど、流石にこの短期間でやりたいです! とは言い出せなかった。
暇やなぁ。時計を見つめながら無心で手を動かしていたところで、不意に自動ドアが動く音が聞こえる。一拍遅れて、人が出入りしたことを知らせる音楽がラジオをかき消した。
「いらっしゃいませ〜」
先輩と重なった言葉は、しかし先輩の早口でズレていく。一呼吸置いた後に「こんばんはー」とテンプレの挨拶を大きい声でしていると、隣に立っていたはずの先輩は裏に隠れてしまった。
先輩のためにも言っておくと、さっきからパカパカと棚の扉を開けていたのでやっていた発注は消耗品。つまり裏にも在庫を確認しに行かなければならない種類のもののため、タイミングが重なっただけで深い意味はない、はず。
まあこの先輩、レジ嫌いらしいねんけど。
きゅ、きゅ、と雨に濡れたせいで靴の擦れる音が聞こえてくる。
今入ってきた人以外にお客は誰もいなかったので、その足音は紛うことなきその人のもの。入口からレジとは真逆の方へ進んだのかその姿は見えないけれど、棚の上からふよふよと茶色い髪だけが見える。髪の毛だけでその人がどこにいるのか把握して、何買うんかなあ、と暇なわたしはぼけっと考えながらレジに立つだけ。
きゅ、きゅ、と変わらない音が聞こえて、棚の隙間からお客の姿が見えていく。
…………おん?
商品がずらりと並んだ棚と棚の間を真っ直ぐこちらに向かって歩いている姿は、本当に、とても、見覚えのあるもので。見覚えがありすぎてじっと見つめてしまった。
あ、あれー!? なんでこんなとこにおんのー!? 行動範囲重なってないとか言うたん誰!? わたしですね!
彼が手に持っているのは包装されたままの傘一本。なるほど、急に降り出してたから持ってなかったのか。
近付く距離には確実に緊張しているはずなのに、仕事のスイッチが入っているせいで変に頭が冷静だった。
「ぃ、いらっしゃいませ」
だけども声はちょっと震えた。情けない。顔はにっこりと笑えてるはずなのに声だけ聞いたら泣きそうなほど弱々しい声になってしまった。
お辞儀の後に緊張からぎこちない動きのままバーコードを読み取ると、レジからポイントカードの案内音声が流れた。
この人ポイントカードとか持つんかな……持ってたら可愛いな……。
しかし自動音声をしっかり無視した彼は、画面に表示された金額を見て財布を取り出した。アッ財布! めっちゃシンプル! 解釈一致! ありがとう世界!
「アッ! 一点で六百九円になります!」
「……はい、」
何が面白かったのかちょっと笑われてしまった。なんでや工藤。