04
「それじゃあ、いつから働けるかな?」
目の前の男がバインダーを机の上に起きながらにこやかに言う。
その言葉を聞いて、わたしは心の中で静かにガッツポーズをした。
「すぐにでも! なんなら明日からでも働けます!」
ルンルン気分でホテルに戻ってきたわたしは、そのまま荷物を床に投げ捨てベッドに飛び込んだ。寝返りをひとつうって天井を見上げれば、人工的な光が部屋を照らしているのが見えた。
くふくふと笑いが込み上げてきて慌てて手で口を覆い隠すが周りには誰もいない。わたしひとり。胸に溢れる喜びを抱き締めて、だらしない口元のまま瞼を降ろした。
言い渡された時間よりほんの少しだけ早めに目的地へと向かった。スマホで時計を見れば午後二時五十分。早すぎた気もするけれど遅れるより全然いい。気持ちを落ち着かせるために前髪を整えてドアをくぐれば、聞き慣れた音楽が響く。ぱっと見渡して目に付いた店員へ声をかければ、話が通っていたのかすんなりと事務所に案内された。
目の前に座るのは優しい雰囲気のある男の人だった。雇われなのか若いような気もする。案内されるままに椅子に座って、背筋を伸ばす。
事務所の中はあんまり広くなく、人が三人ほどしか入りそうにない広さなので、わたしと男の人の間には何も無い。
「はじめまして、店長の山本です。それじゃあ早速始めようか。履歴書は持ってきてくれた?」
「はい!」
ここの来た時に持っていたものと同じリュックから、封筒に入れた履歴書をそのまま渡す。山本さんは履歴書をじっくりと見たあと、手に持っていたバインダーに挟んだ。
「高校生?」
「そうです!」
「土日祝は働ける?」
「働けます!」
「テスト期間とかはどう?」
「テスト期間も働けます! テストの日は学校終わるの早いんで、そういう時はお昼からでも大丈夫です」
「年末年始やお盆もいける?」
「いけます!」
山本さんはふむ、とこぼして、履歴書を見つめる。
元気よく返事はしたし、人が足りなくなりがちな日にも入れると伝えた。だから向こうからの条件的にはいいと思うんだけど、どうなるかわからないこの時間はやっぱり不安で仕方がない。
「碓氷さんって関西の人?」
「ア、……あー、そうですね、最近引っ越して来ました……?」
世界跨いだけどな! とはさすがに言えなくて、あやふやな返しになってしまった。間違ってはない。ホテル暮らしだけど。世界違うけど、ある意味引っ越しみたいなもんやろ。
うーん、どうだ? まさか関西済みだったのが落ちる理由とかないよな? 流石にね?
「高校三年生みたいだけど、就職と進学、どっちにするのか決めてたりする?」
「……一応就職かなー、とは思ってます」
「そっかあ。就職はこっち? それとも戻る?」
「んー! たぶんこっちですると思います。あんまちゃんとは決めてないんですけど……」
嘘でも進学って言えばよかったかも、と後悔しても遅い。高校三年生で就職となったら働けるのは一年もない。つまり先がない。これが高校一年生ならまだワンチャンあったかもしれないけど、わたしみたいな人を雇うかどうかはその人による、から。
……え、落ちる? いやまあ落ちたら落ちたで違うとこ探すだけなんですけど。それはちょっとめんどくさいな、とか思ったり。
緊張と不安でドキドキする胸の音を聞きながら山本さんをじっと見つめる。ふむふむ、とまた言葉を零した山本さんは、それが癖なんだろうか。バインダーから顔を上げた彼が、優しく笑ってわたしに言った。
「それじゃあ、いつから働けるかな?」