「教師ってむずかしい.....。」
季節は春。
あれから数ヶ月が立った。思えば雄英高校の入学試験が終わってからは俊典さん、オールマイトはメディアやら合格通知用のムービー出演やらで大忙しであった。
それは私も然り、今年の入試に関しての報告書を作成したりで手一杯。報告書に関してはオールマイトが多忙である事から私一人で作成していた。
バタバタ毎日を過ごしているうちに、私達の挨拶はもっぱら学校で顔を合わせた時だけ、という事も。
「時間が欲しい、、」
寂しくないはずはなかった。
私は溜息をつきながらデスクへ突っ伏す。書類とパソコンの機械的な匂いが鼻をつく。口から白い魂のようなものを吐きながら瞼を閉じる私に、いつもの小汚い様相の消さんはトン、とコーヒーの入ったマグカップを差し出した。
「バカ、時間は自分で作るもんだ。ほれ、コーヒー。」
「はぁぁ、相澤先生。ありがとうございます」
「新学期も始まる、気、引き締めとけよ」
消さんの入れてくれたコーヒーを1口飲んだ。職員室にあるコーヒー、味はそこそこ。それは消さんがいれても私が入れても同じ味にしかならない。
口内にひろがる苦味で頭を冴えさせながら、私は再びパソコンへむかう。
「まあ無理すんなよ、身体壊しちゃ本末転倒。非合理の極みだ。」
「はい、気をつけます、コーヒーありがとうございます」
いつだってこの人は優しい。そして真面目だ。仕事だって早い。消さんはヒゲを撫でながら生徒名簿を片手に職員室をあとにした。時刻は既に7時を回っている。そろそろ警備員が見回りを始めている頃であろう。私は首を左右に鳴らし瞬きを繰り返した。
「よし!あと少し。」
「やってるね」
「...八木先生」
いつ職員室に入ってきたのだろう。全く気配も感じさせず背後を取るところ、彼が未だ衰えていない事を証明していた。周りに誰もいないことを確認したのか俊典さんは私を後から抱きしめた。
「1分いや、30秒。チャージさせてくれ」
「私は栄養ドリンクじゃありませんよ?」
と言いつつも私も俊典さんに会える時間が減り、限界だった。ここが職場だというのに私たちは30秒間、何も言わずに抱きしめあった。やがて彼は私に耳元に軽くキスをしその手を解いた。
「あとどのくらいかかるの?それ」
「もう仕上げにかかってるので、15分程度で。」
「お。頑張れ、コトエ。」
「もう、学校では名前で呼んじゃダメですよ、八木先生。」
「ああ、ごめん」
こんなたわいも無い会話が嬉しい。彼は今度は私の頬にキスをし、鼻がぶつかるくらいの距離でこちらを見つめた。
久しぶりのこの距離感に私の心臓は高鳴っていた。
「今日、こないか?」
フワフワの黄金の髪の毛。その質感を私は知ってる。窪んだアイホールに長い黄金の睫毛。その影を私は知っている。
何故だろう。彼の青い瞳に見つめられると、私の思考は停止する。否、支配されると言った方が良いだろうか。何を問いかけられても従ってしまう。
私は無言で頷いた。
「お疲れ様」
私が久しぶりに俊典さんのマンションへ着いた時、彼はエントランスで待っていてくれた。お互いほぼ無言でエレベーターへと乗る。彼は私の肩に手を回し、階数のボタンを押した。夜はまだ冷える。彼の大きな掌からジワジワと体温が伝わってきた。
エレベーターのボタンが開いた瞬間、俊典さんは我慢出来なかったかのように私にキスをした。まだ玄関のドアに手もかけてもいないのに、多方向から私の唇、そして口内に侵入し脳が痺れる程の快感を与える。私は息もできずに酸素を求めて口を開ける度にまた彼が侵入してくる。外気は冷たいのに、私たちは熱い。その繰り返しで身体中の力が抜けていった。
「とし、のりさ..」
「悪いがもう我慢の限界なんだ」
俊典さんは私を横抱きにしベッドへと向かう。彼の顔に笑顔はない。我国のNo.1ヒーローオールマイトは、かみさまのような光を持つオールマイトは。その顔を隠す。俊典さんは私をベッドへ優しく寝かせた。彼の重みと鼻腔を刺激する彼の香りが私を包む。
「せめてシャワーを」
「私はいい」
彼とは何度か身体を重ねてきたが、未だかつてこんなにも性急に求められたことは無かった。彼は気づけばパンプアップした大きな体で私を何度も貫く。私の名前を呼ぶ彼の重低音がまた刺激となり、熱い、時間が過ぎていった。
「ごめん」
甘くとろけるような時間はあっという間だった。長かったようで短い。痺れるような快楽を与えた張本人は、私に陳謝していた。
「いいですよ、私。俊典さんも男の人なんだなってなんだか安心しました。」
「い、痛くなかった?」
まるで怒られた子供のように頬を赤らめながら私に上目遣いをするNo.1ヒーロー様、それはわざとやっているのですか。
「あの、コーヒーでも飲むかい?」
「ん、お腹すきました」
「Shit!仕事終わりでコトエはご飯まだだったんだね!それなのに私は..」
2メートルを越す長身の彼は小さく背中を丸めながらごにょごにょ呟きキッチンへと向かっていった。
本当にかわいいひと。彼のこんな顔、世の中の守られている人々は知らないのよね。
少し優越感に浸りながら私は伏し目がちに手元にあった俊典さんのシャツに腕を通した。彼の香り。
大きな彼の身体を包んでいたそれは私が纏うと膝上までの長さまであり、ワンピースのようになる。ベッドから立ち上がろうと手をついた。
その時、ある女性の声が頭に響いた。
(私と俊典さんの話をしましょうか)
優越感に浸りりながら頭の奥で響いた言葉。そうだ。彼女も俊典さんのこの素顔を知っている。愛し方を間違えてしまったクリュティエ。
彼女に拉致された事件からもうしばらくは立っているのに、私の中からは彼女の存在が消えることは無かった。
「男料理だけどパスタ作ったから食べる?」
「いただきます」
口に広がるトマトクリームの酸味。俊典さんの料理上手も彼女に起因する。太陽がなければ生きていけないと言ったクリュティエ。彼女はまだ、獄の中。
「向日葵は太陽が本当にすきなんですね」
私が前触れもなくこぼしたその言葉に、俊典さんは反応した。勘のいい彼。私が考えている事をすぐに察するだろう。それを見越して、彼の言葉が欲しくて、私は彼にこの話題をふったのかもしれない。
フォークを握る手を止め、私の目を見て彼は話し出した。
「ギリシャ神話を気にしてるのかい?」
「ええ、俊典さんは人々を、ヴィランを、照らし続ける太陽のような存在だと前から思ってたんです。」
ふふっと俊典さんは口角をあげた。両手をあげ彼らしいオーバーリアクションでこう続けた。
「コトエ。神話と人間は違うよ。私はヒーローだが神ではない。」
「え?」
「そして彼女も本物のクリュティエではない。コトエだって、太陽神が愛したエウコトレでもない。」
白い歯を見せながら笑う彼は、子供のように無邪気な顔ではなく、大人の余裕を漂わせていた。
「いいかい?まず私は太陽神ほど女癖は悪くない。心配ならかつてサイドキックだったサー・ナイトアイに聞いたっていい。そして知ってるかい?神話ではエウコトレ、死んじゃうんだよ?」
「え!!」
「だが君は生きている。私が守る。」
「あ、...。」
パスタと共に彼が出してくれた白ワインにうつる自身の姿を見た。なんて拍子抜けした顔をしているのだろうか。
俊典さんは笑いながらこう続けた。
「誰一人として全く同じ人生を送る人間なんていないのさ。私は私のストーリー。コトエにはコトエのストーリーがある。」
「.....。」
「私とコトエが出会ったのは運命だと信じているがね」
そう俊典さんはウィンクしながら答えた。運命、か。つくづくこの人はサラッとアーティストのようなセンテンスを口にする。それが似合ってしまうのだから憎めない。
「だから、さ。これからもよろしく頼むよ」
柔らかい口調で俊典さんは自身の大きな手を私の左手に重ねた。暖かい。
それはかみさまからのお願い。
彼の温もりが、私に流れてくる。
彼が一人の人間であると私に語りかけていた。
私は彼の手を優しくはらい、青い瞳を見つめた。私が手をはらった事が予想外だったのか、俊典さんはキョトンとはてなマークを浮かべている。
「これからもよろしく頼まれるにはお願いがあります」
「ナンデショウ」
何を言われるのか、指示を待つ大型犬のように上目遣いでコチラを見てくる俊典さんに、敵わないなぁと思いつつも私は彼に指を降りながら伝える。
「ひとつ。学校では名前で呼ばないこと」
「はい」
「ふたつ。消さんとも仲良くすること」
「頑張りマス」
「みっつ。マッスルフォームでする時は血を吐くまで頑張らない」
「スミマセン」
「それから最後に....」
まだあるの?と窪んだアイホールの上で眉を八の字に動かしながら俊典さんは瞬きをした。こんな彼がかみさまのようなNo.1ヒーローだなんて。
「ちゃんと生きて、私を守ってください」
俊典さんは青い瞳を大きく揺らしながら席を立ち、私を抱きしめた。勢い余ったせいで、椅子は床へ倒れてしまっている。
「あぁ!勿論さ!!」
嬉しさを全身で表現する犬のように文字通り頭からキスの嵐が降ってきた。そんなに嬉しかったの?と思いながらも、私もキスされるのは満更ではないからあまり強く言えないのが事実。
「もぅ、くすぐったいですってば」
「よーし!今晩も頑張っちゃう」
「え!何を頑張るんですか」
「ん?聞きたい?」
「なんでそんな元気なんですか」
「コトエがそうさせるんだよ」
数時間前に情事を終えたというのに、俊典さんはその夜も私を抱き潰した。おかげで翌日の私の足腰はガクガクだ。
休みでよかった。
「ごめん...」
「いいですよ」
長い前髪を項垂れながら謝る彼にキスをしようとした時、大きくサイレンとバイブ音が鳴り響く。出動要請だ。
「行かなければ」
「怪我をしないようにお気をつけて」
「ありがとう。いつもの頼むよ」
ヒーローコスチュームに素早く着替えた俊典さんは、私にキスをしある言葉を求める。私は深呼吸してからお腹の底から声を出した。
「やっつけてきて!オールマイト!」
「YES!!!」
全く、と心の中で呟きながらも彼の後ろ姿を眺めた。白い歯を輝かせながら彼はベランダから飛び立っていった。
桜も満開時を過ぎ、散り始めた頃。
太陽が地上を眩いくらいの光で照らし続ける。その下をオールマイトは笑顔で飛んでいく。
「無事帰ってきますように」
毎日キラキラとしたスマイルで人々やヴィランを照らし続けるかみさま。
その素顔は、少年のような心と、忠犬のような従順さと、スパイスの効いた大人の余裕を兼ね合わせた一人の人間。
私は彼を今日も送り出し、帰りを待つ。
それがどんなに遅い帰りだとしても、静かに、待ち続ける。
彼が運命なんか捻じ曲げて切り開いてくれることを信じているから。
end
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