「ヒーローは一芸だけじゃ務まらない」


記憶の片隅で消さんの言葉がこだましている。兄のような助言に従い私は体術を極めた。自分の身は自分で守れ。ヒーローたるもの自分を守れなければ他人を助ける事はできん。
そう、よく分かっていたつもりだった。



「目が覚めたかしら?」



向日葵のような微笑みとは裏腹に、妖艶な香りを纏ったくるみさんがそこにいた。
私の側にいるくるみさんは、彼女がいつも香らせているホワイトフローラルとは違い、レザーのような少しピリッとしたスパイシーさ思わせる香りを漂わせていた。



「何故、こんなことを」



だんだんと意識が戻り始め自分の置かれている状況を理解してきた。椅子に座らされた私は両手首をキツく背後で縛られ、足首も拘束されていた。
(キツいけど、大丈夫、切れる)


「丁度いい、私と俊典さんの話をしましょうか...」


くるみさんは私の質問には答えずニコニコしながら語り始めた。彼女と俊典さんとの出会い、生活、そして夜の営みまで。


「私のヒーロー名はクリュティエ。水を扱う個性に、向日葵のような笑顔が素敵だから、と俊典さんが付けてくれたの。」


私の中に私の知らない俊典さんの情報が入ってくる。彼の事は諦めたつもりだったのに、もう独り身でいようと決めたつもりだったのに。
ツラい。



「くるみ、、クリュティエ、なるほどね。
そんなに仲が良いのなら2人でまた暮らせばいいじゃない」


クリュティエとはギリシャ神話に出てくる神様のひとつ。水を司る神で向日葵とも言われる。
胸の苦しみを紛らわすためにくるみさんを挑発する。彼女は急に顔を曇らせた。艶やかな髪の毛をかきあげ、私を睨みつけた。



「そうよ。私はクリュティエ。向日葵。向日葵は太陽がないと生きていけないのよ。すぐに枯れてしまう。
返してよ、彼を。私は私の力で俊典を取り戻す。彼の心も。あなたから。」



ここで私の中にふたつの疑問が浮かんだ。
ひとつは、くるみ・・・クリュティエは1度ヒーローを目指していたはずなのに何故ヴィランに転身してしまったのであろうか?
もうひとつは彼女の口ぶりからは俊典さんがまるで私のモノのようになっているの事。彼はずっと前からあなたのところに心があるはずなのに。
疑問を浮かべながら、私は手元である動きを始める。



「クリュティエ、どうして、ヴィランに?」
「どうでもいいじゃない。そんなこと。いいから早くこの街を出ていくって約束して」
「な、」


下手に出ていたが私の中で何かがプツンと切れた。それが最終的なあなたの目的ね。私は護身用に持ち歩いていた小さなカッターナイフを袖口から出し、ロープを切り離した。


「あんた黙って聞いてりゃわがままがすぎるんじゃないの?」


私だってヒーロー。自分の身は自分で守れ。私は白くマシュマロのようなクリュティエの肌にアッパーを思いっきり食らわせた。


「もう大丈夫!私がきた!!!!ってあれ??」



彼女の悲鳴と同時にNo.1ヒーローの低音ボイスが響いた。彼によって粉砕されたシャッターからここがどこかの倉庫ということがわかった。
入口には、立ち尽くす平和の象徴、オールマイト。



「助けに来たぞ!レウくん!でもなんか解決しちゃってるみたいだね・・HAHAHA」


不思議。
先程まで渦巻いていたイラつきだったり胸の苦しさだったり。
この人の笑顔を見たらどうでも良くなってしまった。

「プッあっはははは!」
「レウくん?」



キョトンとした顔でこちらを見るオールマイトは、かみさまの様な神々しさよりも、まるでご主人様の指示を待つ大型犬のようで。



「今日、星が綺麗ですよ?」
「えっ」


私は彼の右手を引いた。マッスルフォーム化した彼と私の身長差は約70cm。私の力なんて簡単に対抗出来るはずなのにきちんと引き寄せられてくれる彼がまた愛しい。



「私、やっぱりあなたの事がすきです。」



戸惑う彼にキスをし、照れながらもそう伝えた。巨体を震わせオールマイトは私を抱き上げる。ニコニコ笑いながら私を抱いたままクルクルと回転した。


「本当かい!良かった!嫌われたのかと思ったよ!HAHAHA!」


全身で喜びを表現する彼に私は静止をかけた。子供のように笑う彼に微笑みながら、私はこう続けた。



「色々考えたんですけど、もう辞めます。私クヨクヨして考え続けるのって苦手なんです」
「嫌な思いをさせてしまって済まなかった。」
「本当ですよ、この埋め合わせは何でしてもらいましょうか」
「・・・・お手柔らかにお願いします」



2メートルを超える身長を小さく屈めながら私にペコペコ謝るオールマイトはなんだか可愛く見えた。



「う、と、俊典。」


私たちの近くに倒れていたクリュティエが目を覚まし、こちらを向いた。涙目でオールマイトを見つめている。



「くるみ、いや、クリュティエ。君はしてはいけないことをしてしまった。もう、外で警察が待機している。わかるね?」
「嫌よ、私はあなたが・・あなたを失うのが怖かったの」
「君は向日葵のような微笑みを持っている。しっかり罪を償えば、きっと太陽の下を笑顔で歩ける日が来る。」




オールマイトは酷な男だ。
彼女は、向日葵は、オールマイトの様な太陽がないと生きていけないのに。
オールマイトに、かみさまに照らされなければ、上を向けないのに。

私はクリュティエの涙をいっぱいに貯めた顔を見ているとギリシャ神話のクリュティエに関する話をまたひとつ、思い出した。
それは悲しい物語。
クリュティエは太陽のかみさまヘーリオスが愛するあまり、ヘーリオスが人間と恋に落ちてしまった事を知りその人間に手を出してしまうのだ。
ヘーリオスはそれをきっかけにクリュティエとは縁を切る。悲しみにくれたクリュティエは涙を流し続けやがて足は地に根を生やし向日葵になったという。
それがクリュティエが向日葵と呼ばれる由縁。
向日葵は毎日太陽を追いかけ顔を空へと向けるという悲しいお話。



「行こうか。レウくん」
「はい。」




思えば、クリュティエはオールマイトが弱体化し活動限界を知っていたはずなのにそれを口外していなかったのではないかと思う。
もし口外していればオールマイトにヴィランが奇襲を度々かけていたはず。
そう考えると、彼女は間違った愛し方をしてしまったのだ。私は同じくオールマイトに照らされている身、彼女の事をきっと嫌いにはなれない。




「今日も冷えるね」



私が少し感傷に慕っているとオールマイトは私の3倍以上ある逞しい腕で私を抱き寄せた。


「あたたかい。」
「コトエ、あの、さ。今日、家に来ないか?」
「ふふ、なんですか、その誘い方。いいですよ。」



オールマイトは、かみさまのように皆を照らす。それはヴィランであっても然り。毎日毎日照らし続ける。
だが、中身はとっても不器用な人。
私たちは項垂れるクリュティエに背を向け、前へと進みだす。

オールマイトは足元を蹴り、大空へとジャンプした。胸に私を抱いて。
寒空にはキラキラとした星々が輝いていた。



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