ALLMIGHTY

「起こしちゃった?ごめん」
「...ん、大丈夫よ」

オールマイトこと八木俊典。
彼は緊張しているようだった。言葉には出さないが微かにこわばる口元、目元、長年生活を共にしてきたから分かる変化。
彼と同居し始めてからもう2年になる。私がオールマイトと出会った頃はすでに黄金期は過ぎ、彼が自身で体力の衰えを実感し始めていた時だ。


「今日も遅かったのね」
「あぁ。明日も忙しくなりそうだ」
「明日ってもう今日じゃない」
「あぁ」


時刻はすでに2時を回っていた。彼はベッドで横になる私に背を向けたまま座り込む。間接照明の光が彫りの深い彼の顔へ更に影を落としていた。
俊典さんはトゥルーフォームとはいえ2mの長身だ。その長身であるはずの彼の背中が、息を呑むくらい小さく見えた。



「なにも話してくれないのね、やっぱり」
「..話しても、君に辛い思いをさせるだけだ」


温かみを演出するはずの間接照明がイヤに彼に哀愁を漂わせた。私は未だにこちらをむかない彼の背中を、そっと抱きしめた。


「私、血だらけになってもいいわ」
「え?」


珍しく暴力的な発言に彼は眉間に皺を寄せながら私の方向を向いた。私はクスリと笑い、こう言葉を続ける。

「だから話しなさいよ、今日くらい」
「HAHA..適わないよ、キミには。」
「私を誰だと思ってるの?」
「マイハニー」
「それで?」


触れるだけのくちづけを交わし、彼は口ひらを開いた。骨ばった手のひらで自身のおでこから瞳までを覆い、辛そうに言葉を絞り出す彼の姿は、確かに私を血だらけになるほどの気分にさせる。



「生徒がひとり攫われてね」
「うん」



平和の象徴と讃えられながら何も出来なかった、自分は何のために存在しうるのか、そう自分を責め続けているのだろう。
俊典さんはそれこそ血でもでるのではないかと思うくらいに奥歯を噛み締めていた。


「あなたが助けなくちゃね」



本当ならこんな言葉かけたくない。
もう頑張らなくていいからここにいなさいよ。
そう伝えたい。
だがそうすれば彼の存在意義自体を否定してしまう。彼は己が決めたゴールまで決して他人の意見は受け入れない。私はそれを重々理解していた。いや、したくないがしなければならなかった。


「明日は警察署、生徒が入院している病院、そしてまた会議だ」
「うん」


女子生徒のうちひとりが発信機をヴィランに貼り付ける事に成功したらしい。彼女の体力が回復次第それをもとに場所を割り出し、おおもとを叩く。
そしてまた、彼は自己犠牲を払う。


「君にはつらい映像かもしれない。テレビはつけないように」
「いいえ観るわ」
「まったく。君は本当に私の言うことを守らない」
「当たり前よ。私は唯一、平和の象徴に打ち勝つ女よ?」


彼はようやく目尻を和らげ、私にキスを落とした。おでこから瞼へ、瞼から頬、そして唇へ。

辛いお話はもうおわり。
何を言っても彼が行ってしまうことはわかってる。
結局私は、彼を待つことしかできないのだ。
俊典さんが必ず生きて帰ってくるともはや信じるというより言い聞かせる他はない。



平和の象徴、オールマイト。
ALLMIGHTY(全能)という二つ名は、
彼が八木俊典に戻った時点でその顔を隠す。
なぜなら八木俊典という男は、
私にとってたった一人の人間なのだから。



その日の夕方5分だけ、と俊典さんが帰宅した時、
見間違えでなければうっすら彼の青い瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
それでも私はこう口にするしかないのだ。


「あなたが勝って帰ってくるのを待ってるわ」



私の瞳にも涙が浮かぶ。
どうしてこんな苦しい生き方しかできないのか。自己中心的な考えばかりが脳内を飛び交う。


「君にそう言われちゃ負けられないな。」
「ええ。ヒーローは守るものが多くて困るわね」
「あぁ。それが私だ」



強く抱きしめ触れるだけの口付けを交わす。
こんな時、もっと熱い口付けをしておけばよかったのだろうかとすぐに後悔した。
でもいいのだ。
彼は必ず帰ってくる。



「行ってくる」
「待ってるから」



ベランダから飛び立った彼の後ろ姿を、もう見えない姿を、私はじっと見つめていた。
瞬きもせずに。
頬を伝う涙が次々に床へ零れ落ちる。途端に耐え切れなくなり私は嗚咽を漏らし泣きじゃくった。


大丈夫。彼が飛び立つまで泣きわめかなかったわ。
俊典さん。
お願いだから生きることに執着して。


「私だけのために帰ってきてよ」



ボソっと独り言をこぼし、私は部屋へと戻った。








>>>>>>>>>will be continued?

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