0610

6月10日は俊典さんの誕生日。
でも彼は帰って来ない。
私たちはもう大人。
誕生日だからといって仕事を休む事はできない。彼が帰ってくるのはおそらく深夜。そこからパーティを始めるのは翌朝早い俊典さんにはありがた迷惑であろう。
それでも、私はなにかお祝いをしたかった。



「ふぅ」


私を起こさないために、ゆっくりと慎重に玄関のドアを閉める彼。小さくため息をついた声色からすると、相当お疲れの様子。



「おかえりなさい」
「まだ起きてたのかい?先に寝ててよかったのに。ありがとう」
「お誕生日おめでとう、俊典さん」



微かに両目を見開き俊典さんは口元を緩めた。そして優しく私を抱きしめ耳元でありがとう、と囁いた。


「お風呂、入るでしょ?」
「ああ、」


温めておいたお風呂へ彼を促し、スーツを預かる。シワにならないようワードローブへとかける。彼の入浴時間は、半身浴をする程の元気はないだろうから約20分。私は小さなサプライズの準備をする為にキッチンへと向かった。



「お風呂ありがとう、君も早くベッドに...」

俊典さんがそう言いかけた言葉を止めたのは、きっと私の姿が見えたから。
私は1本のロウソクを立てた小さなカップケーキを両手に優しく抱え、彼の元へ歩み寄った。
間接照明のみの部屋の中でロウソクの光がゆらゆらと揺れる。



「このために起きていてくれたの?」
「うん。でもあなたも疲れてるから、今日はちっちゃいお祝い。」
「ロウソクは1本で助かるよ」
「何歳なんかなんてどうでもいいもの。大事なのは今日が俊典さんと私にとって特別な日ってこと。」
「嬉しいね」


俊典さんは愛おしそうに私の頬を撫でた。そしてふぅーっと優しく息を吹きロウソクの小さな灯火を消した。




「ねぇ、疲れてると思ってるみたいだけど、私体力は残ってるから」
「体力?」
「なんだか無性に君が欲しくなったってこと」



いくつになっても誕生日は嬉しいもの。それはナチュラルボーンヒーローさまも同じみたいだ。
お互い明日も早いが今日は彼のわがままを受け入れよう。


私たちは明日も朝から仕事。
特に俊典さんはイレギュラーにヒーロー業も入ってくる為休めるとは限らない。
そこは大人として割り切るしかない。
だがお祝いはいつだってできる。
次のお休みに彼の好きな映画を見に行こう。プレゼントもその時に。




「ねえ、プレゼントはきみがいいな」
「それ去年も同じこと言ってた」
「HAHAHA!かわらないね、私も」



後から大きな両手で抱きしめられ、彼の香りに包まれる。ケーキなおすから、と私はひとりキッチンへと向かった。



(どうしてあんな歯の浮くような言葉ばかりいえるのよ)




私はクスリと笑いながらカップケーキを冷蔵庫へしまい、彼の待っているベッドに向かった。
日はとっくに沈んだが、あと少しだけ、今日を楽しもう。

今年もお祝いできてよかった。
おめでとう、俊典さん。






2018/6/10

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